空を見て、素敵だね、って感じること。

子供に教えること。

あれが美しい夕方なんだよ、と。


子供から教わること。

美しいものを素直に美しいと感じること。



「センス・オブ・ワンダー」を拾い読みして、自分の胸に取っておこうと私が理解したこと、です。

本は、素敵過ぎて、借りれなかった・・・。


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歌う人に、聞いてみた。

あの、ちょっと聞いてもいいですか?

歌で歌われている、ああいう気持ちって、作り物?それとも、自分がそういうこと実際感じたり考えたりすることが元になっているのかな?


答えは、まず、実感ありきということだったが、とある小説家も、まず実感がないと虚構も作れないって。

当たり前の話かもしれないが、妙に感心してしまった私。


ありきたりの、「ずっと」とか「好き」とかじゃなくて、何か違う言葉で!という考えもあれば、いや、あーだこーだ説明したりあれこれ言葉付け足しても、ストレートな普通の言葉にノックアウトされることもある。

それにしても、歌詞を考える歌うたいとと、作家は本当によく似ているなぁと思うし、私は何か外の様子を他の人に伝えたい時、自分が言葉でスケッチをしている気分になるので、これはまた、画家に似ているなぁとも思うし、今になって、ほんと今更なのだけど、アーティスト(広範囲に取って。すると、全てのみんながアーティストということになると思うけれど。)の、作ることとその思いは、共通するんだなあと改めて思ってこれまた感心した。


返却本コーナーに、レイチェル・カーソンのセンス・オブ・ワンダーが置いてあった。

その、コンパクトな本を手にとって、拾い読みしていた私の腕にはびっしりと鳥肌が。

ほんの少し文章を拾い読みしただけで。

癌で亡くなった彼女に会ったことあるわけがないし、ずっと前から知っているのに「沈黙の春」も読んでいないのに、なぜかふと、彼女の柔らかな笑顔が頭に浮かんだ。彼女の顔写真だって、記憶にないのに!!

今、こうしている間にも、目がしっとり濡れてくる。

なんで?凄いパワー。。。


ガンバレ、アーティスト!!

つまりは、心を響かせたいということか。

別に自分は大して興味あるわけでもないような雑誌を毎週図書館で借りてくる私。

来客の暇つぶし用または一緒に見てあーだこーだ言う用なのだが、大抵、私はなかなかじっくり見ることもなく、返す。

返す前にぴらぴらとページを捲っていたら、いつの間にかにじっくり読んでいることがたまにある。

今日も、そうだった。

ふうん。

心を響かせたいのか。

相手に思いをぶつけ、相手からもぶつけ返して欲しいのか。

ふうん。

やはり一肌脱いで、かっこつけた部分を取り去って、か。

裸のぶつかり合いだね。あ、セックスとちょっと似てるね。

つまりはうちのうちのうちのほうで感じあいたい、温もり感じたい、衝撃受けたい?


((ギャル向け雑誌でおじ様特集。メキシコの、どうしても名前覚えられない好きな男優。(え、47歳!?)

「眼差しで妊娠させる男」だって。。。。))


伝えたい、受けたい、伝え合いたい、響かせたい、その反射を自分も欲しい、響きあいたい

感じ合いたい・・・そういうのは、もう、やっぱり本能的なことであって、人の持つふたつの要素?、いわゆる、人間の理知的?な部分と本能的な部分のうち、言うまでもなく、統制だったり抑制だったりすることが多くて、動物的本能的な部分はますます圧させられている・・・考えてみたら、誰も、強烈にそれを要求しているわけではないのに、なんとなくそうしないといけない感じになっているような気もするが・・・まぁ困るの自分だし、か・・・い、ま。

今。現在。今に始まったことではない、今。

抑えられた部分がもっと、これからもっと、欲するんじゃないかとふと思った。

コアな部分での温もりを。


どんな文化的媒体でもいい。とにかく熱く、感じられるもの。感じるだけでなく、感じ合えるもの。

あまりにも寂しくてたまらない誰かは、そのために持っているものをも投げ出したりするわけでしょ。ひとによってはさ。


ひとりひとりだけでなく、大きく集まったとき。気持ちが同じ方向に向いた人たちが集まったとき、大きなエネルギーが発生するのは、最近あったオリンピックでもそうだし、ライブでもそうだし、

集団で祈る人たちの集まる場だって、そうでしょう。


ううん。

何だか私は年表を見ている気分になりました。


人が、かっこ悪いからって避けている熱いもの、まずはかっこつけるのをやめないと、ひとの心は響かせられないらしいと思う人たちもいれば、あえて、馬鹿になりたい(そういうひとは、コントロール強い、理想高くて自分を律しようとする・・・昔私がそうでした。)と思う人たちが、これから、「熱いのなんてウザイでしょ」っいう人たちと常識に縛られて冒険しない人たちの心を氷解するのかな。どうなんだろう。


(変な文。心響かせないこんなの誰か、読んでるのかなぁ。)





神楽坂 中村屋で蕎麦ランチ

世間のお盆休み中、突然甘味処の「紀の善」の抹茶ババロア

http://r.tabelog.com/tokyo/rstdtl/13000478/

が食べたくなって、南中の外堀通りの歩道をちんたら自転車のペダル漕いでいた私。

やっぱりねと言わんばかり、店は休みだった。そういうお店の小さなホームページがあったとしても、きっと告知されないのだろう。電話で問い合わせるほどきっちりしていない私は、まぁ、そんなもんだと諦め、暑いのに坂を上り、ちょっとうろうろしていた。たまたま、こじゃれ系甘味処の「茶寮」を見つけたが、表に出ていた料理の写真を見て内容をイメージしてみたものの、まるでそそられない。


ちなみに私の好きな甘味処は京都の祇園にある、「都路里(つじり)」

http://www.giontsujiri.co.jp/saryo/index.html

で、東京にも二店あるようだが、京都でしか行ったことがない。ちなみに、京都の方が値段も安かった気がする。だいぶ。抹茶の味がしっかりしていて、量もかっこつけてなくて満足できる。「紀の善」の抹茶ババロアのババロアも、抹茶の味がしっかりしているし、ババロアに対する期待通りの濃厚さ。柔らかさも弾力も、限りなく完璧!?ついでに添えられている生クリームの甘さと硬さも、どういうわけか、ちょうどいい!のである。粒あんも添えてあるが、こっちも甘すぎず、雑味がない。と思う。互いのバランスもいい。ただ、紀の善は、ちょっと値段高め感がある。甘味処で、気取った店でもないから、値段も気取ってなければもっといいけれど、それは無理な注文なのだろうなぁ。スタッフも多いし。食べたらすぐ器を下げられる。けれどもお茶を何度もついでくれたり、器を下げられても、追い立てられる感はないので、本なんかも読んじゃったりして。初めて行ったときは同僚と行ったのだが、食べるのが早いひとなので、こっちはいつも慌ててしまって味わえなかった。ので二回目はひとりで行ったのだった。


「茶寮(さりょう)」はチェーン店臭がする、こじゃれ系で、ま、連れがいて会話がおやつのときはいいだろうなと思いつつ、ふと斜め向かいの店を見ると、蕎麦屋だった。あれ、ここ、どっかのサイトで見たことある・・・。「中村屋」。

その日は蕎麦の気分ではなかったので、結局何も食べずに戻り、会社の近くのスーパーで豆腐を買って帰った。冷奴大好きだからである。会社の冷蔵庫にmy白だしがあるし。


そして約二週間後の今日。

「今日どこ行きますかねー」

「う~ん。近いほうがいいですか?」

「いや、今日は遠くてもいいですよ。でも先日蕎麦屋は行ったばかりなんですよね」

ふたりとも蕎麦好きなので、こういう断りがなければ、蕎麦屋に行くことになる。

「今日は下調べあんまりしてなくて。蕎麦屋しか思い浮かばないんですけど。モスの一号店は?」

ベジタリアンだと思われるほど、肉と縁遠い私だが、最近、ハワイのハンバーガー屋などが目に入り、ちょっとハンバーガー屋に興味がある。よっぽどでないと行かれないので、誰かと話の種になら行かれるかなぁと連れを募集中。。。

「メニュー普通のモスと違うんでしたっけ」

「そうみたいですよ。」ダイナー風だったと思う。

「本格的バーガーって食べにくいんですよね。」

「苦手ですか?」

「いや、好きですけど」

「・・・蕎麦屋にしときます?」

「そうしましょうかねぇ」


で、結局行きました。蕎麦屋へ。「中村屋」。創業大正六年。しかし改装したばかり。

http://r.tabelog.com/tokyo/rstdtl/13045547/


思ったより奥行きが広くてびっくりです。そこそこ人も入っていました。雰囲気があるとかこじゃれているとかっていう店ではありませんが、メニューはそそられました。茗荷そばとか、胡麻だれせいろとか、ずわい天せいろとか。海老天せいろもずわい天せいろも、1100円ですよ!!安い!シンプル系は750円くらいだったかな。それくらいは普通だと思いますが、レベル高い蕎麦屋では、天ぷら系、1800円位するイメージが強いので、1100円には驚きました。上司がアナゴ天せいろにして、私は「青ゆず」にしました。

まず、お茶が来ます。そば茶です。上司は「あ、ここのそば茶美味しいですね。変わった味がする」と喜んでいる。

「長野あたりの路肩の販売所で売られていそうな味ですね」と言うと、「へぇ。これここで売ってないのかなぁ。」。

蕎麦は、すぐ来ました。半透明、繊細系、つやつやしています。半透明グレーです。

わお、ゆずの香り!口当たりも味も、まぁこのレベルでは想像通り。美味しいです。

上司の注文品が来ました。びっくりしました!!天ぷらの量が多い!!アナゴ、でかい!

お母さんが揚げた風ですが、レベル高めの蕎麦屋では、華奢な天ぷらの場合が多いので、まぁ、しっかり食べたい方にはおススメです。お得感ばっちりです!

ちなみに、上司はナスが嫌いなので私が食べましたが、別に悪くないです。繊細天ぷらじゃないけれど、美味しかったです。アナゴは生まれて一度も食べたことがありません。理由はここでは省きます。長くなるから。

「ここのわさび、ちょっと変わってません?」

わさびだけで食べてみるのは結構勇気が要ります。「う~ん、ちょっと甘味がある?」

さて、蕎麦湯をつゆに入れる時が来ました。

「美味しいですねぇ」

「つゆの味がちゃんとしてるからでしょうね」蕎麦がおいしくても、つゆがぱっとしなかったり、量も少なかったりすることもしばしば。中村屋はつゆの量、十分、味も薄すぎず、濃すぎず。醤油臭くもなく。何も問題なし。


帰りがけに、蕎麦茶を店で販売しているのかと聞いたら、1キロ単位だと言っていました。厨房からぽっちゃりした女性がわざわざ出てきてくれて、汗を拭き拭き、どこどこというスーパーでもこれとは違うけれど蕎麦茶売っているとか、情報をくれました。あとで、更に、販売用もたまに置いていると。

レジ前にあった梅の飴をひとつもらい、更に質問。ランチメニューは土曜日もあるのかと。

・・・土曜日は丼ものはなくて、お酒があるとのこと。・・・答えになっていないような・・・蕎麦は大丈夫ってことですね。ランチメニュー・・・。

お店を出た後、他の蕎麦屋と比較するふたり。結論は、レベルの高い戦いではあるものの、蕎楽亭(きょうらくてい)優位かなという結論。

http://r.tabelog.com/tokyo/rstdtl/13000479/


最近、古い店に興味が惹かれているという上司は、「創業大正~年」が印象に残った?ようでした。中村屋。

とにかく天ぷら、お得!です。

ちなみに蕎楽亭の天ぷらは小さいけれど繊細系です。






私がきょどってたの、気付いた?

渋谷駅を出て、さて向かう先へどの道をとろうか。

当然こちらでしょうと思う方ではなく、裏道を選ぶ男。

「え?こっち遠くない?」

「そお・・・?・・・センター街人多いから通りたくないし。俺はいつもこっちから行くよ」

ふうん?遠い気がするけれどなぁ。


(手の繋ぎ方が不自然じゃない?いつになく。)

同じこの街を通る時、時々そういうことがある。もちろん、良い感じはしない。


道玄坂を渡り、ホテル街の中を通る。ふたりがよく通り抜ける道。

無料案内所など怪しげな店の中道の両脇に細い柱があり、その上の方にある文字を読む。

「道玄坂小路・・・こみち?こみちって読むのかな、やっぱり・・・。」

ふたりはこの辺りのラブホテルに用事はないので、普通に歩けばいいのだが、

どこを歩いていても、あちこちに視線を飛ばす女は常に何かを見つけては喋っている。

「アラビアンロック?」

「幻の米?!」

「・・・こういうところの昼間は嫌な臭いが鼻につくね。汚さも。夜はあまり気にならないのにね。」

そう言うと、

「空気がこもってるんだろうね」と男は答えたが、答えになっていないと女は思う。


目的地に近づいてきたとき、狭い道路脇に止まっていたトラックの荷台に書かれた文字が目に入った。


・・・・!?

その二文字。

まさか。

うわ、あのマーク。やっぱり。


荷台に乗せられた瓦礫の上にしゃがんだとび職の男の後姿。

顔は見えない。背の高さだって分からない。


女は繋いでいた手を放し、連れの男よりも二三歩前に進み、帽子をトラックの止まっている左側に深く傾けた。

すたすた、後ろの男に目もやらず、さっさと目的の建物に入った。


危ない。


・・・そうか。きっとこういう感じなんだろう。彼が私を彼の街に入れたがらないのはこういう感じなんだろう。


もしも・・・出くわしたら、どんなにか相手に嫌な思いをさせるだろうかと。

自分の恐怖よりも、もっと・・・





保育園で、朝。

朝、うちの4歳児が咳をしていた。鼻水がのどにねっとり絡んでいるのを剥がそうとする、咳。

7歳の姉が「咳してるよ~」と、報告しに来た。ちょっと怯えている風。


まだ早すぎると言うのに、7歳の長女は、「学校行ってもいい?」と何度も聞いてくる。

まだ誰も来てないと思うよと言うと、「警備員さんと遊ぶ」。すると長男11歳がすかさず、

「だめだよ!警備員さんの邪魔しちゃ!」。

そこで娘がごねるかと思いきや案外素直に納得して、「じゃぁひとりで遊んでよう。いってきまーす」

と大きなカバンを肩からかけ、脇でぐっと押さえて玄関のドアを開けた。

外で何かしている気配があったので、何をしているのかと尋ねてみたら、「靴履いてるの。」。

ふうん。

しばらくして、11歳が出発。ゴミ、あるから!とゴミ出しがあることを伝えると、玄関に出していたひとつのゴミ袋を

持って、「もう持ってるよ」と答える。いや、もうひとつあるから・・・と、ゴミ箱に入れていたビニール袋の手持ち部分を結んで手渡しながら、「こっち、燃えるゴミね。」。


二人が出かけた後、次男4歳が自分のタオルケットを押し入れから引きずり出してきて、くるまっていた。

ごろごろしながら、指しゃぶりしている。

出かける準備ができたというのに、そんな状態なので、だるいかなぁと思い、額を触ってみると、若干温かい。

測るたびに数値が変わるのがイライラする体温計を出して、次男の体温を測ってみたら、37度だった。

ぎりぎりだな。


保育園に行く前、自転車にまたがったまま、図書館のブックポストへ本を2冊ストンと落とす。


保育園に到着し、あーぁ、今日も遅くなっちゃったよ、やなんだよ、遅くなるのはさー!と

ぶつぶつ言いながら、玄関で靴を脱ぎ、保育室に向かおうとして次男の方を見たら、玄関でまだ靴のかかとに

手をやって、のろのろと履いている。


のろのろ、ごろごろ、朝寝坊、は要注意だ。

そういえば、11歳長男も「今日、おとなしくない?」と弟のことを言っていたのだった。


保育室に向かい、保育士に連絡する。今朝咳をしていたことと、若干温度高めだということを伝えると、すかさず、

「体温測ってもらっていいですか?」。

まずい・・・時間はどんどん過ぎるし、熱あって帰れって言われても困るし・・・と思いつつ、渡された電子体温計を

次男の脇に入れ、「はさんで、はい、きゅっとしめる。で、こっち、押さえて。」体温計を挟んだ左腕を、右手で固定するように指示する。

3人ほどの子供たちが、その様子を見ていた。ひとりは、「お熱はかったら、あそぼうね!」と言って、くるりと背中を見せた後、どこかへ消えた。

会社に連絡しなきゃと携帯を取り出すと、すぐに一人が携帯に手を伸ばしてきたので、私もすぐにポケットの中に戻した。(触ったり壊したり分解したりすることで、機械の仕組みを学ぶという話があったとしても私は子供に大人の物を触らせることを好まない。)


計測値は36度6分で家で測った数値より低かった。体温計を保育士に渡し、やっと保育園を出られる。

手拭きタオルのループを、タオル掛け(横長の板にフックがたくさん付いているスタンド)に引っかけながら、

次男は誰かに言っていたのか、答えていたのか・・・

「お咳出ちゃったんだよ」。


夜中に海老せん一袋あけたの誰?

自分でも謎だと思いつつ、それやったの自分じゃん?

責任逃れようったって、体重は増えてるよ、きっと。


しかし本当に不思議なことに、普段の私なら絶対食べないものを、ありえない量食べちゃう時がある。

若くはないから、せいぜい、ノンフライ・スナック一袋くらいではあるが。

今度また、そんな誰か(自分)が現われたら、一体どういうことなのか、よく観察してみようと思う。


頭痛いな。右側が。

そういえば、さっき、突然左手の手首内側、親指の付け根側でなく、小指から手のひらを通過して手首に至る辺りが痛くなって、今も痛いのだが、勝手に血管切れて、内出血したようだった。

ちょっと怖かった。

今日、似ていると言われた女性のことを家で検索してみたら、早死にした私の父親と同じく、肝臓を患って(心の病説もあるようだが)

突然死んだようだった。私は、私の持っているもので、自分自身をも傷つける危なさがあると言われたが、

きっとそういうことだろう。実際、子供の頃から、知らないうちに、手の届きようもない臓器の中に傷をたくさん作ってきたようだから。

だからなんてことはなくて、私は、いつ死んでも悔いはない状態でありたいと思う。


だから毎日、出し惜しみしない!


頭痛いな、やっぱり。。。オヤスミナサイ!

よく最近思うことには、何分、思い込みが激しいなということ。

今更ながら思うのだけど

自分のこと、

自分ルールの思い込みが激しいなと思う。

自分で思い込んで、

喜んだり、浮かれたり。

勝手に納得して、決めつけたり。


それはおかしいんじゃないの?

と言われない限り、気付かない。

「おかしい」こと、偏っていることに。


だけど、

気の持ちようだし、

思い込むだけで、周りになにか迷惑かけないなら

別にいじゃない?とも思うけれど。


人間的に成長する速度。

それを速めたかったら、

自分の頑固な思い込みの壁を

壊して作って壊して作ってのスピードアップも

必要なのでは?


思い込みを指摘されると、

ぎょっとして、ついつい話そらして逃げようとするけれど、

なるべくそこにとどまって

考え直してみるように気にしてみたりする今日この頃。

言うべきことと、言わなくていいこと。

その時の、その場、その周りを考えて、

常識的に考えて、

言わなくていいこと。

それは、自分はよくても、言いたくても、

周りを嫌な気持ちにさせること。


自分の気持ちが大事だから、

周りがどう思おうが関係ない?

そんなことはないでしょう。

結局、自分に返ってくる。


もっと~してくれたらいいのになぁ、

~は嫌だなぁ、

そういう自分の気持ちは、言っていいこと?

たぶん、自分を大事にするために、

言うべきことっていうのもある。

ちゃんと、そういう気持ちを

やんわりと、

嫌な気持ちをさせずに言える人をみると、

私は、すごいなぁ、うらやましいなぁ、

見習いたいなぁと思う。



久々に、眩しい笑顔!

笑顔には心が映ると私は思う。


真面目で

責任感があって

大人で

謙虚で

思いやりがあって

愛と幸せに敏感で

優しくて

感謝の気持ちを忘れず

常に前向きで

口先だけではなく

行動が伴い

夢をあきらめず

キラキラしている人。


そんなひとの笑顔。

眩しかった。

見ていてこちらも

幸せになる。


どうもありがとう。

頭の中混沌として

器用になんか言えない。

だから思うままに言ってしまうのは

ある意味、甘えなんだろう。

子供のめちゃくちゃな言い分と同じ。


言葉の直球。

受け取ってもらえるかわからないという

いちかばちか感は

結構怖いものだけれど

変化球使いにたけた人は、

それはそれで、しんどいのだろう。

感情ダイレクトのほうがラクなんじゃないかと

言われる。


ラクとか言う以前に、

そういうやり方でしか私はできないのだけど。




催眠術を自分に。

なんでも気の持ちようだからね。


よし、頑張ろう。



日記の効果?

今、記事のタイトルが並んでいる欄を見て、

ぎょっとした。

うえぇ~・・・最悪。。。


なんだこりゃ。

落ち込みネタばっかりじゃん・・・。


軽く落ち込んでいるときに、

気分転換図ってなんとか浮上するか、

とことん落ち込んで

落ちこむことに飽きるか。


私は後者なんだろうな。



どうして今年の夏は

おかしな感じなんだろう。


例年以上に感じすぎる。


この、夏の疲れ?

いや、そんなに暑さに悩まされてもいないし、

特に変わったことがあったわけでもない。


何かが起こらないと、

何か変換点がないと、

リフレッシュできないのではないかと

ふと思った。


このまま、どんどん、疲れ切っていくことも、

今の季節がすんだら

自然と治るのだろうか?

どうして、自然に治る気がしないのか。


意味が分からない・・・

けれど、

こうして考えすぎなければ

ケロッと治るような気がする。

考えすぎだ・・・そう思うのに、転換できないのは

きっとこの状況を自分が望んでいるわけで

なぜその状況を望んでいるのかと考えたら


単に、疲れて、休みたい。

それだけなんじゃないか?


疲れを妙に感じるのは

単に年取っただけなのではないか?


いずれにしろ、

何か、いろいろ、変える必要を感じる。

体に良さそうでもよくないこと。

子供たちが、気まぐれに好き嫌いする。


この前まで

「なめこ、好き」って言ってたくせに

「なめこ、嫌だぁ!」。


あれもいやこれも嫌。

それらが私の弁当のおかずになったり

主食になったり。


ある時はひとりで、シシャモ10匹・・・。

昨日はなめこ、

今日はエノキ・・・。


さすがに当分、食べたくなくなる。

食べたい量より、多めに同じものを食べると。


キノコ類とかこんにゃくとかばっかり食べていたら

すっかり胃が参った感。

体調悪くなる。消化悪いものばかりって、やっぱり、よくないな・・・。


体に悪そうでも、美味しく食べられたら、いいと思う。。。


みんな疲れてる

日々、夏の終わりを感じる。

朝の風。


夏の終わりが切ないのは、

本能的なんだろうなぁ。


カブトムシとか、普通は、死ぬでしょ。

春に芽吹いて

夏に全開、

そして秋に枯れて

寒い冬・・・死。


一年サイクル・・・。


夏休み、みんなイライラ。

暑くて疲れるから、

ひとに配慮するエネルギーも減って

イライラぶつかり合う。

甘えられる相手には

やっかむ。愚痴る。

大人も何もあったもんじゃない。


大人にも夏休みくれー、一か月休ませろ~なんて

本気じゃないけど思う。

確かに。


へとへとで変な感じ・・・。


疲れたとか

へとへととか

いらいらとか

言いたかないけどという言い訳とか

もう、どうでもよくて、


きーーーっ 。。。イライラっ!


子供のように、

自分を投げてる今日この頃。


ゼリーが食べたい理由は?

そんなにゼリーが好きってわけでもなかったのに、

最近妙にゼリーが食べたくなるのは、

もしや、

コラーゲン不足!?

コラーゲンが足りないからって、ゼラチンを

体が求めているとしたら

なんだか不気味だ。


私はもともと好んで肉を食べなかったため、

ベジタリアンだと思われていた時期もあったのだが、

最近、来るもの拒まず的に、なるべく肉も食べるようにしている。

苦手な部分はやっぱり苦手だけど。

人と一緒にいる時など、

よけて食べるのも残すのもなんだか失礼な気がして

えい!と頑張って(顔に出さないけれど)食べてみる。

それがいいとか悪いとかってのは置いといて。


そこで思い出したのが、

人生の中で無性に焼き肉が食べたくなった時期があったことだ。

長男妊娠中である。

そして他の子の時には

際立って、イカが食べたくなって、回転寿司でイカばかり食べていた。

食感からか、ナタデココも・・・(苦笑)。

ちゃんと理にかなっていたのは、オレンジジュースだった。


妊娠で思うのは

さて自分はもう子供を産まないかどうかということだ・・・

もし妊娠したら

シングルマザーで新たにベイビー、

これこそ未婚の母!?になってしまう。

「認知してますか?」と書かれた用紙が目に浮かんだのだった。。。



目覚ましに怒り。目一杯寝たかったのに。

ここのところのパターン。

やらなきゃならないことだけやって

寝床に直行。1時ちょっとすぎか。




・・・うるさいなぁーーー!!

時間を見ると、5時。

いっこうに止まない目覚ましの音。

長男11歳の頭上に置かれた目覚まし時計は

たいてい、5時にセットされている。


目覚まし、消して!!


すさまじい音が頭の上でしていても

全く起きる様子もない。

隣の部屋の私が起こされ、

今日も睡眠時間が確保できなかったと

イライラしつつ、もう一度寝なおそうにも

寝れないっ!と起き上がる。


あれ~、ママもう起きるの?


!!!

夏の終わり風。

子供のころの夏休み、水泳教室が学校で行われていた。

夏休み始まってすぐの、前半と

お盆休みあとの後半の二部に分かれていた気がする。


前半は、早く宿題終わらせないとなぁ、

家族旅行あるしなぁ・・・などと

落ち着かなかった記憶。


後半頃。

前半の時よりは、参加者も少なく

みななんだか疲れている感じだった。

そのせいで、長い夏休みの後に、

ちょっと大人びた風に見えたのかもしれない。


蝉の声も心なしか

弱くなって

午後の暑さの猛威も、

ただ体が慣れたせいなのか

わからないが、

そんなに激しくはなく、

眠気を誘うような優しさを感じさせた。


夏の終わり風。

少し秋の風。


塩素の匂い。

家の中、一階のひんやりした影。




え?と思ってあわてて逃げる。

ある、いち方向だけで

ものごと分かった気でいることがある。

恥ずかしながら。


何の疑いもなく、

よいイメージを抱いた何かについて

浮かれて話す私に

不意打ち的つっこみを

容赦なく入れてくるひとがいて


すると私はいつも、あわてて誤魔化している気がする。


今度は逃げないようにしようと

まず思う。


でもしばらくして思うのは


折り込みチラシみたいな

大事でもないこと

無駄は何もないとはいえ

無駄でしかないようなことは

あまり言わない方がいいなぁ。


多すぎて台無しにするよりも

いいものを目だたさせるために

量は抑える・・・食べ物と同じ・・・?

そう意識してみたら、

どうなるだろう。


言うことなくなっちゃうかな。

この前から気になっている。

その本を知ったのは10年ぐらい前。

なんとなくもったいなくて、手に取らず。

同じ著者のほかの作品は読んでいる。


内容は・・・よく知らない。

書いた人の名前と、長編だということしか知らない。


ただ、最近妙に気になって

読もう読もうと思いつつも

まだなんだかもったいなくて、入手していない。


気になっている本を読んだら、

何かちょうど、今の私に必要なことが

書いてあるのかもしれない、

読んで、何か気付くのかも?

お互い呼び合ってるのかも?!

なんて思ったり・・・


と考えていたが、

「知らない、とは違うでしょ」

と、言われて

うーーーん・・・・

そうね、確かに

著者のことを、作品を通して少しでも

知っていたとしたら

それはすごく大きな要素だろうから、

確かに知らない、というのとは違うだろうけど。


・・・・?なぜそこに突っ込みをいれたのか?



ちなみに本のタイトルは

「百年の孤独」


何とはなしに、対談本。

昨日の帰り。図書館に寄った。

携帯が鳴る。

電源切る。


休憩時間に検索しておいた本。

芋づる式に検索したら、

対談本ばかり5冊。


本棚の周りを探し歩く。

見つける。

開く。

手にとる。

戻す。


対談本。

聞き手によって、話の幅も

相手の態度もこんなにも変わるもんなんだなぁ!

と、改めて思った。

対談相手として選ばれやすい人というのは

読者が、話を聞きたい人、

興味がある人なのだろうから、いろいろな本の中に

同じ人の名を見つける。


そのため、聞き手の技量と言うか器量?が

逆に目立つ。


対談本。

あたりまえだけど、単におしゃべりするだけじゃないわけね。

あれれ、なんだっけ?

思い出せない・・・。

あの映画のあの俳優、名前なんだっけ・・・

あれ、何書こうと思ってたんだっけ?


あぁ。



早い段階で決まってる。

人は案外、早い段階で

いろんなことが決まっているんだなと思う。


優しい心も

面白い考え方も

ひととのかかわり方も

好きなことや苦手なことの傾向も

・・・・とにかくいろんなことの素地が

小学生の間ぐらいには出来上がっている気がする。


その元の部分は、その後、いろんなもので装飾されて

隠されていくのかもしれないけれど。

大人になって変わっていく部分とは別の、

変わらないけれど隠されている部分。


大人になって改めて、

子供時代のように素直でいられることは

気持ちいいのかもしれない。

子供時代以上に。

涙もろい、へちゃむくれ

すぐ涙目になる私は

涙落としながらも、

「今、フランダースの犬想像したらもっと泣ける」なんて言ってる。

泣かないで~と言われたら

「泣き虫って呼んで、今度から」

とか

「鼻水拭くからティッシュ頂戴っ」

とか

つまりは、よく泣く割に湿っぽくはなくて

あんまり可哀そうな感じにはならない。


洟かんで、「涙もろくてやんなるっ」と言ったら、

「涙もろいって言えるのは、やっぱ、綺麗なひとだよねぇ」

と言われたので

「私は自分を綺麗だなんて思ったことないよ。

鏡見たくないし。へちゃむくれ顔。」と言った。


そのあとは覚えていない。

最低限のことやって、やっと。

先週、三世代旅行した。

日光。

いつもと違うメンバーで

いつもと違う生活。


朝も夜もご飯がっつり、

夜は九時半に消灯とか・・・


健康的な生活であっても

自分の生活習慣とあまりに違うと

ストレスにしかならない!!!!


で、疲れちゃって、

なかなか本調子ではないのでした。

長かった小学生時代の夏。

夏の水泳教室。

塩素と肌の匂い。

太陽とコンクリートと

じめじめした土の匂い。

ビーチサンダルが足からずれる。

足の甲の面がプラスティックで

そこに貼られたシールの端がはがれているのを見つけると

慎重につまみ上げ、シールを綺麗にはがす。

その下に、貼られていたシールに描かれたイラストが

薄く残っているのだった。

蝉がうるさい。

水泳教室が始まる前に、プールの脇に並んで立っていた。

目に入ったのは大きな木。メタセコイア。

手の届くところにある葉を何気なしに取る。

木肌をむしるよりも楽しいのは

魚の骨のようにびっしり並んだ細長い葉を順番に

ちぎっていくこと。

好き。嫌い。好き。嫌い、っていうあれだ。

とても恥ずかしくて

好きな人を思いながらはできなかったが。

曇り空の下 八月。

プール検定の日はなぜか曇り空が多かった。

水面が薄黒くゆらゆら揺れている。

プールの周りを囲む、樹木の陰と

曇り空が映りこみ

ぬらぬらと。


心臓がどくどく。

乾いた皮膚の下、体がぞわぞわ。


水は冷たいだろうか。

きっと最初は

重く冷たい。

じんわりと

まるで注射を打たれる前に腕を差し出し、

そのとき感じるいやらしいような

退屈そうな

やけに偉そうにすました医者の表情。

恐い水は、そんな風に

私を待ち構えている。


泳ぎ始まり終わるまでは

無我夢中。

水から上がった自分の頬は熱く、

プールサイドのコンクリートは

曇り空の下なのに

太陽の熱を私の足の裏に伝える。

気持ちの上で

空は少し晴れていた。


プロフィール

しゅま子

  • Author:しゅま子
  • 33歳から、3人の子供のひとり親となり、40歳越え、現在43歳。40で、いろいろ考えるし、身体も変わると聞いていましたが、ほんとに変わってびっくり。成人の2回目のよう!
    と驚きつつ進みだした40代。文字通り、中年!40代だからこその迷い、多々あり・・・
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