思ったより遠くて、また食う。

長命寺になかなか着かない。
途中、HPにもちっさなガイドブックにも出ていなかった商店街に
入り込んだ。
正月なので殆ど閉まっているが、中途半端な下町風、
観光的ではない、生活感のある下町の町並みだった。
細い路地、地面から生えているような建て方の小さな家。
みんなどこへ行ったのか、それとも家にこもっているのか・・・。
再び大通りに出て、ひたすら歩いていくと
長命寺の桜餅と言われている、有名らしき桜餅屋の付近に着いた。
280年の歴史ある桜餅だそうで、すぐ近くにある「言問団子」屋も
魅力的だったが、母が
「あれは大したことないくせに高い」と言うので
桜餅屋に行くことにした。
店内で桜餅を頼むと、お茶もついてくる。
やっと、ちょっと一息・・・。長命寺の桜餅

桜の葉が結構ごつい。もちろん、ひとり一個ね。
中の餅部分は薄く、漉し餡は繊細系。
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せんべいかじりながら、寒空の下町を歩く。

次に目指すは長命寺。
東向島から向島までは、少々距離がある。
距離があるように感じる。
途中、坂本せん餅というお煎餅屋に寄る。
店内ぐるりといろいろな煎餅があって、迷ってしまう。
煎餅を買うなんて久々なのだが、堅焼きの胡麻煎餅や、
砂糖がけ、抹茶がけなど、袋に何種類か買ってみた。
そとは風が冷たく、空腹も続いていたので、
一団、煎餅をバリバリかじりながら前進。
ひさしぶりのお煎餅は、なんともおいしくて、
煎餅好きの段階に入ったか~!という気がした。
(子供達が、あっという間にがつがつ食べてしまったが・・・。)

女は愛する、ひとを愛せない男を。

いつもと違う、濃い香りを漂わせてやってきた彼。


香水変えた?


いや。ボディソープかな。



さらりと聞き流すが

そこで立ち止まって考えてみるならば

ladyのところからやってきたのだろう。



一体どういうことを考えているのだろう、

それぞれのladyに対して。

どんな感覚で彼女達との付き合いをこなしているのだろう?


女の子と一緒にいるとき、

その時間はふたりきりのもの、その一時、幸せならいいじゃない?と

言うという。

自分は一時でも女の子達に幸せ提供している。

そんな風なことを言ってみたりするけれど、

ほんとはどういう心境なのか?

そのときそのとき。

ひとりになったとき、そういう自分をどう思うのか。


一年前、彼はよく言っていた。

自分はきっと、ひとりぼっちで畳の上で死んでいくんだろうなぁと。

自分のことを思ってくれている人がいるのだろうかと。

一年前だろうが今だろうが、

彼はいつだってモテモテだから、行き場なんて幾らでもあるだろう。

それなのに?


あちこちの女の子に対して100%、

今日はパスタ、明日はカレー、みたいに色んな女の子が好き。

相手のトラブルに巻き込まれたくないし

相手が去ってもそれはそれで構わない。

そんなことを言っているけれど

自分がいい加減な付き合いをしているということに

彼自身気付いているのだろうか。

だとしたら、それでも、やめられない

変えられないのは、

やっぱり不安だから?

女の子に対して、自分が優位な風でいるけれど、

実は凄く弱気、だとか?


それぞれの女の子達は薄々なり、それともはっきりと

気付いている。彼が何人もの女の子と付き合っているという事を。

それでも、うるさく言ったら逃げられると分かっているからだろうか?

彼の都合のいいように、みんな大人しく、

彼と付き合っている。

死ねばいいのに、とよく言われたと、笑う彼。

ほんとにろくでもなくても、それでも女の子は彼のことが好き。

行動がどうであれ、彼自身が好きだというのは

やっぱり、愛なのだろうか?

彼が人を、ひとりの人を、深く愛せないのはなぜなのだろう。

愛は面倒?

ただそれだけ?


彼の女癖のことはどうでもいいけれど、

よくわからん男の、心理は気になるところ。

男の人には、簡単に分かることなのだろうか・・・?




名前は聞いたことあったけれど

こんなところにあったんだねぇ、と
向島百花園。
なんだか中途半端な・・・なんて言ったらいけないんだよね、
ここの七草、皇室に献上してるらしいよ。
中にある頭でっかちの福禄寿を拝もうと列に並んだものの
早く草餅食べたいなー・・・しまった、せっかく並んだのに
福禄寿の姿見るの忘れた!
列には並ばず、横から、姿だけ覗き込んだ。確かに頭でっかちだった。
草餅は色だけではない本当に蓬の香りが濃い草餅だった。
餅はねっちり、中のあんこは・・・普通。
携帯の写真。その4 056
百花園も、冬はちょいと寂しい。

白鬚神社より草餅

墨提通りを歩いて白鬚神社に向かう。
墨田堤は幸田露伴やらその他幾人かの有名人ゆかりの地だそうだが、
我が一団(私の母と、我が三人の子供達、そして私。)、お腹も空いてきて
寄り道なしにひたすら進む。
白鬚神社を通り越し!?明治二年より草餅一筋という店(志満ん草餅)へ。
再び来た道を戻り、白鬚神社に着いたものの、
狭いところに人がいっぱいで
腰掛けて草餅にかぶりつくには埃が多い。
お参りをさっさと済ませて向島百花園へ。
すぐ裏である。

あたふたしないで

なんでいつもこうなるの?!
余裕あると思っても
いつも朝はそう。
時間が!金が減る!
と大慌て。


会社まであとひと駅。
気持ち落ち着き
ふと
公園の出口で歩みを緩めた。

車輪止めに軽く腰掛け
空を見上げ
水面に
走る電車に視線を投げ
地面に落ちた冊の影を見つめる。

よい朝だなあと思えた。

今日も一日頑張りましょう☆

二足目で思い出す、一足目。

友人がスニーカーを買ったと言う。

アシックス。

あら、自分もアシックス履いてるよ。

黒いの。


急に走りたくなった二年前に買った。

冬のジョギングは、慣れない体には

苦しくて、

冷たい空気が体内で痛すぎて

一ヶ月弱坊主で終ったのだが。


大人になって初めて買ったアシックスは

意外にも耐久性があり、

履き心地も良かった。

今は随分種類の増えたシリーズの最初の頃のもので

ソールが薄い割りにクッションがよく、

この靴で沢山沢山、歩いた。


アシックスのスニーカー、買ってもらったのを

覚えているのは小学生の頃のこと。

綺麗な朱色系の真っ赤なシューズで

父親が買ってきたものだった。

が、そのスニーカーが私は嫌いだった。


同級生のスニーカーは白ベースが圧倒的に

多かったのだ。

協調性のない子供、

もっと子供同士遊ばせるように、

なんて小学校の面談で言われるような

先生からはあまり好かれない子供だった私。

ドッジボールも体育の授業も

なんでみんなあんなに盛り上がっているのだろう?と

なるべく目立たないように目立たないようにしていたかったのに、


スニーカーが真っ赤である。


学校の体育は嫌いなくせに、剣道やテニス、水泳などなど

学校以外の場所では色々習いたがった私自体が

皆と外れていて、外れたがっていて、

皆と違うと目立ったのは

赤いスニーカーのせいだけではなかっただろうに。

本当は外れたくなかったのだろうか、な。



木を見て思ったこと。今朝。

例の道である。

この前見たときは、初めて見かけたと思ったおじさん

(木を抱いてキスしていた人)が

今朝は広がる景色に向かって深呼吸をしていた。


余所見をしていると、伸びた桜の太い枝に

頭をぶつけそうになる。

きっとそのうち、やってしまうだろう。


それにしても、幹は短い割りに

左右にとんでもなく広がった桜の枝は

小学生の頃滅多に使われもしないのに

配られた体育の教科書の中にあった

創作ダンスの写真のようだ。

はじけ飛んだり体をうねらせたり、

全身で何かを表現しようとしている

子供の写真は、全く意味が分からない、

と子供の自分は思ったのだった。


太い枝は、幹の太さに近いほど太く、

幹はその重さで体を真っ二つに引き裂かれそうである。

中には根元から二つに分かれていたり

枝を蜘蛛の足のようにうねらせ

互いに絡み合いそうなものもある。

枝というより、幹なのか?

重く長い枝は、材木で支えられているのだが、

もともと人によって交配されて生まれたソメイヨシノは

人の手を借りないと生きていけないのだろうか?


いつも目に入る木のひとつに、

90度の三角定規を逆さにしたような

直角に枝を伸ばしている松がある。

上に伸びる幹をばっさり切られ

ちょうどそこから横にまっすぐ伸びる枝があるから

直角さが目立つのだが、

切られた部分はいつ切られたのか。

切断された傷跡が、他の部分に溶け込むように

もう痛みは感じられないくらい

普通の姿になっている。

どうして切られたのだろうな。。。


しばらく行くと、今度は上に高く伸びた松。

立派な幹は白蛇のようだ。

天に向かって首を伸ばし

頭をちょっと捻っている白蛇。


更に太い松の幹に

刀で切りつけられたような

長く鋭い傷跡を見た。

人の刀ではなく

巨人が持つ巨大な刀が

斜めにざばっと振り落とされた、

そんな傷。

これまた、どうしたのだろうなぁ。


戦中に東京の殆どが焼け野原になったそうだが

このあたりの立派な木は

戦後のものなのだろうか?

60年ほどでこれほどまでに

立派に育つのだとすれば、

なんだか、

「救いようがあるなぁ」

そんな気がした。


どのあたりは焼けなかったのか

木はどれくらいの年月でどのくらい育つのか

あいまいにしか知らないおぼえていないこと。

そういうことについて詳しく知りたいと思うようになったのは

ここ数年のことである。

どうやら自分も変化しているようだが

ずいぶん時間がかかるもんだと苦笑する。

多聞君って子、いたなぁ。

最初に向かったのは多聞寺。
以前、多聞って名前の子がいたのを思い出す。
沢山聞くって、いいよなぁと思いつつ。
寺のエピソードを、子供達や母に話すものの
聞いてないだろ?!

この寺も、どうやら本堂より入り口の門の方が
価値があるようだった。山門だっけ。
携帯の写真。その4 052

私の、地味な仕事。

机の上に置かれた紙束ふたつ。

あぁー、来たか。


ひとつは年末に私が赤入れた原稿。

もうひとつは直されて新たにやってきたもの。

まずは自分がつけた大量の付箋のページが

直されているかチェックする。


されてるされてる・・・


途中で、あ、やばいページに来た。

虫の居所でも悪かったんじゃないかと思うほど、

こき下ろしているページ。

あんまりキツくて酷いので、

自分が書いたのにもかかわらず、読めない。


怒っただろうな~。

こんなにボロクソ言われたくないよな、

誰だよこれ書いたの!って思ったんじゃないかなぁ・・・


それに対して直されたページは、ページ数も増えていて

作り自体ががらりと変わっていた。

他の赤もきっちり直されていた。

むきになったみたいに。


上司に、

「きっちり直っていましたよ、

あんまり酷く書きすぎたから怒ったんじゃないかなぁ」

と言うと、

「いいんじゃない、尚更」と。


増えたページも含め、また全て読み直す。

難しい内容だし、量も多いのでタメイキが出るところだが、

逃げようもないので腰を据えてとりかかる。

その仕事を回した上司も、大変なのを分かってか

「三日ぐらい、あ、今週いっぱい、来週頭まででもいいよ」。


一ページでも多く、

後どのくらいあるなどと考えず、目の前のページに集中して

なんとか二日目で一通り読み終わった。

「え?もう読み終わったの?」

「あ。はい。また付箋だらけになってしまいました。」

まだまだ、見落としているところがありそうだ・・・

明日は六ページ半にわたる目次や参照ページ、その他もろもろ

細かいところをチェックしつつ、再度見落としを探そう。


手に取った瞬間、うえ~~、嫌だぁと思うようなものでも、

向き合えばなんとかなるわけで、

気が散らなかったら案外早いわけで・・・

遅い時っていうのは怠けたりサボったりしてるわけ・・・ってことが

周期的にばれてんじゃないかなぁと思ったり。


分厚い原稿に当たった時、聞いてみたことがある。

これって、著者はどのくらいかけて書いたんでしょうね?

「三年くらいじゃない?」


三年かけて書いたものを直そうってんだから・・・

そう思うと、こっちもしっかり、じっくり扱わせてもらわないとなぁと

背筋が伸びたりもする。

ウンザリする、逃げ出したくなる時もあるけれど、

意外と好きなんだろうな、そうじゃなきゃ

やってられないだろうよ、私。

一日一日、そうして過ぎて

過ぎ去った日々を振り返られるほど月日がたった時、

自分はどうなっているのだろうなと考えるのも

ちょっと楽しい。

恒例の七福神めぐり

去年の正月に、浅草七福神めぐりをしました。
それがなかなか面白く、正月らしい気分も味わえ、
発見もありで気に入り、
今年も正月イベント、親孝行!として、
行きました。
今回は隅田川七福神めぐりです。

スタート地点に行くために、上野から東武線に乗りました。
しかし、上野、朝から混んでるなーと思ったら
あぁ、浅草寺参りか・・・
東武線、ホームの雰囲気はまさに昭和。
車内も広くていつもと気分が違います。

東武伊勢崎線の鐘ヶ淵で降りて歩き始めましたが。

墨田区。私は何だか苦手です。
寂しくなる。悲しくなる。
なんなんでしょう。
下町らしいいいところも沢山あるでしょうよ。

でも例えば墨堤通りを歩いていると、
心の中をすーすーと
冷たい灰色が通り抜けていくようで。
通りは広く、長い。
横を車が走り抜けていく。そう混んでもいない。
似たような作業用の車に派手ではない乗用車。
似たような建物。箱型の建物の上に空。
なんなんだろ。
無表情に思えるのかな?

同じような気持ち、
十条や曳舟、船堀でも感じた。
滅多に行くこともない場所だけど。


路地裏はそんな寂しさもあまり感じることもなく、
ぶつぶつと色んな砂利が混じったような電柱や、
地面から直に建てられた、下町らしい家を眺めながら
最初の寺を目指したのでした。




考えてみたら変なことばかり。

いつもの道でのこと。


朝。


木のベンチの上にGパンが

そおっと、脱いだそのままのような形で

置いてあった。



延々と、膝をバネのように動かしている男性。

いつもそれだけ、ずっとやってる。


夕方。


猫がいる。うじゃうじゃ。

あちらもこちらも。

毎日いる。

キャスターつきのカバンを引いたおじさんが

餌をくれるから。


赤坂で見たのと同じ、

ビニール傘の下に猫の餌。

作り物のアイビーが傘の上に一枝。


女子大生二人が

きゃっきゃ。しゃがみこんで、

誰かを待ち伏せているのだろうか?


インドかパキスタンか。

私の大嫌いな、すがるような目をしたきゃしゃな男と

いいように使われているとしか思えない、だいぶだいぶ年上の女。

こっそりと、会っているのだろうことは間違いない。

あの男、すげぇワルだ。絶対・・・


やはり暗い感じのカップルが口付け合うも

ぎこちないねぇ。


そうなのよ、夕方以降はカップルが、一組二組。


毎日必ず、猫おじさんもいる。


かじりかけの林檎が転がっていた。

考えてみたら、久しぶりに見たわ、そういうの。


変な道・・・




時計を見たら、22:22




ぎょっとした。

いつもの道。

大きな桜に松に、小さな雀。

崖下に広がる景色を遠目に

軽い運動をする人。

自分と同じように、通勤路として

急ぐ人。


今日はいつもと違う光景を目にした。


50代くらいだろうか。

あまりぱっとしない、ジャージ姿の男性が ひとり。

目を閉じて、一本の木の傍にいた。 

中学校規定のようなジャージの上下。

ジッパーは鎖骨くらいのところまで上げ、

襟はきっちり折り返している。

もちろん、ジャストサイズ。

髪は周期的にきちんと切りに行っているのだろう。

きっと、床屋さんで口数少なく、いつもいつも、同じに

してもらっているのだろう。

色白。肌の起伏はじっとり。

表面はかさかさしているようなのに。


横を通り過ぎようとしたとき、

私はぎょっとした。


男性は


女性の肩に手を添えるように

両手でそっと木の幹に抱きつき

凹凸のある木肌にゆっくりと顔を近づけ・・・・!


誰かに重ねているのか

何か思い出のある木なのか

木を女のように愛しているのか

それとも・・・


しかし、一体?と考えるも小さなおかしさのほうが勝って

私はいつものように

先へ先へ

足も思考も。

それぞれに100%って言うけれど

カレーも好きだし、パスタも好き。

そんな感じなんだって。

そういや一年前も言ってたね。


女の子たちはそれぞれ、

私は彼のナンバーワンだと思っている。

他に女の影が見えたって、別に。

だって、彼が一番好きなのは私なんだもの。


そんな風に、彼は思わせているという。

女の子たちにね。


彼女たちは、あなたに他にも誰かがいるの知ってるんでしょ?

のめりこみすぎると、辛いのは自分じゃない。彼女たち自身。

やっぱり女の子は、あなたを自分ひとりのものにしたい、

私だけを見て!と思っていると思うけどな。

ただ、うるさく言うと、あなたに逃げられる、

それとも、そんなあなたでもっていう余裕を見せようとしているのか。


いずれにしろ、ストレス溜まるんじゃないのかなぁ。

私だったら、女の子何人もいる相手に100%の気持ちでは行かないかな。

信用ならないし。

それに、100%で来られても、重いだけなんじゃないの?


え、そうじゃないんだ。

自分はあちこち切り売りなくせに、相手からは100%の気持ちもらえないと

詰まらないんだって。

それって、むしが良すぎるんじゃないの?

それでいて、相手のトラブルには巻き込まれたくない、

結婚も考えられない、

ほんとの気持ち、一番好きな相手にさえもはっきりと出さない。

そのせいでその相手がいなくなっても別に構わない。


ま、楽しみたいだけ、ただそれだけなんでしょう。


それぞれに100%って言うけれど、

ずいぶん薄ーーい100%だね。


彼女たちは、自分にだけ100%だと、あなたは信じているみたいだけど、

実際、どうなんだろね。

少なくとも私は、切り売りと丸ごとを交換する気には

なれないかな。

好きでも、気が合っても、

自分のブレーキかけられる程度にしておけるよ

もう、いい加減。


相手が100%の気持ちくれないと

長続きしないって?

続かなくたっていいんじゃないの?あなたはさ。

ストーブの暖かさ。

うちのストーブは、アラジンのストーブ。

芯を出して、ライターで火をつける。

灯油の燃える香りがする。

結構好きな匂いだ。

青い火がすぐに部屋を暖かく包み込み、

手をかざすと気持ちよいぬくもり。


消した後も、部屋の空気はすぐには冷めず、

周りの床もぽかぽかしている。


エアコン。

つけたときだけ暖か。。。。

そのときだけ。

余韻はすぐ消えてしまう。



皮膚で感じる暖かさ。

そのときだけはとても暖かくて

幸せでも、

エアコンのようにすぐに消えてしまう、

そんな表面だけ、いっときだけの温もり。


皮膚に感じられなくても

じんわりと、暖かい。

包み込むように暖かい。

そういう温もりも、ある。

この人と結婚する・・・

そう思ったんだって。

で、すぐ結婚よ。


へぇ~!

彼女はそういう風な要素、なさそうだったのにね~。

しかしまぁ、なんだろ。

離婚したての頃は、まるで、男の人とのつながりも

なければ出会いもない!って言ってる人多いのに、

3年ぐらいで再婚する人も多いねぇ~。

考えられないや~、私は。


友人の友人が、最近再婚したらしい。

それもなんと、彼女の二人の息子のうち、下の子と

同級生の子のお父さんと。

父子家庭を不憫に思っていた男性で、

暖かい家庭作りをとても楽しみにしているそうだ。

彼女の方も、暖かい家庭を特に大事にするタイプなので

この先、彼らがうまくいくといいな、と思った。


私はまだまだ、自分のことが振り出しに戻る、くらいの状況

なので、まだまだ、一人でやっていかないといけないことが

たくさんある。

そこをきっちりやっていかないと、

成長できないままになってしまう。

そう考えると、結婚なんて人事なのである。

私は蹴飛ばす、only oneを

同じ言葉でも言う人によって

その重さはまるで違う。

大事な言葉をひとりにしか使わない人、

雰囲気次第でいくらでも誰にでも使う人。


あっちでもこっちでも

同じようにいいこと言ってる奴なんて

そりゃぁ信用できないよね。

そうなんだろうなあと分かっていても、

目の当たりにしたり、

器用に隠されていた事実がちらりと見えた日には

そりゃぁがっかりもし、おえぇーっと吐き気を催し、

怒りも覚えることもあるだろう。


それでもどういうわけだか

恋愛のツボを押さえた、悪気のないワルは

とってもモテるみたいで

女の子は魔法にかかって

苦しむわけだ。

大人ぶっても甘えてみても

つのるフラストレーションはどんどん膨らみ、

怒りに近くなってくる。

そうしてある子は離れ

ある子は泣きながら凶器を手にするのかもしれない。


魅力的だけれど信用ならない男を手放し、

気になることは多々あるものの信用できる男だけと付き合って、

様子見てみると友人は言った。


私の近くにも、優しいけれど信用ならない男がいる。

彼の「ほんと」も私の想像以上にとんでもなさそう。

そんな男でとりあえずOKっていうことは

やっぱり私は幸せを

もう外からだけでは満たせなくなったのだなーと

嬉しく思った。

年末の寒い日

御伽噺の中のように急に冷たく湿った風が吹き携帯の写真。その4 040
携帯の写真。その4 041


やっと落葉し終わった銀杏並木。
魔女が出そうだ。携帯の写真。その4 043

千駄ヶ谷の鳩森神社って

昔から横を通過するばかりで気付かなかったけれど、
よく見てみたら、謎の山なのでした。

どうしてこんなんなっちゃったんだろう・・・携帯の写真。その4 047
人型の紙に名前を書いて封筒に入れて、それに息を吹きかけ体を撫でるという謎のお祓い。
やってみました。携帯の写真。その4 048

将棋堂の中には大きな王将が。ちなみにすぐ裏に、将棋会館があります。携帯の写真。その4 046

クリスマスツリーがあちこちあるから

今年は出さなかった。うちのツリーは。携帯の写真。その4 005
携帯の写真。その4 010

お台場の意味、知っていますか?

どういうわけか、高知県の太平洋のイメージが被った。
松の木のせいか?
全然違うのにね。携帯の写真。その4 024
携帯の写真。その4 023

クリスマスイヴ前に歩いて渡ったレインボーブリッジ

携帯の写真。その4 030

何を撮ってるの?で、それどうするの?

東京都庭園美術館で三日間だけ
「アールデコの館」っていうイベントをやっていると知っていた。
月曜日、その最終日、行こうか行くまいか散々迷っていた。
寒かったから。

友人が六本木にある「滑り台」ってどこかと
メールしてきたので
ミッドタウンの庭にあると返信。
ついでに「浅野屋」のパンもお目当てだったらしい。

まだ、しばらくいる?
なら、渡したいもの持ってくわ。
と、荷物を持って家を出た。
野蛮子供、三人連れて。

友人に会った後、ぼちぼち歩いて
白金台に向かった。
子供達が元気すぎるから、
でかけて体力消耗させようと。

六本木通りから外苑西通りに入り、
ひたすら目黒方面に向かう。
途中、ランボルギーニが何台も路上に並んでいた。
低いなぁ、車高。

広尾に着いて、ちょこっと明治屋を覗いたら、
キャベツがひとつで620円!!
他の野菜もびっくり価格・・・

しばらく行くとトンネル。
排気ガスがあふれ出していて
道を変える。
坂を上り、ぐるっと周ったら
伊勢丹系のスーパーが見えた。
そこもちょっと寄って、
キャベツと長ネギを買う。

買い物袋を提げて、
目的地
東京庭園美術館に到着。

庭は寒くて寒くて。
枯れ枯れの庭。
オブジェを見回る気にもなれず、
ミッドタウンにあるのと同じ作者のものだけ
遠目に見る。

建物についてびっくり。
もう午後三時だというのに沢山の人が。
入り口入ると、皆、写真を撮っている。
えぇ、こんな照明低いところで
えぇ、そんなの撮って、どうするの~?

しかし、よその子供の姿は見えず・・・
よりによって、うちの野蛮子供達だけだ、子供は!
恐ろしいなぁ・・・
変なことしないでよ?!

あらゆる部屋で
いかにもアールデコ好きそうな中高年の方々
文科系?カップル
クリエイター系の男の人
化粧の厚い御姉さま方
成人式帰りの女の子同士
などなど、
みんながみんな、
携帯やらデジカメやらで撮影しまくっている・・・。

こんなうす暗がりで、そんなんどうするよ~?
誰に見せるよ、見せられたほうどうするよ?
カタログでも買えばいいのに・・・
と、思ったが、まぁ、普段はその建物内、
撮影禁止だから、なのでしょう。

1階2階、3階のウインターガーデン(ネットの写真の方が素敵)を見て
戻る。
途中、アンティークのオルゴールの演奏?があったが、
説明ばっかり長いのって!
普段注目されるチャンスないんかいな!?
ガキが暴れだす前に早く演奏始めろや!!!
・・・前勉強していた私は、説明なんぞ・・・
と、内心イライラしながら待っていた。
演奏は、ふぅんて程度だった。
前置きが長すぎたせいだ、きっと。
それでも大顰蹙の音立てながら何度も撮影してる人いるし。

壁紙が殆ど張り替えられていて、切れ端だけ額に飾られている。
オリジナルのままだったら随分雰囲気違っただろうな。
確かに部屋ごとに違う電灯は素敵だったが。

現地待ち合わせしていた友人は、
窓から見える風景(もちろん計算された)が良かったと
言っていた。
同意見だったのは
「なんなの、あの写真撮影!!」

古い建物といえば、正月休みに
お気に入りの朝倉彫塑館(日暮里)へ
行ったのだが、なんと、去年の九月以降、
半分しか公開されなくなっていた。
木造部分の耐震性に問題があるとかで。
残念・・・
(あそこには大抵、フランス人観光客がいる。)

庭園美術館を出ると寒さが一層増していたので
帰りは目黒からバスに乗り、外苑前で降りる。
ピーコックで鶏肉と生姜を買って、
走るように家に帰った。



唐突に

友人は言い出した。


仕事以外の場でのことだけれど、

いつの頃からか、

三十代半ば位からか

「言う」ことを抑えるようになっていたと。

言いたいのに、言わない。

ここで自分が言わなければ・・・いい。


言ったら波風立つだろうと、

黙っていればまるく収まるだろうと。




・・・曖昧にすることのデメリットもあるよね。

余計にこじれたりさ。

言わないほうがオトナ風にも思えるけれど

言うってことは、それが正しい正しくないとかは別として、

とにかくその言葉から引き起こされる出来事に対して

責任取らなきゃならない(取らない人もいっぱいいるけれど。)。

そう考えると、ちゃんと言える人の方が大人なのかな。・・・


彼が具体的に何を思って

言い始めたのかは分からない。

なんせ、「言わない」人だから。

自分に自分で言っていたのだろう。

何でそう思ったのか、もっと聞いてみたかったけれど、

彼が話したいように話せばいいと思った。

自分の気持ちを探しているようだったから。

本人にさえはっきり分からないこと。

自分もある。そういうこと。




「でもやっぱりさ、言いたいこと言わないでいると

どんどんフラストレーション溜まっていくんだよね。

それが最近急激に爆発したみたいで。」


え、じゃぁ、言うようになったんだ?


「うん。」


自分ではっきり分かるくらい急激に変わったの?


「そう」


ふう~ん・・・

でもいいんじゃないの、そういうの。



自分も含め、自分の周りで大きな竜巻。

みんなを次の段階に運んでくれるよう。

沢山の偶然が、始まりの合図。

虹色の竜巻、何本も。

前向きなエネルギーが束になって

嫌でも引き上げてくれるよう。

変わらなかったことが

変われなかったことが変わる、

きっと そうだ。



何を感じる?私は、別に。

携帯の写真。その4 096


十年ぶり以上か。福生。

意外に盛り下がっている感。

国道沿いの歩道と、ぽつぽつ並ぶ店舗。
乾いた気だるさに似合わないと思ったのは
国道の交通量。
びゅんびゅんと走る車に
小さくちゃちな店は吹き飛ばされそう。

もう一本裏の道でもあれば

裏道沿いだったら
ずいぶん違う雰囲気になっただろうね。

写真は国道沿いからちょっと入ったところで見つけた
横田ハウス。

はてさて

ここのところ、疲労感が否めなくて

昔は気持ちにひたすらついてきてくれていた体も

そろそろ、文句を言い出しそうな気配である。


コーヒー飲み過ぎたら、胃が変な感じになり

偏食続けていたら、血行が悪くなり、むくむ。

以前ならスイカ食べて寝ても、朝に顔がむくむなんてことすら

なかったのに。

食生活、睡眠不足のつけが、

驚くほどはっきりと現れるのである。


体が不調だと、もちろん気分も悪い。

疲れた顔や

きらめきを失った眼

なんとか出来る受け答え。

そんな様をさらすより、

しっかりリラックスして自分の調子を整えないと。


友達が来てくれても

自分のコンディション悪かったら

お互い、つまらないし

疲れているときは

ひとりゆっくり本を読んだり

ゆるくひとり遊びしたいものだ。


寂しいキチガイだった頃なら

きっと、何が何でも誰か遊んでー!!

てな位だっただろう。


今ではひとりゆっくり出来るのが

それはそれで嬉しくて

何しようかなーとか

明日の朝はだらだらしたいなーとか

考えるだけでも楽しいもの。


はてさて、何がどうなったんだろうね。

きっと色んなことが色んな風に自分に

作用したのだろうな。

失敗の経験。

環境の変化。

友達との関係。


そうそう、最近引っ越したわけだけど

不思議とわくわくする

それでいて妙に落着く。

朝はいつでも気持ちいい。

夜は穴倉に入るよう(7階だけど。)。


たまたま目にした雑誌に、ここいらは

どうやらパワースポットだというようなことが

書いてあり、同じように、この辺りに

引っ越してからすこぶる調子がいいと言っている人が。

パワースポットという言葉は

何だか言葉に反して軽々しく思える。

風水も、へ~、そうなんだ程度にしか思わない。

けれども、人によって作用が違う石なんかも

あるように、人によって土地の作用も違うのかもしれないなとは

思う。

所謂、自然遺産のようなところでも

人によって反応の出方に差があるようだし。。。


疲れた!と体が表現できるようになったのも

それはそれで正常だよなぁ・・・とふと思った。


はてさてこれから何しようかな、

くつろぎの、私の時間!




文字通り「重い槍」

あなたが幸せなら私も幸せ

あなたが嬉しいと私も嬉しいと

感じるからこそ

意識しないでも

相手を気遣う。

気遣いは単に優しさだけじゃない。


異性同性にかかわらず、

互いに大事に思えるなら

同じ気持ちで思い合えるなら

ふたりはきっといい関係。


狂気じみた欲望

偽装されたエゴ

それが隠された

隠していると本人も気付かない

自己欲を満足させるためならば

思いやりも大人ぶった態度も

暴力でしかない。


相手の、その狂気に気付いた瞬間。

一瞬であっても、随分前のことであっても

ふと思い出しただけで、

私は身震いする。

どこが何が、よかった?と聞いたとき。

休み中のある日。

珍しく友人とふたりで、ちょっと郊外に足を延ばした。


ふたりでいるとなぜか夫婦と思われる。

もちろん、違うし、

彼は私の彼氏じゃない。

彼と付き合っているのと聞かれたとしても、

う~ん????という感じだ。


彼と長い時間おしゃべりしたり、

あちこち出かけたり

ご飯食べたり、

ぐーすか寝たり

お風呂入ったり・・・ということは

ごく普通のこと。


でも恋人じゃない。

手をつないで歩く方が不自然な気がする。

それぞれが、それぞれで、

そのもの同士が何だか気が合うのか話が合うのか

落ち着くような気がしていた。

平和な時間、ずいぶん流れた。


どこ行こうかぁ、と決めた先は福生。

もう、二人とも何年も行っていないから、

どんな風になっているのかと出かけた。


長い時間、電車の中。

普段、同じ電車にそう長い時間乗っていないので、

退屈するかなぁと思ったが、

いつも何もしないでも何時間も一緒にいられる相手なだけに

長時間もあっという間。


閑散とした、まだ午前中の福生を歩き回った。

経営大丈夫なんかねと思うような店や、

田舎風で品のなさが面白い飲み屋街の看板、

ずいぶん侵食している!渋谷にもある中古家具屋。


あ、これ下北で~円で売ってた・・・


えぇ~?!ずいぶん、こっち上乗せじゃん。

そうでもしないとやってけないのかねぇ。

下北で仕入れてたりして・・・


などと言いながらうろついて、

ふとわき道を覗き込んだら、横田ハウスの廃屋が見えた。


そこそこ見回った。


そういや、ここから川越近いのかなぁ?

行ったことある?


ううん。


行ってみる?


そうして無人駅のホームへ。

三十分近く待たないと電車は来ない。

慌てて切符買ったのに。


無人の改札を出たり入ったりしているうちに電車がきた。


またしても、長時間、揺られることになるようだ。


外の景色を見ながら、まただらだらと

くだらないことをしゃべって過ごした。


あれ、茶畑?


一時間近くも電車に乗ったり、三十分も電車を待ったり。

一瞬、え!?となる。

もっと他の方法ないのかな、と考えめぐらしそうになる。

が、そういう時間も受け入れられると

ちょっとほっとする。

速すぎる時間に、気が狂わされているのがリセットされるようで。


川越は、駅前からは、小江戸なんて想像できない。

間違えたかなと思うほど、今時のベッドタウン周辺の賑わい。


観光スポットを急ぎ足で回り、

帰りの電車(これまた普段慣れているより本数が少ない)に

間に合うように駅までふたり、ぜいぜい走った。



その日の終わりに聞いてみた。

本日の感想。


というのも、彼は趣味とか仕事とか外的なことに関しては

普通にしゃべるが、自分がどう思うかという

本心的なことは当たり障りないことしか言わない人で、

自分の感情はあまり表に出さないから。


お互いに、何が大事かを優先させて

それよりどうってことはないと判断する、小さなこと、気になることは

言わないでいるのかもしれない。

ふたりの平和で落ち着いた時間、楽しい時間を保つために。


さて、彼の答えは



横田ハウスかなぁ。

見れてよかった。



なんだ、こんなもんかと私が思ったのに反して、

彼は福生がよかったみたい。

多分、とてもよかったのだろう。



私は。

福生も川越も以前に行っているし、

どちらもそう驚くこともなければ

心に染み入るものもなかった。


私がよかったと思ったのは、

ローカルな駅でふたりぼんやり待っている時間や

電車でだらだらと移動する時の、寒くも暑くもない

気だるい車内で一緒にいた長くて短い時間。

背景は全く違うけれど、

ジム・ジャームッシュの映画みたい。

ミステリー・トレインみたいな空気感。

特に派手なことも起こらない時間。


そう、似たもの同士なのか

気が合うのか話が合うのか

確かに仲はいいと思う、ふたり。


でも、趣味的なことではなく

もっと深いところで好きなものは

実はずいぶんかけ離れているのだなぁと

思った。

双子の片割れを求めているわけでも

人生の伴侶を求めているわけでもない、彼に。

みんなが同じではないことだって知っている。


でもその時初めて思ったのは

彼と私は思った以上に


当たり前だけど


思っていた以上に

全然違う人間なんだなぁということ。


お互いが快適に感じるように、

お互い知りえないほど気を遣っているのかもしれない。

そういうのは甘えの反対と言えるのだろうか?


もともと他人同士なのだから、いい関係続けて

いい時間保つには

そういう努力をし続けないと

努力するのを怠けた夫婦みたいに

仲良かった時代が嘘のように消えてしまうのかもしれない。


努力して保つなんて?

いや、彼に限らず、

大事な友人のためなら

努力は苦痛ではなくて

それも自分がやりたいことのひとつとなる。


一年近く、たくさん一緒にいたのに

簡単な質問の答えひとつで

初めて気づくこともあるもんだ・・・


彼の私に対する気持ちの中に、

いわゆる「恋の愛」はまるで感じられない、

それはこちらもそうなのだけど。

そのわけが少しわかったような気がした。



またしても、すみません。

いつもなんやかんやとあるたびに、
途中だったカテゴリが放置状態になってしまう。

久しぶり、という頃には、記憶はだいぶとび、
そして新たに書きたいこともたまる一方。

いい加減なブログでゴメンナサイ!!!

ものぐさのくせにきっちり順序だてようとするのが
間違いなのか。

以前に中断となっていたヨルダン編も
忘れ去ったわけではありません。
この記事の前の京都編もそうです。

順序に拘らず、
ふと思ったときにそれらも記事にしていくつもりです。
京都編も書いておきたいことがちょこちょこありますので
随時アップします。

で、今は何でこんな言い訳しているかと言うと、
去年の終盤から今年の正月休みにかけて
近場ばかりですが結構あちこち行きました。
これまた参考にならない情報と、写真ばかりですが
随分貯まったので、まずはそれらをしばらくUPしていこうと
思っています。

今年もよろしくお願いします・・・・更新しますからww

挨拶。寂しい病。柳の葉。

行きと帰り、違うことを同じ道で思う。


朝、赤坂御用地の脇を通る時、大抵カーブの辺りに警察官が一人いる。

毎日、違う人、なのだと思う。今のところ。

数人で順繰りなのか?

微妙に似たり寄ったりの顔なのでまだ記憶に残っていない。

ただ、毎日必ず私がすることは

朝の挨拶。

他の通行人がそうしているのをまだ見たことはない。

人通りも少ないし。


「おはようございます」と言うと

相手も返してくれる。


日没後。

寒くて暗くても、ただ立っている警察官もいれば、

何気無くあちこち見回していたり

草むらを棒でつついていたりする人もいる。


ふと思った。


・・・・あれ、この時間の挨拶は?


こんばんわっていうのもなんだし、

お疲れ様も、変な感じ。

ご苦労様?

直接的に私のために何かしてくれているわけでもないし、

なんだか偉そうで嫌だなぁ。。。


いつも、日没後にそこを通る場合はどうしていたか?


会釈する。そうだ、頭をちょこっと下げて、

目で「ご苦労!お互い」って感じで、きり、と一瞬。


やはりこの時間はなんて言えばしっくりくるのかなぁ

などと思っているうちに、

考え事はとんで、

去年はあんなに寂しい、寂しい、

寂しくてたまらない私は馬鹿なんだろうか?

みんなは何で平気なの?なんて考えていたのを思い出していた。


あの、寂しい、はどこへ行ってしまったのだろう?

寂しい病はいつ治っていたのだろう?


へんなの・・・と思いながら目をやった先に

柳の葉が垂れていた。

綺麗な葉だ。

枯れ枯れではない。

綺麗な優しい黄緑をした柳の葉。

柳の木自体もスタイル抜群の美人さんで

葉といい、枝といい、申し分ない。

・・・と私は思った。


思うより先に、手を伸ばし、

枝の先に指を通していた。

軽く葉に触れて。


質感も、見た目どおり。

冬だというのに、若葉のような色をして。

柳っていうのはいつ落葉するのだろう?

それとも常緑なのか?


緩い坂を上ると今日も並んだ朱い提灯が

薄ぼんやりと。

また縁日に、行かれたら行こう。


暗い空に浮かぶ大きな大きな凧をぼんやり見つめながら

横断歩道を渡る。

渡り終えたら私は戻る、現実に。


プロフィール

しゅま子

  • Author:しゅま子
  • 33歳から、3人の子供のひとり親となり、40歳越え、現在43歳。40で、いろいろ考えるし、身体も変わると聞いていましたが、ほんとに変わってびっくり。成人の2回目のよう!
    と驚きつつ進みだした40代。文字通り、中年!40代だからこその迷い、多々あり・・・
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