スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

やめたいのにやめられないことがある

最近友人が、禁酒を始めた。

お酒の好きな人で、楽しく飲める人。

とあることがきっかけとなって、

彼女はお酒をやめたのだ。

言い訳なしに。


これではまずい。


そう思って、すぐに取り掛かり、

グダグダ未練がましく言うこともなく、

普通に生活している。


本当に、凄いと私は思った。


調子はどう?頑張ってるみたいだね!


彼女の返事は

「結構楽しいよ。

人生を作ってるみたいでさ」



人生を作る。

その通りだと思う。


今の世の中、依存物質はいくらでもある。

かわいい現実逃避はいつしか

嗜癖となる。


嗜癖。

やめたくてもやめられない。

それに傾倒する時、

意識のスイッチは切られている。


後で残るのは、

自己嫌悪。


明らかに、悪とされるものだけじゃない。

だからこそ、巧妙に、

自分をだますことができるのだ。


やめたいやめたいと思っている。

それなのにやめられない。

自己嫌悪の山はどんどん高くなり、

それを崩す代わりに、

逃げることばかりを続ける。


そう。

やめない限り、解決されることはない。


本気で、やめようと思い、

本当に実行すること。

それはとてもしんどいように見えるかもしれない。

なにより厄介なのは、

意識のスイッチを切って、

逃げてる自分を認識しないようにすること。


しっかり見て!

自分を。

自分のすることを。

しっかり責任取るんだよ。


自己嫌悪を延々と続ける苦しさより、

すっぱり、悪癖と手を切る苦しさの方が、

絶対に、軽い。


やめたいことをやめたとき。

それに伴う苦しさは、前向きだから。


ごまかすことをやめたとき、

本当に見えてくるから。

いままで隠されていた、問題が。


見えないと、分らない。

見えてこそ、解決法も考えられる。


長く付きまとってきた大問題に

取り組むこと。

そして、気持ちのよい朝を迎えられること。


それは確かに、人生を作っていくことだと

言えるだろう。




スポンサーサイト

ひとつの底つき

気を使って気を使いすぎてまで

付き合っていたのはなぜなのか。


それはきっと、嫌われたくないから。

いい人と思われたかったから。


いい人と判断するのは相手であって、

自分じゃない。


気を使って、気の合わない相手と

うまくやろうとするのは

単なる、自己満足のための押し付け。


こっちから気が合わないなら

相手からだって、気が合わない。


それなのに、合わそうとしてくるのは

相手からしたって疲れちゃうことだ。


見えないものに対する、価値観。

人それぞれ。

明らかな利害関係しか認めない人もいる。

自分に利益がなければ、

害があれば、

「いや、そのひとだって、いい時も悪いときもある。

自分だって、機嫌悪い時もあれば、

疲れているときもある。」なんて考えることなく、


「ぶった切る」

「切っちゃえ」

「他人だもん。」

そんな風に出来る人もいる。

自分を何より大切にしていると言えることなのかもしれない。


それがまっとうなのか?


私にはやっぱり出来ない、

出来ないどころか、

自分を下げて下げて、挙句の果てには

卑屈になって。


「自分をしっかり守らなきゃ!」

そういわれた。


優しすぎると言われることがよくある。

でも純粋な優しさじゃないと、

私は思う。

寛容と言われる。

それも違う。

単に、怖いから、ひとりが怖いから、

怒れないだけ。


ひとりが怖いからって、

ろくでもない関係、あちこちで続けて、

結局惨憺たる結果。


どうやら、とんでもなく悪い癖が

しっかり身についてしまったようだ。


同時に重なった、嫌なこと。

自分のことだけしか考えていない人たちに

振り回されて、本当に嫌な思いをした。


でも、それは自業自得。

私が相手の気を使いすぎるから、

我慢しすぎるから、

身勝手な奴らが、匂いを嗅ぎつけてくると

友達は言ってた。


いや、身勝手な奴らばかりが

私の周りにいるのではない。


普通に暮らしていた人が、

私に出会って、

「この人には何をしてもいい」

そう思ってしまう、

それは君のせいだよ、と前に言われた。


自分で自分を貶めている。

相手を甘やかしすぎて、

手痛い目に合う。


そんなことを何度繰り返す?


もう、そんなのは嫌だと思うなら、

やめればいい。


まずは気を使いすぎるということを。

嫌なら嫌って言おう。


気の合う友達って、意外と少ないもの。

それが前提。


昔は思ったものだ。

ある出会いが何につながるか、分からない、と。


今は思う。

へんに付き合いを広げて、

気を使ってまでも付き合う必要はない。

疲れきって、傷つくだけの関係はいらない。

気心知れた友達との関係は

長い。

そういう友達との関係を作るのは

自然だったが、プレハブを建てるように

あっという間ではない。


気の合う人は意外に少ない。

でも、そういう友人と出会えたことを

感謝して、大事にしていけばいいじゃない。


長い間、我慢し続けてきた結果。

どうやらすっかりおかしくなってしまっていたようだ。


気付くのに、一年かかった。

一年も。

凄く疲れた。


もう分かったから、

良かった。。。




気の合うひと

たくさんいると思っていた。


甘かったのだと

最近になってやっと分った。


なんで私はそんなに気を使ってまで

合わないひととも付き合おうとするのだろう。


相手が何考えているかなんて

分りようがない。

相手が何感じるかなんて分らない。


気の合わないひとに

通じようがない。

私の考えだって。


だから、すれ違い。

そんなつもりじゃないのに!?

え?どういう意味?!


それが繰り返すということは

合わないのだ。自分と相手が。


合う人とだけ付き合う。


それって、どういうこと?

前向きでない?


そんなことはない。


誰とでもっていう方が

よっぽど

おかしなことでは?


人は変わる。

二人のうちどちらか一方が

変わっただけで

おかしくなるような関係は、

やっぱりもともと

合わなかったのに

無理して合わせていたのかも。


気を使って疲れるなんて。

それは相手がまるで

気を使っていないということだよ。

そう言われた。


何でそんなにも、

気を使うの・・・



多分、やっぱり、寂しいから。

プロフィール

しゅま子

  • Author:しゅま子
  • 33歳から、3人の子供のひとり親となり、40歳越え、現在44歳。40で、いろいろ考えるし、身体も変わると聞いていましたが、ほんとに変わってびっくり。成人の2回目のよう!
    と驚きつつ進みだした40代。文字通り、中年!40代だからこその迷い、多々あり・・・
最近の記事
フリーエリア
カテゴリー
最新コメント
twitter
スポンサードリンク
リンク
40からの美人道
ブログ内検索
RSSフィード
ブロとも申請フォーム
月別アーカイブ

Powered by FC2 Blog |

FC2Ad

| Template Design by スタンダード・デザインラボ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。