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N.Y.で出会った日本人。

部屋を貸してくれていた人を通して、何人かの日本人にあったが、
皆、グリーンカードを欲しがっている様子だった。
ヴィザが切れる危機からか、あまり堂々としていない、
少々寂しげな雰囲気。

以前に、アメリカに留学していた人から聞いた話では、
日本人のオーバーステイ、アメリカに結構多いとか。
タレ込みがなければ、ばれ難いという話、
西海岸方面では移民局に追われている日本人もいるという記事。
いずれにしろ、あまり、一般的な話題ではない。
在日の特にアジア人は、不法じゃないかと決め付けてかかったり、
タリバンだ!とからかわれたり、不法だと分かれば、人間じゃないかのごとく
冷たい扱いしたり・・・そういう日本人に、知らせたい!と思った。
日本人だって、外でやってるよって。
在日の不法就労者の多くは、国では、親孝行息子だと賞賛されていたりする。
不法がいいというわけではないが、一方的な考え方(考えるだけなら勝手だけど。)
から、いばって言うな!といいたい。
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金は一体どこへ消えた!?あぁ、N.Y.

いつもどおり、予算は50万だった。
滞在費15万。N.Y.では仕方がない。
チケット代+諸費用約10万。
滞在費が、今までの貧乏旅より滅茶苦茶高いものの、
残り25万あったはず。なのに・・・。

買った物。
アディダスのスニーカー、ローヒールのブーツ、
カルヴァンクラインのGパン二本、
アルマーニジーンズのカットソー二枚、タンクトップ二枚、
 ニットのパンツ一本、シャツ一枚
(セールで、笑っちゃうほど安かった。でなきゃ買わない)、
美術館や専門書店のTシャツ五枚
(後にshipsで二倍くらいの値段で売られているのを発見)、
無地のTシャツ四枚(ワゴンセールなど)、
蚤の市でマスカラ、スクールバッグ、Tシャツなど。
お土産用にアーミーパンツ二本、
アンドレ・ケルテスの写真集(アンリ・カルティエ・ブレッソンのを買うつもりで行ったのに。)、
ポストカードたくさん、
う~ん、後何買ったっけ?
あ、免税店で、タバコとか?!
それぞれ、大した値段ではない。
が、そんなに買い捲ったのはその時だけ。
自分用、お土産用とが混ざりまくって、安さもあって、
まるで買出し状態・・・。

他に使ったのは、食費、美術館の入館料、
ライブのチケットやクラブ遊びぐらいか?
多分、クラブ遊びで、かなり使ったと思う。
それもやっぱり、安いからと、調子に乗って。
後に残らないから、消えた金は、そこへ消えたのだろうな・・・。

半月の旅で、そんなにバカみたいにお金を使うなんて、
自分でも、「?????」。
やっぱり、麻痺していたのだろう。
長居しないでよかった・・・。


N.Y.
美術館、ギャラリーめぐりにはお勧め。
各国料理に舌鼓ってのもいい。
とにかく、色んなものに溢れているので、気をつけないと、
お金はどんどん消えていく。
残るのは、考えなしに買ったものと、印象だけかも。
その場限りの言葉も、か。(私の場合。)

ものごとを難しく考えるのが好きだったり、自分を見つめたいって人には
不向きな街だと思う。
パワフルになんかしたい、学びたい、見たい、買いたいって人向き。
考えたい、ぼーっとしたい私には、もう、いいなぁ。。。

N.Y.やっぱり 危ない街?!

クラブのドリンク代が安いのもあって、
N.Y.では、クラブのはしごも気楽に出来る。
夜なので、タクシーでお目当てのクラブへと移動しまくるとしたら、
お金もかかってしまうので、近いエリア内をふらふらと歩きで廻って、適当に入っていく。
いかにもスノッブな店もあれば、
農業が主要産業である州から来た人々で
埋まっているんじゃないかというような、観光地っぽい店もある。
小さなライブハウスなんかは、入りやすい。
パンクの集まる店では、客の身につけているものが
ワサワサ、ガチャガチャ鳴っていたり、
若い人好みの店では、入り口で、セキュリティチェックがあったり。
いずれにしろ、東京のクラブの方が、平均的に言って、
内装も工夫していたり、おしゃれ度は高い気がした。

明るい通りは、夜であっても、あまり危機感はなく、
広い通りでも、暗ければ、道端で怪しい影でも動きそうで、ちょっと怖い。
とにかく、隙を見せず、一人足早に通過する。
行ったことはないが、ロスのほうなんかだと、
昼でも歩くのは危険だと聞くが。
まぁ、エリアにもよるのだろうけれど、全く歩いている人がいないわけではないだろう。
知人で、ロスに行った人がいないので、本当のことは分からない。
そういう点では、N.Y.は思ったよりも、怖い感じはしなかった。

ただ、路駐している車を見ると、ハンドルが動かないようにするロックをかけていたり、
窓に、ステレオもテレビもありませんといった張り紙をしているのを見かけた。
アパートの部屋を数日間留守にすると、電気製品を盗まれるから、
長期で出かけるときは、人に貸すといった話も聞いた。
ハーレムに昼間行った時は、妙な視線を感じて、後で、知らない人に、
「さっき、~を歩いていただろう」と言われたり。

盗難や強盗には遭わなかったが、
カルト宗教の勧誘員につきまとわれたりして、それはそれで、怖かった。
昼間、のんびりベンチに座っていると、寄って来たのである。
ヨーロッパでも、カルト宗教に子どもが連れ去られてといった話は聞いたことがあるが、
そういう人間にも注意を払わなければ、と気をつけたことはなかったので、
隙をつかれる。大都会の怖さ?!

N.Y.のテンポに惑わされて、広さに気が大きくなって、
加速していることに気付かなくなりそうな感覚に襲われた。
やっぱり、危ない街である。

N.Y.独特の軽さ。

N.Y.でまず思ったことは、とにかく人がでかい。殆ど、みーんなでかい。
気軽に話しかけてくる。
横断歩道を渡る時、目が合った車に乗っていた人が
「Beautiful smile!」。
道端のラスタマンが
「Cuty!」。
美術館の学芸員になぜかベタ惚れされたり
(しつこく、かなり濃いLove Air mailを延々と送ってきた。)、
クラブへ行けば、ライブをやっていたヴォーカルに引っ張り出されたり・・・。

イタリアみたいに口説くのが礼儀というのではなく、
ただ、挨拶のように褒め言葉を口にする。
その街特有のフレンドリーさなんだろうけれど、やっぱり都会。
広々としていて気持ちいいけれど、誰でも信じられない。
パリは時間の流れがゆったりしていた(地元の人には、ストレス一杯みたいだけど。)
けれど、N.Y.は、activeでpowerfulだと思った。

それにしても、ヨーロッパでは、話しかけてくる人はいても、
感嘆符がいきなりつくということはなかった。
パキスタンでは、びっくりして、こちらを凝視し、出てくる言葉は
「ジャパニ?チニ(中国人)?」「ギルギットワラ(ギルギットの人)?」
もしくは「イ アッラー・・・」
(おぉ、神様!と言ったところか。そこまでびっくりしないでもいいのに・・・。)。
トルコでは、客引き。
訪れた国の中で一番、紳士的だったのはヨルダン。
じろじろ見ないし、目つきも自然。(プライドの高さ?)
困った時は、とっても親切に教えてくれる。
たまたま会話をして、日本人だと言うと、皆、「Welcome」。
さすが、もてなし上手のアラブ人!
やっぱり、N.Y.みたいな話しかけ方は、N.Y.だけではないかなぁ。
勿論、みんながみんな、同じではないのは言うまでもないが。

N.Y.、ダイエット中の方はご用心!

毎朝のお約束。
近所のベーグル屋に行って、毎日違う組み合わせの
ベーグルとクリームチーズを選ぶ。
あれこれ聞いては、どれにしようか悩む様子がおかしかったのか、
店員たちにからかわれる。
「She is so cute!」と言われる。
(N.Y.の人は、すぐ、そういう言葉を口にする。習慣みたいなもんだろう。)

イーストヴィレッジで、チーズケーキの食べ比べ。
サイズは大きく、濃厚。

チャイナタウンで飲茶を安く楽しむ。
N.Y.のチャイナタウンは、今まで見た中で一番大きく、
大通りに面した場所は、大混雑。
小さなわき道に入ると、中華料理屋や雑貨屋があった。

ソーホー近くでベトナム料理
生春巻きは、日本のエスニック惣菜よりずっとおいしい。

グリニッジヴィレッジにあるイタリア料理店のエスプレッソは、
日本にも展開しているチェーン店のよりもずっとイタリア風。
リトルイタリーでも、パスタを食べるお腹の空きがなくて、残念。

マックシェイク。ローファットっていうのがアメリカらしい。

ロシア料理のファーストフード店。
セルフサービスのイタリア料理。
控えめで静かなインド料理や。
ナドナド。

東京にも、あらゆるレストランがあるようにも思えるが、
N.Y.のレストランの多様性にはかないっこない。
それぞれの料理の国の人がたくさん住んでいるせいか、味も本格的で、
食材も、日本のエスニック料理店より、新鮮そうである。
そして、ヴォリュームもたっぷり。
期間限定でN.Y.を訪れて、食に走るとしたら、体重増加は必至かも!?

ノラニー ヌール、ハルバラ ドゥール!

パキスタンにいた頃、夜、車で出かけると、
道路際の壁の方を向いて、しゃがんでいる男たちをよく見かけた。
チョコをやっているらしい。
もちろん、警察に見つかったらまずいことになる。
けれども、お金で何とかなるとか。
目の前で、サイコロぐらいの固まりだったり、板ガムくらいの平たいもの
見たことがあるが、これって、相当な量じゃないの?!と驚いた。
しかも、平気で放置されていたりする。

パキスタンでは、その他色々手に入るらしいが、やっぱり、
習慣性があるかないか、ということは、気にしているようだった。
ちなみに、ダルガーと呼ばれる聖者の霊廟の一つ、
バロティスタンのノラニーでは、ムスリムもヒンドゥも、
怪しい煙の中で、ラリっているとか、いないとか。
霊が入っちゃう人もいるとか・・・!?


カラチから、そこまで行くには、
着の身着のまま、砂埃だらけになって、
疲れきらないと寝れない程の大量の蚊が飛び交う中、地面に暴睡
といった旅の工程があるらしい・・・。(ほんとかな?)
二泊三日で、バイク旅行に行って来た人が帰ってきたとき、
どこかの難民のように、髪はホームレス状態、服は三日分の汚れを吸着、
顔は真っ黒になっていた。


彼らは、ちょっとしたピクニックに出かけるとき、
必ず、貴重品は置いていく。
荷物もなく、最低限のお金だけ。(山賊がいたり、検問があったり、スリがいるから。
ノラニーには、若い男たちだけでなく、大勢の家族連れも、
楽しみに出かけていく。
ムスリムの中には、「あれは、ヒンドゥの行く場所だ」と嫌悪する人や、
霊にとりつかれやすいからという理由で、
連れて行ってもらえない人
もいるが。

家族で行く場合は、当然、ジープやトラックで行く。
お約束どおり、出発時刻は遅れに遅れて、大抵、深夜。
暑いこともあって、夜の出発は普通である。

ちなみに私は・・・その夜来るはずのトラックが、
こちらに向かう途中、事故を起こして、来なかった。
その晩は、他にもトラックの衝突による死亡事故があったことも
重なって、「縁起が悪い夜だ!!中止にしよう」
ということになり、ノラニーには行けなかった。
(行きたかったけれど、あんまり残念ではなかった・・・。
どういうわけか、蚊の標的になるし。
地元の人いわく、「日本人の血は甘い」からとか・・・!?
ちなみに、マラリアの予防接種してなかったんだよね・・・。) 

突然N.Y.に行ったわけ

どこの国でも、ニュースを騒がすような物騒な事件が起きると、
多くの人たちは、考える。
「あの国は危ない。行かないようにしよう。」と。
アメリカで、ちょうどそんな事件が起きたしばらく後のこと。

友人からの電話。
彼女の友人がグリニッジ・ヴィレッジにアパートを借りていて、
日本とN.Y.を行ったり来たりしていたのだが、彼が日本にいる間は、
人に部屋を貸しているという。
二週間ほど、そちらに行こうと思うのだが、一緒に行かないかと。
友人価格とはいえ、一泊一万円。
ずっと、貧乏旅行をしていた私にとっては高い。
しかしN.Y.では、あんまり安いホテルには泊まるなと聞いたこともあり、
場所も、観光には便利なところだったので、OKする。

早速、格安チケットを新宿に買いに行った。
珍しく、親が「N.Y.はちょっと・・・」と反対してきたが。
彼女とは、もともと、友人の友人といったくらいの間柄だったし、
彼女なりの目的もあったので、現地では基本的に別行動をとることにしていた。
性格もかけ離れていたので、別行動とはいえ、
彼女には色々と迷惑もかけてしまったかと思うが。

トルコで見かけたバックパッカーたちが、その名の通り、
バックパックを愛用していたので、それに習って、バックパックを使ってみることにした。
NW航空に乗って、ピーナツが配られたり、
いろいろな種類のソフトドリンクがあることや、
初めて、東に向かうということから、飛行機に乗った途端に、
アメリカに向かってる・・・という気分になる。


部屋を貸してくれる人が、丁度N.Y.にいて、
共同生活が数日間あると聞いていた。
到着初日にハーレムのアポロシアターで行われるライブのチケットを、
彼が買っておいてくれていた。
N.Y.慣れしている人が一緒だったということと、
アポロシアターが地下鉄の駅から比較的近いということ、
その夜のイベントが、かなりメジャーで、出演者も日本でも(というより世界的に)
知られたベテランの大物が何人か、といったことから、
夜のハーレムも、比較的健全そうに見えた。
夜だからこそ、よく見えない、
そして通った道は明るい店の並ぶ通りだったということにもよるだろう。

深夜、帰りの地下鉄に乗る。
妙に元気よく、改札を通過したり、
地下鉄の車内のシートに勢いよく座る若者たち。
車内もすいていて、ちょっと、ドッキーンとした(苦笑)。

ベルギー、ギリシャ、トルコ、そしてイタリア。

アジアからヨーロッパ。
イスタンブルで出会ったバックパッカーたち、
それもアジアからヨーロッパに向かう人たちは盛んに、
「トルコは(物価が)高い!」と言う。
ヨーロッパからトルコ入りした私たちは、安くていいなぁと思ったが。

再びヨーロッパに戻った時、ガッカリしたのは物価の違いだけでは
なかった。

人間同士の接触濃度の違いに、寂しさを感じた。
ヨーロッパだって、日本よりは、知らない人にも言葉をかけてくるし、
長期滞在したら、顔見知りも増えるだろう。
しかし、違う。
コミュニケーションの表面温度の違い?いい人だろうが悪い人だろうが、
トルコに関していえば、イタリアよりも、相手の人物像がつかみやすい。
得体が知れるというか。
わかりやすい。
イタリアでは、トルコよりずっと、人物像が捉えにくい。
日本はもちろん、それ以上。
その人がありたいと思うイメージに覆われて、もしくは、巧妙に隠されて。
周りの人を気にせずにはいられない社会によって、
その人の周りから押し付けられた衣装をまとっている場合もある。
基本的に、人に好かれることが大事だと思う人が多いか、
周りがどう思おうと気にならない人が多いか、という違いなのだろうか?


隠された中身が悲惨というよりは、もともと中身が見えているほうが、
確かに付き合いやすいし、こちらも正直になれるような気がする。

人間らしくて、いいな、とも思う。
けれども人は、見えない神秘にも惹かれるし、ある人の違う面にも驚かされる。
ぐるぐる巻きの世界でも、開けっぴろげの世界でも、
それなりの付き合い方や礼儀がある。

旅行者の視点っていうのは、分かったようで、ほんの少ししか分かっていないもんだ。
知れば知るほど、好きになるか、嫌いになるか。
いずれにしろ、大差ないのかもしれない。
ただ単に、自分にない、自分の周囲にないものへの憧れ。
そういうものに喜んではしゃいでいるだけなら、旅とは言えないという人もいるだろう。
けれども、喜ぶってことは大事なこと。リフレッシュ、気分が高揚するだけでも、自分の栄養となる。
苦労したり、色々なことを知る上で、少しでも自分を知る、自国のことを知る。
世界のことを知る。哲学的なことを考える。
そういう旅をする人もたくさんいる。
旅の深さは求めるその人次第だ。

どんな旅でも、近くでも遠くでも、しないよりはしたほうがいいような気がする。
理由はただただ、楽しいから。気持ちいいから。
時には災難もあるだろうけれど、どこかに行きたいと憧れている人に、
お金がなくて、なかなか行かれない人に、
私は無責任にも、旅に出るよう、煽る。
出るのは簡単。
問題は、旅の後。
それもやっぱり、その人次第。

旅の終わり。

早朝、重く感じられる荷物を持って小さな空港へ向かった。
フライト時刻が迫っているというのに、門さえ開いていない。
周りはまだ真っ暗。
あぁ、もう、時間じゃん!!と思って不安になっていると、
周りにも、荷物をガラゴロ引いた人が、ぽつりぽつりとやってきた。
ぎりぎりで門が開いて、とても飛行機に乗るところとは思えない
小さな、しかし、きちんと整備された空港に入れた。
物凄い勢いで、搭乗手続きが行われ(検査、大丈夫か?と思うほど、いい加減)、
いつの間にかに集まった乗客の列に並ぶ。

小さな旅客機で、再びブリュッセルに到着。
免税店で、チョコレートを、お土産用と、自分用に買う。
がらすきの化粧品コーナーを眺めているうちに、搭乗時刻となった。
は~。
ま、帰りのフライトを楽しむことにしよう・・・・。

最悪な気分になるのは、成田の入国審査を通り過ぎて、
リムジンバスを目にしたときだ。
ローカルに電車で上野まで出て、JRで新宿・・・と、乗り継いでいく場合でも
同じ。
排気と車の臭い、湿気に埃を抱えた空気、灰色のコンクリートの壁。
うんざりする。


静電気に埃を吸着させた街。湿気と悪臭の真ん中に伸びる高層ビル。
そこが、自分の住む街。
それにしても、美しさがなさ過ぎる・・・。
新しいショップや観光スポットとなるような場所も、日々、排気で薄汚れて、
埃のあとがついたプラスティック容器のようになる。

使い込んだ革の傷ではなく、表面にはりついた汚れ。
表面重視の街。
人が集まるのも表面次第。
丁寧さよりも速さ。

やっぱり、違うかも、と思うのは、
逃げ回りたいという、怠慢さからだけではないのかもしれない。

勿体無いフィレンツェ。

二度目のフィレンツェ。
ローマ同様、T子に「ここだけは」ってところを案内する。
教科書で見た絵の実物を見るってのは、結構嬉しいもんだ。
宿も、大したところではないが、寝るだけならどうってことない、
特徴もなければ、不快感もない部屋を見つけた。
フロントの男の人が、しきりにサッカーの話をしてくる。

この街から、成田へ向かうことになっていたので、
少し買い物でもすることにした。
イタリアでは、革製品、特に靴がなかなかよくて、しかも安い。
あちこち覗いてみる。
セールをしていた日本でもある店で、濃い緑のニットと、黒いパンツを買った。
あと、ウッドソールで、足の甲を皮で包むサンダルを一足。

三日間その街で待たなくてはならないので、少々退屈して、
通りにある売店で、雑誌を買う。
観光名所から少しはなれたところに、セルフサービスの食堂を見つけた。
トレーを持って、好きなものの皿をとったり、盛ったりする方式。
内装は、学生食堂か社内食堂といった感じ。デザートやワインもある。
三種類たっぷり食べても、千円くらいだった。
(しかし、どれも、ぴんとこない、だれた味・・・。)

街の外へ出て、周りの住宅の様子(壁の模様やドアのデザイン)を見て歩いたり、
地元の人の様子やバイク、車などを見たり。
殆ど、川岸で、ぼけーっと過ごしていた。
今更、そこから遠出する気にもなれず、
だいぶ疲れていたので、ぼーっと川面を見つめながら、これまでの旅の話をしたり、
ヴェッキオ橋や向かいの建物を何となく視界に入れておくだけで、十分だった。

成田か。
旅の帰りのフライトは、行きよりもあっという間という気がする。
ほんと、あっという間に現実社会に引き戻される。
自分で戻るというより、フライトが決まっているから、という理由で、
無理矢理帰らせられるような気分。
そこで、計画を変えて、旅を続行したことはない。
やっぱり、他にやらなくてはならないことが日本にあるとしたら、
旅はひとまず終了しなくてはならないので、必要な旅の終わりだとは思う。

でも、今にして、若い時だからこそ、もっと計画に縛られず(しかも自分が作った計画)、
ほんとに滅茶苦茶に、思うままに、やりたいだけやってみたら、
どうなるか、見てみたかったなぁとも思う。

それで懲りたり、自分のある一つの限界を知って、
後の人生に活かすことが出来たかもしれない・・・。


少し離れて見るのがいい!サン・ジミニャーノ

前の晩は、シエナの家庭的なホテルに泊まり、ゆっくり休んだ。
朝、バスに乗り、約一時間で塔の街、サン・ジミニャーノに到着。
空は美しく晴れて、塔の街は、ガイドブックのグラビア写真のよう。

それにしても、ここはまた、予想に反して、
小さな町であった。

町の手前で、バスの車窓から見ると、ガイドブックどおり、
「塔の街!」という感じがするのだが、
街に入ってみると、すぐに一周出来てしまう。
大聖堂(小さい)と拷問博物館をちょっと覗き、
少しうろうろ。
午前中のせいか、観光客も少ない。

平たい円柱形のお菓子のようなものを、ショーウインドウ越しに発見。
ドライフルーツとナッツを蜂蜜で固めたようなものであった。
T子と半分ずつ分けた。
スパイスの香りが強く、とても甘い。(けれども、後引く。)
ほんの少しだけ食べた。

少し早いけれど、次へ行こうかと思い、バス乗り場へ向かった。
古い建物の壁の横に、曲がった木や、キスチョコみたいに刈られた木。
そよ風が気持ちいい・・・。
バスはなかなか来ないけれど、油断は禁物。
逃したら、また、待ち時間が長いからね。

貝殻広場でのんびり~。シエナ。

アッシジからバスで約二時間。
トルコで知り合ったライターさんが
「イタリアへ行くなら、シエナに行くといいよ」
と、言っていたので、よってみた。

バスを降りて、街の中心まで歩く。
思っていたより、広い。街の雰囲気は、アッシジとは違うけれど、
とてもくつろげる。
本当に貝殻状のカンポ広場のあちらこちらに人が座っている。
貝殻状というのは、立体的にもすり鉢状で、傾いている。
三つの丘のぶつかる地点だそうだ。
座っていると、奇妙な力に引っ張られて、転げ落ちそうになる・・・。
上下差が3mもあるから仕方ないか。。。。

街の小道を散策したり、建物の中に入り、塔の中を登ったり・・・。
何も心配も堅苦しさもなく動ける街だ。
黒白、縞模様の大聖堂の裏側で、座って休憩。
トスカーナの緑に囲まれた中世都市は、
人が住んでいて、お店もあっても、
何だか、現実の街、という感じがしない。
観光地、世界遺産として守っている為だろうか。

アッシジ、シエナ、そして、これから向かうサン・ジミニャーノ。
少々離れてはいるが、どこも、世界中から人が集まる美しい歴史的な街。
あ、日本でいえば、京都!?

イタリアの田舎?廻り~超いい加減な旅。アッシジ。

早朝のテルミニ駅から列車に乗り、バスに乗り換え
向かった街は、アッシジ。
ローマから約175キロ北上したところにある。
以前に、テレビのドキュメンタリーで見て、一度は行って見たいと思っていた。

アッシジについての詳しいサイトがたくさんあるので、
ここでは、思ったことだけ書く(苦笑)。

地平線も田園風景と思われる、のどかな風景を
少々眠気に襲われながら、ぼんやり見ていると、
目の前に、裾が広く、あまり高くない山が現れた。
ただ、周りに何もないので、大きくみえる・・・。
バスはぐんぐん、山を登っていく。
あ、やっぱり、大きいや(笑)。

中腹にあるのが、アッシジの町である。
とても小さな町なので、隅からすぐ、反対の端っこに出る。
建物の建材が統一されているせいか、堅実な雰囲気がある。
細い道が、建物の間を縫っていて、陰が多く、涼しい。
日の光も、それと対照的に、輝くほど白く眩しい。

もっと、田舎町を想像していたが、さすが、有名な巡礼地、
きちんと整えられた観光地だった。
イタリアの田舎~!と思うには、綺麗過ぎるのだが、
やはり、来てよかった・・・と思った。


観光スポットを見学し、街をぶらぶら歩いた後、
街を取り囲む塀に腰掛けて、視界に広がる、ふもとの景色と、
観光客の列を見ながら、時間を過ごした。
頭は空っぽ。神様のことを考えるのには持ってこい!?
修道院があるのはその為か?

夕方、ガイドブックに出ていた安宿(宿自体多くはない。)に泊まり、
翌朝再びバスに乗って、次の目的地へ・・・!

5年前は好きだったのに。ローマ。

翌朝、起きてすぐに、観光散歩開始!
自分は、前に観光スポットを見ているので、
今日は、T子にざっと、「ここだけは」というところに
案内!?することにした。
まずは、コロッセオを目指して、歩く。

朝のローマ。太陽がすでにけだるい。
人も車も、まだそれほど走っていなかったので、
目的地を目指して、心も体も、すいすい進んでいける。
石畳の上を、早足で歩く。
それにしても、相変わらずの路上駐車の列・・・・

ツアーで見たときは、平面にバーン、と見上げるような
コロッセオだったが、今回は、反対方向から来たせいか、
どんどん下って行ったところに登場した。
前に来たときよりも、小さく感じたが、それでも、
この類の遺跡の中では、だんとつ、印象の強い建物のひとつだ。

フォロロマーノをざっと見て、
次に目指すはヴァチカン市国。
しばし歩いて、やっと、テヴェレ川についた。
橋の袂で、しばし休憩。
パリでよく食べた、ユダヤ風というか、ギリシャ風というか
アラブ風?のピタサンドを買った。


川を渡れば、ヴァチカンはすぐそこ。
比較的すいていた。
一通り見学し、
(何度も言うようだが、そういう情報は、よそで、とっても親切に
書かれているので、ここでは省略・・・。)
引き返すことにする。
今度は、スペイン広場の周り
ショッピング客が、ブランド品の紙袋をさげているところ。)や、
ナヴォナ広場を通って行った。
それにしても、埃っぽい。

排気で汚れた空気。
直線の網目状の道路。
久しぶりに、たくさんの人の流れの中を歩いたような気がした。
トルコでも、混雑したところはたくさん通ったが、
足の動きだけでなく、心の動きが、ここではずっと早い。

それでも、他のヨーロッパの国のうちでは、
あくせくしていないほうなのかもしれないが、
人にしろ、街にしろ、知ろうにも隙がない。

自分の住む東京よりも、歩いているだけで、目に入る美しいものや、
心安らぐ濃い緑があり、気分の落ち着く古い建物もたくさんある。
それでも、ヴェスパの風防についたたくさんの小虫の死骸のように、
ここでもやはり、人として大事にしたいある部分が、
ぺしゃんこにされても、気にもされないのかなぁ、と、思った。
以前は好きだったのにな、ローマ。

宿がなかなかみつからない・・・ローマの夕方

気付くとそこは、スペイン広場の階段の上であった。
この階段ほど、下から上を見上げてから登るべき階段は
他にあるかなぁ?と思う。
突然、上から下を眺めると、スペイン階段という気がしない。
思った以上に高さがある。
え?ほんとにスペイン階段?
何か、前に見たときと、随分違うなぁ~と思いつつ、降りていった。
夕暮れ前。のんびりと腰かけている人々の間をぬけて。

早く、泊まるところを見つけなきゃ!
と思いつつも、ついでにトレヴィの泉を見に行った。
ヨーロッパ初めてのT子の為に、以前に行った観光スポットも、
予定に入れなくては!と思っていたのだが、
T子にとっては、大して、重要ではないようだった。
それがまた、T子と私がうまくやっていける理由の一つ。
つまり、重要だ!と思うことがぶつからないのである。

あちこち、宿をあたってみるのにも疲れてきた。
再び、テルミニ駅方面へと向かう途中、
視線を感じた。
いかにも怪しげな、痩せた男(東欧系?)が、少し離れてつけてきている。
まだ、至近距離ではないが、道の反対側へ渡った。
明らかにこちらを見ていたが、私たちが彼の存在に気付いたせいか、
どこかへ消えた。
何か、気持ち悪いなぁ。

細かい道をくまなく歩く。
寂れた道を少し入ったところにホテルの字が見えた。
その道沿いには、やはり暗いバールが一軒あり、そのほかに
看板のかかっている店も、ポツポツある程度。
後は住居のようである。

あそこはいけそう・・・!
尋ね疲れていたが、直感的に大丈夫そうだと感じたので、
行ってみると、部屋もあり、宿泊料も予算以内であった。
暗い扉の中の階段を上がったところに受付があり、
建物の静かな外観とうって変わって、中の様子は
騒々しい。
丁度、宿泊客が出入りしている時間のよう。

通された部屋は、暗いが、広い部屋で、
殺風景ではあるが、清潔だった。
重くないはずなのに、ずっと肩にかけていたバッグが、
これ以上持っていられない、と思うほど、重く感じられていた。


やっと、下ろせる。

共用の浴室に、T子と交代で行く。
肩に、バッグの肩紐のあとがついて、青痣となっていた。
さっぱりして落ち着いたせいか、二人とも
あっという間に寝入った。

トルコぼけしてたら危ない!?ローマに到着

イスタンブルから未練タラタラ引きずって、向かった先は、ローマ。
そう、悪評高き、ローマである。
高校生の頃、ツアーで訪れた時は、他のイタリアの主要都市、
ミラノ、フィレンツェ、ベニスなどに較べて、気取りがなく、
買い物などもしやすいこともあって、気に入っていた。
もっと、ゆっくり見たいなぁ、と思い、この度また、
選んだのであった。

ガイドブックどおり、列車で市内を目指したが、
ヨーロッパ独特の暗さのある(貧乏臭さというか。
ホームと車内の雰囲気のせいか、約30分の乗車時間が、
それ以上に長く感じられた。

テルミニ駅に到着。
・・・来た来た(苦笑)。
いかにも嘘っぽい、名札をつけた男、そして女が、
待ってましたとばかりに、私たちの近くへ来て、
「ホテルは決まっていますか?」などなど
話しかけてきた。

勿論、決まっていない。けれども、
「決まってる」と答える。すると、
「どこに?」と聞いてきたので、適当に、高級ホテルの名を
言うと、あぁ、という感じであきらめて去った。
そこで、決まってないとか、大したことのないホテルの名を言うと、
しつこく「いいホテル」を紹介されることになる。
本当にいいホテルなら、そんな奴は必要ない。
高級ホテルの名を挙げても、
「あそこは高いですよ、私、いいホテルを教えますよ。」
と、つなげられる場合もあるかも(苦笑)。
自分の立場(偽の)を説明してから始める奴もいれば、
いきなり、ホテルの名を書いたメモをよこしてくるのもいた。
駅がすいている時間帯だったのか、そういう怪しい奴も少なければ、
ジプシーにも会わなかった。

駅を出て、取り合えず、観光スポットを目指す。
翌日、効率よく、朝から観光をするために、
なるべく動きやすい場所で、もちろん破格の宿に泊まりたい。
しかし、何だかその日は思うようにホテルが見つからない。
午後中歩き回っても、空きのある安宿にあたらない。
段々、荷物が重く感じられてくる。

トルコで買ったもの。イスタンブルで思ったこと。

買ったもの。(日常の食料品は除く)

ロクム。ドライアプリコット。アップルティ。・・・お土産用。
プラスティックの調味料入れ。四つ。・・・自分用とお土産用。
モザイク模様の美しいカード。四枚。・・・これも、お土産。
下着・・・ブルサのバザールで。実用。
カッパドキアで、ざっくりした生成りに柄つきのウール製手袋と靴下。
銀のピアスと指輪・・・自分用とお土産用。
シルクの小さなカーペット(笑)。
シャンプー・・・日本から持っていったシャンプーは、水質の違いからか、泡立ちがとても悪く、イスタンブルで買ったベビーシャンプーは、カモミールの香りで、洗い心地もよかった。
石鹸、たくさん。・・・宿で洗濯していたので、しょっちゅう買いに行った。

そんなもんかなぁ。
旅はまだ続くので、壊れ物は買わない。

突然、頭の中が静かになった、空港の待合室。
しばらくの間、当たり前になっていた、友人たちとの交流が、
ぷっつりと消え去ったような感。
いつまでも、だらだらとそこにいたら、それこそ、現実逃避となってしまう。
だから、旅立ちは必要で、旅における別れは当然のことだと、
受け入れなくてはならない。
分かっちゃいるけれど、やっぱり辛い。
急に心の温度が下がっていくようだ。

イスタンブルで思ったのは、
情報の氾濫の中で育ってきて、ほんとに自分は、
物に飽き飽きしていたということ。
そして、物ではなく、人との暖かい交流に、
とっても餓えていたんだなぁ。
周りの人間なんてどうでもいいくらいの傲慢さだったけれど、
その実、やっぱり、欲していたんだろう。
そして、そこには、たまたまあった。
丁度自分にあう、自分が心を通わせられる友人との交流が。

私たちが、イスタンブルの宿を去る頃には、
一番長く時間を共有したメンバーたちは、順々に、
次の街へと去って行き、
不思議なことに、後からそこへやってきた人たちとは、
特に親しくなることはなかった。
タイミングが良かったのか?
出会いはやっぱり、運命的だと、思わざるを得ない。

次に目指すは、イタリア。
気分は下降気味(苦笑)。

Mの巻。その② 旅の恋の片付け

******結論(何の?)*******

相手に求めるものってのは、人それぞれ違う。
人との出会いも、運命といえば運命で、
その中から、丁度自分がフィットする相手、
相手を変えようとしなくても(人間、そう変わんないでしょ。)、
もともと、合う相手に当たることは、
ほんとに確率低い。
そういうレアな出会いだったからこそ、後を引いたのかも!?

Mと、最初で最後、二人だけで、夕方の街に出かけたことがあった。
いつも一緒に寝てるのに、不思議なくらいMは緊張していた。
次にどこへ行こう、何か買おう、ナドナド、選択する時、
すごく、落ち着かないのである。
ヘマしないように、必死という感じ。
緊張して、トイレにさえいけない程(後で、慌ててトイレに走るM(苦笑))
である。
通りを歩いていても、周りの男を警戒してるし。

夜、二人で話したりしてはいたけれど、やっぱり出会いどまりで、
お互い、ほんの少ししか、相手のことを知らなかったんだなぁ、
と思った。
知っていくことは恋愛の大切な要素。
最後の最後になってやっと二人は、
名前のある男と女としてのスタート地点に立ったのではないかと思う。

イスタンブルを経つ朝、
Rは寂しそうに(真面目な面持ち)で見送ってくれたが、
Mは、いくら声をかけても顔を上げなかった。
少年の頃に水の事故で友人を亡くしてから、
海や湖が怖くてたまらなくなったM。
別れが辛くて起きれなかったのか、爆睡していただけなのか、
分からない。
もちろん、前者だと思いたいけれど(笑)。

帰国後も何度か、手紙でやり取りした。
スタンダールの結晶作用。

卒業後に再びトルコへ行くつもりが、その少し前のお正月頃、
他の男と出会ってしまった。
会えないイイ男と、会えるバカ男。
・・・・・あ~ぁ。

彼からの手紙にあった言葉。
You'll have to come back to Turkey
to get the dirty details of my life,
but I guess we'll have to wait.
それは宙に浮いたまま、どこかへ消えてしまった。
思い出だからこそ、好きな形で、好きな状態で置いておける。

それで良かったのだと思う。
知れば知るほど、ガッカリしたかも(苦笑)。
考えてみたら、結構情けないんだもん。
(「可愛い~」と思える私ではないんで。
顔は可愛くてもいいけれど、
性格は、大人であって欲しい!!)
長く付き合ってたら、「しっかりしてよ~!!」
と、言いたくなりそう(苦笑)。
会話がお互い母国語でなかったから、
きっと、知らずにすんだことが一杯あるんだろうなぁ。


本当は真面目な田舎の男の子。なのに、背伸びしているM。
自分を偽っている現実と、本当の自分の隙間を埋めるために、
チョコで誤魔化しているように思える。

本当の自分の魅力を鼻で笑っているようだった。
確かに頼りないところはあったけれど、
彼には他の人にない独自の魅力があるのに。
今頃、どうしているのだろう。
田舎の優しく綺麗な女の子と、幸せに暮らしているのかな?
それともイスタンブルで、そのまま流されてしまったか。
いずれにしろ、あんまり自分をいじめないで・・・。



***失礼しました***
幾度か私小説化しましたが、お陰様で、片付きました。
多分あと一回で、イスタンブル編は終わります。
おつきあい、有難うございました(笑)。
あ、ブログはまだまだ続きますよ!

Mの巻。その① 検証!?後引いた理由。

たまたま一緒にいることとなったM。
旅のあいだということを考えると、恋愛関係とは
いい難いように思う。
知り合いの男が言っていた、
「彼女は欲しくないけれど、出会いは欲しい。
なぜならやっぱり、男だから(笑)」


Mとは、「出会い」期間が長かっただけで、やっぱり、
恋愛じゃぁないなぁ。
それなのに、後を引いた。
なぜかというと・・・・

自由に泳がせてくれる。

昼間、Mは、カーペット屋に行っているのだが、
その間、私が何していようと、あまり気にしていないようだった。
やきもち焼きなのに、「どこ行ってた?」とか、うるさくない。
昼間、店の方へ来いとは言われたけれど。(仕事にならん)
宿の中では彼女状態だが、やはり、
真剣に付き合うあっているわけではないから、
~しなくちゃならないってことがなく、楽だった。
(無責任な関係。こういうのは愛って言いません。)
「どうしていつも、足を組むの?」
と何度か聞かれたけれど。
トルコの女性は足を組んで座らないってことはないだろうに・・・!?

甘えたい時に甘えられる。

雪の中を歩いて、店に行った時のこと。
びしょびしょになった、ショートブーツを、
ストーブの前にかざして乾かしてくれた。
日本人と外国人の違いってことではなく、
そういうことしてくれる人って、かなり少ないと思う。

びしょびしょの彼女の靴を、男が乾かす?!

べたべたするわけでもなく、なんか嬉しそうに、
こっちへおいでよ~と抱き寄せたり、膝に乗せたりする。
(親しい友人と一緒のときか、他に人がいないときだけ)。
強引に扱われるのが好きな女の子もいるだろうけれど、
やっぱり、丁寧に扱われていると思うと嬉しい女の子の方が
多いんじゃぁないかな。

色々、女の為に良くしてやったとしても、
「よくしてやってるだろ!」とオレ様っぽく言ったり、
むすっとしていて、嬉しいんだかうざいんだか分かんないって人より、
やっぱり、嬉しそうにしているほうが、こっちも嬉しい。

(女が嫌がってるのに、公衆の面前で、彼女のお尻を触る奴は、
嬉しそうにしていても、ぶっ飛ばしたくなるだけだが。)

男で料理好き
しかも、気負わずささっと、何か美味しいものを作ってくれる。
これは高得点。
それも、わざとらしさや、おしつけがましさがなければ、減点なし。
(Mは、大学休学中・・・多分、戻らなかっただろう。・・・だったのだが、
レストランやら、カーペットやらで働き、
そこで提供される部屋に寝泊りしていた。
その後、また、コックの仕事に変えたらしい。料理好き。)

冬のイスタンブルはとても寒いのだけど、
夜、布団の中で冷たくなった私の足を、
Mは自分の足で優しくこすってあっためてくれた。
これは、ヤバイ。すごく嬉しい(笑)。
足があたっただけで、「冷たいんだよ!」と目ぇむいて、
離れて寝る奴もいるもんね。
やることやったら用はないってわけ?
そういう奴は、大抵、オレ(様)に迷惑かけんなよ的性格
(それでいて、周りには迷惑かけまくる)の男で、
世界中に、多く生息している。(現実見聞&映画鑑賞より)

嘘つき靴磨きオヤジを言い負かす。

客引きたちの生態もつかめてきて、
欲しいものをどこで買えるかわかってきて、
地図なしでも、うろうろできるようになって来た。、
スルタナ・メフメット地区。

ある日の午後。
通り沿いにあるベンチに座り、T子とのんびりしていた。
そこへやってきたのは、靴磨きのおじさん。
最初に、靴磨きを必要としていないかといったことを聞いてきた。
当然、断る。
すると、安くするからと、しつこい。
物凄くしつこい。
そのうち、「じゃぁ、わかった。特別にタダだ!」と言い出した。
そんなの嘘に決まってる。

タダでも要らんと言ったのにもかかわらず、
強引に、人の足を台にのせて、靴磨きを始めてしまった。

・・・・。あとで、なんて言ってくるつもりだろう。
磨きながらも、「日本大好き」とか、わざとらしい文句を並べる。

ざっと、両方の靴を磨き終えた。

そして、お決まりどおり、さっきの話はなんだったのと思うくらい、
当然という態度で、お金を請求してきた。

その額が幾らだろうと、問題ではない。
嘘ついて、後から金!ってのは、あきらかに詐欺ではないか!

そして、私たちには時間がたっぷりある(笑)。
急ぎ足の旅行者ではなかったから、交渉だの苦情だの、
金で済まさなくても、文句たらせばいいのである。
(時と場合によるけどね。)

「・・・あなた、さっきタダって言ったでしょ。」
相手はすっ呆ける。
「日本人大好きとか何とか話してたけれど、それで、
日本人騙すわけ?」
それでも、相手はしらんふり。しつこく金だけ要求してくる。
「私たちはあなたのこと信用してたのに、こんなことになって、
すごいショック!!」
相手がだまった。
トルコ人って、大嘘つきなの?・・・ショックだな~、ほんとに。」
ナドナド。
そこで、彼は、もういいよ・・・と去って行った(笑)。
我ながら、馬鹿ばかしいセリフであったが、彼の良心に訴えることは
出来たらしい。

本当にこれは場合によるけれど、どこの観光地でも、
地元の人の尊厳を貶めない為にも、お金を渡す時には
慎重に・・・。
もともと物乞いに、簡単にお金を渡していたのは観光客。
物乞いが観光客に寄ってくるのも、無理はない・・・・。

久々に日本人と交流!?

珍しく、日本人のバックパッカーがやってきた。
小柄で長髪の、美術系の男。
T子の好きなタイプだった模様。
ちょこちょこ話しかけて、親しくなっていた。

あまりにも道を外れすぎていた私と違って、
彼は、T子を安心させてくれたのではないかと思う。
ある日、彼が、イスタンブル在住の知人を尋ねると言うので、
ついて行くことにした。

船に乗って、知らない場所で降りて、乗り合いタクシーをつかまえる。
そうして着いたのは、こざっぱりとした住宅街。
マンションに住んでいた「知人」は、見るからにインテリっぽかった。
歳は三十代前半くらいか。もっといっていたかもしれない。
モノトーンの服装と、涼しげな容貌。
こちらで、政治小説の執筆中だという。
少し後で、日本から婚約者が来るらしい。
優雅な生活だなぁと、羨ましく思った。

もう一人の客人は、カメラマン。
イスタンブルで撮った、美少女の写真を見せてくれた。
その、少々いやらし気なおやじは、トルコ娘に夢中なよう。
プリントに写っていたのは、本当に可愛い、
イスタンブルならではの、西洋と東洋の混ざったような顔立ち
女の子。はにかみながら、ポーズをとっている。
内心、「このスケベ爺!」と思う。

夕方、宿に戻った。
T子を気に入っているRが睨んでいた。
彼女と、そのバックパッカーの関係については、
私の気になることではなかったのだが、
Rは気になったらしく、時折、
「あいつとT子はどうなってるんだ?」と聞いてきた(笑)。
そういうときには、すっ呆けるに限る。
プロフィール

しゅま子

  • Author:しゅま子
  • 33歳から、3人の子供のひとり親となり、40歳越え、現在44歳。40で、いろいろ考えるし、身体も変わると聞いていましたが、ほんとに変わってびっくり。成人の2回目のよう!
    と驚きつつ進みだした40代。文字通り、中年!40代だからこその迷い、多々あり・・・
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