イスタンブルに戻った後の、最高に自己嫌悪な出来事。

カッパドキアの話に戻ります・・・。
二日目のへとへとハイキングからホテルに戻り、
その日のうちに、イスタンブルに帰ることにした。

がらがらの土産物屋で、ウールの靴下と手袋を買った。
生成りでざっくりしている。
帰りのバスに乗り、今度は緊張感もなく、放心状態
シートにだらりと座っていた。
出発までのひととき。

T子が唐突に話し出した。
「帰ったら、Cをもてあそぶのは止めなよ。
Mも可哀想だよ。」

普段、妹役に徹しているT子が、そういう意見をすることは、
珍しい。
私と違って、反射神経がよく、気がきく彼女は、短距離型の性格で、
普段は、のんびりしており、いざという時に動けるタイプだ。
でしゃばらないけれど、よく観察している。

Cにしろ、Mにしろ、二人ともそんなにやきもち焼くほど
私との関係を考えているとは思っていなかった。
だから、T子にそんな風に言われるのも、あまりピンと来なかった。
ただ、私の思考は何処かずれていることがよくある。
現実的な彼女が言うのだから、その通りなのかもしれない。
帰ったら、大人しく、M以外の男と関わらないようにしよう・・・と思った。

朝焼けの中、スルタナ・メフメット地区を横断して、宿に戻る。
まだ、M達は寝ていた。
布団にもぐり込み、もう一度寝ることにする。
昼近くになって、起きてみると、Mは仕事に行っていた。
彼の職場であるカーペット屋に行ってみる。
まだ、頭がぼんやりしている。

三日ぶりにあった彼は、妙に浮ついていて、私がいない間に
何かあったのかと思うほど、ご機嫌だった。
寂しがれよ!(あ、帰ってきたから、寂しくないか。)
その日の夜のことは、どう頭を整理しようと思っても、
断片しか、思い出せない。
再会を喜び合って?羽目を外してしまった。

T子はRと前に行ったクラブに出かけた。
私とMは部屋に残り、二人でのんびり遊んでいた。
煙を吸い込んでいるうちに、久々にtripしてしまい、
意識は朦朧・・・。


数時間後。
友人のH(ハンサムで遊び人タイプ)ともう一人顔見知りの男が
押し入ってきた。
誰もが正気ではなかったと思う。
やはり朦朧としていたMは部屋から追い出され、
どうしてそうなったのか、まるで分からないのだが・・・。
(以下省略(苦笑)。)


朝起きてみると、隣に寝ていたのはMだったが、
テレヴィジョンルームに行ってみると、人がゴロゴロ床に寝ていた。
どうやら、おかしくなっていたのは、自分たちだけではなかった様子。
起きてきたT子に、「夕べ、何かあったの?」と聞かれた。
「・・・なんかね。」
記憶の断片を伝えると、彼女は驚きを通り越して、呆れていた。

午後、Hに会った。
彼には、婚約者がいることは周知のこと。
いつも自信満々の皮肉屋のくせに、その時は、
目を伏せて、謝ってきた。
お互い、しらふではなかったから、責めようもない。

Mの気持ちが気になったが、友達のはずなのに、
力関係的にHが上(そう見える。)な為か、
Cの件のときのように怒ってはいなかった。
我慢していたのか、事実を知らないのか、
ぶっ倒れていて、まるで記憶にないのか・・・?

私の方はショックを通り過ぎて、
感覚が自動的に麻痺してしまったのかもしれない。
記憶に伴う感覚をゴミ箱に突っ込んだ。

その日以降、荷物置き場と化していた、当初から借りていた部屋は
引き払った。
T子と一緒に、MとRの部屋に移ったのである。
狭い部屋の片隅に荷物を置き、
トイレもシャワーも共用のものを使うというのに、
したたかなRは、「前の部屋の半額は払ってね。」。
ベッドが二つあるだけの、管理人部屋だっていうのに!

・・・Mと残りの日々を、大人しく過ごしたかったので、
渋々、了解。
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断食青年とブルサヘ。キュートなお母さん&街を散歩 その②     

その夜の料理は、イスタンブルに来てからしばらくたっているというのに
今まで見たこともないようなものだった。
色とりどりの野菜を使っているが、味はとてもシンプル。
人参と、輪切りの長ネギと、お米をスープ煮にしたものが、
特に気に入った。組み合わせが新鮮。
野菜の風味で、こんなにコクが出るものなのか?!

鮮やかな濃いオレンジ色のネーブル。
小さいけれど、強い芳香を出しているリンゴ。
どちらも、日本にあるものだが、味が全然違う。
ヨーロッパでリンゴを食べたときは、かさかさしていて、
あまり美味しく感じられなかったが、
トルコのリンゴは、甘みが濃くて、しっとりしている。
柑橘類も同様。とにかく味が濃いのである。
今までで、一番美味しいリンゴとオレンジ!だと思った。

食後にBのお母さんが、アルバムを見せてくれた。
ご主人らしき写真がある。
お母さんは、お父さんをとっても愛しているんだよ、と、B。。
・・・お父さんはどこ?
なんと、服役中だという。大麻栽培で(苦笑)。
そんなことは、彼女にとって、大した問題ではないようで、
夫の写真を見ながら、うっとりしていた。
可愛いお母さんである。

Bの家で、特に不自由なことは感じられない・・・
と思いきや、肝心なところ、
トイレ(洋式もあった。)の水が流れない!
幸い、使う前に分かったのだが、どこか壊れているようだ。
取り合えず、バケツに溜めた水で対処。

その晩は、すぐに布団に入った。
深夜(というか、明け方)、夢の中で、Bとお母さんが動き回っている・・・?
彼らは、日の出前に、イスラムの断食前の食事とお祈りをしていたのである。
あまりにも眠くて、起きる気にはなれず、目の端っこで、薄ぼんやりと
二人が動くのを見て、再び眠った。

自然に目が覚めたのは、昼前で、珍しくたっぷり寝た。
イスタンブルでは考えられない(笑)。
Bと一緒に、ブルサの街を見に行くことにした。

建設中のモスク
静かな路地を抜けて、入ったところにあった。
美しいタイルは貼りかけであった。

繊維製品の多いバザール。
下着を買ったが、予想以上に縫製が良かった。

古いモスク。
どうやらブルサの観光スポット。
周りは人が多くて、気をつけないとはぐれそう。
混んでいても、イスタンブルとは、まるで雰囲気が違う。
地元の人が多いせいか?

温泉地であるブルサのハマム
Bの教えてくれたハマムは、ヨーロッパのスパかと思うような
綺麗な施設で、浴室も、総大理石である。
着替えをする個室もある。
ただ、期待していた垢すりとマッサージは、大したことなかった。

お母さんに会いに来たんじゃなかったのか?
Bは、私たちと一緒に、イスタンブルに戻るという。あっさりと。
ま、そんなものでしょう。
お母さんが来いって言うから、来てやったぐらいの帰宅。
突然押しかけて、さっさと帰ってしまう私たちに、
Bのお母さんは涙ぐみながら、抱きしめてキスしてくれた。
その頬は、今まで触れた事もないくらい、柔らかで潤いのある肌だった。

断食青年とブルサヘ。お宅拝見&家庭泊。その①

昨日に続いて、カッパドキア行きより前のお話。

早稲田に留学していたというおじさんのカーペット屋で会った、B。
一人断食中だった彼は、見るからに、真面目で、幼い感じがした。
大事に育てられた息子、といった風である。
彼が、イスタンブルから少々離れた街、ブルサの実家へお母さんに会いに行くという。
良かったら、来る?と誘ってきた。
早稲田おじさんも、「行ったらいいよ!!普通の家庭の様子が見られるし!」
と勧めるので、T子と一緒に、Bの田舎へ行くことにした。

イスタンブルから高速船に乗り、一時間。
Bにお任せ遠足なので、どこをどう行くのか、分からず。
船を下りたところに、魚屋があった。
Bが、お母さんに買って行く、と言うので、
ちょっと、寄ってみる。
馬鹿でかい、ぬめっとした魚が吊られていたり、並べられていた。
Bが、サバを買おうとして、店の人に値段を聞いてみたが、
予算オーバーだったらしく、買わなかった。

少しお腹がすいていたので、近くの食堂へ寄る。
豆のスープを食べた。
Bは、いまいち、元気がない。
理由はどうやら、高すぎる魚のせいのようだった。

一時間ほど、ブルサ行きバスに揺られ、
中途半端な狭い道で、降りた。
そこからBの家が近いという。
ぬかるんだ斜面を少し登ると、小さな集落があった。
その中のひとつが、Bの実家である。

家の中に入ると、Bのお母さんが迎えてくれた。
スカーフを被り、長いスカートを履いている。
優しそうで、素直な感じのする色白なお母さん。
日本人の女の子二人の来訪にも、
大して驚いている様子もなかった。

夕方になる前に、ちょっと親戚にところに行こうと、
Bが言い出した。
近所は親戚のうちばかりだと言う。
家の目と鼻の先に、親戚の家があった。
通された部屋は広く、カーペットが何重にも敷いてある。
大家族で住んでいるようで、紹介されても、混乱した。

そこの娘も、カーペットを織っているらしい。
指が細いから、細かいデザインのカーペットを織るのに適しているけれど、
目がとても疲れるとのこと。

敷いてあるカーペットの何枚かは、家に代々伝わるアンティーク。
何代前かのおばあちゃんが作ったという。
そうして、カーペットは、子孫へと渡されていくといった話を聞いた。
装飾品としてのカーペットではなく、
ここでは本当に、文化的なもの
なんだなぁ、と思った。

お客さん状態に疲れてきたが、その後にも他の家に連れて行かれた。
そろそろ帰ろうよ、とBを促し、帰宅。
その頃には、Bは、ただの駄々子坊やだということが分かってきた。
優等生タイプで、シャイなところもあり、まぁ、害はないんだけれど、
とにかく子供っぽくて、自分の思い通りにならないと、ふてくされる。
私は、そんなの無視なので、BはT子になついていた。

どうして、水パイプを見に行かなきゃいけないわけ?

話が前後してしまうのだが、(後から思い出した・・・。)
今日は、カッパドキアに行く前にあった話。



ある日の夕方、暇そうにしていると、Rに、
「水パイプでも見てくれば?」と言われた。
Rは、夕方以降忙しいので、Rの友達のHとAと一緒に
出かけた。
どうして、水パイプなんか見に行かなきゃならないの~。
興味湧かないんだけど・・・。
と、思いつつ、T子と一緒に、彼らの後をついて行く。

スルタナ・メフメト地区のメイン・ストリートから少し入ったところに、
温室のような建物があった。
中に入ってみると、おじさんたちがぎっしり。
トルコでも、水パイプは有名らしく、外国人向けのカフェもあると
聞いたことはあったが、そこは、地元の人用みたいだった。

一応、カフェのようだが、殆どみんな、水パイプを吸っている。
冗談のきついHに、「試してみなよ」と、言われたが、遠慮して(苦笑)、
お茶だけ頼んだ。
何より、周りの視線が!!
おじさん達、みんな、こちらを見ているんだもの。
そんなところで、水パイプなんて試せませんよ。

遊び人のHは、そんなことまるでお構いなし、という感じ。
おじさん達の視線を避けながら、お茶を飲んで、早々とそこを出た。

帰り道も、Hのきついジョーク連発でいじめられる。
Mがいないのをいいことに、からかっては、大笑いしている。
超美形で背の高い自信家のHに仕返しすることは、
その後も出来なかった。

そんなHも、兵役はめちゃくちゃ怖がって、
「死ぬかもしれないじゃん!!」。
ニュージーランド人のお嬢さんと婚約しているらしいが、
兵役逃れる為じゃないのぉ~???と、思わずにいられない。

Hも、例に漏れず、悪評高き、イスタンブルのカーペット屋で働いている
MとAも同じ。
Rの働いているホテルのオーナーの店なのだが、
ちゃんと働いているのか、怪しいもんだ。
Mはまるでやる気ないし(押しが弱い)、Aはまだ高校生。

Hだけが、したたかな客引きタイプ。きっと、色気とジョークで
女の子をたぶらかして、カーペットを売りつけているに違いない!
あいつを敵にしなくて良かった・・・とつくづく思った。
(他の、顔見知りの客引きに、「Hと友達だよ。」と言ったら、引いていた。)
私たちが(というより、私?)、少々変わりもんで、
ほんとに金の余裕がなければ、あっても引っかかりそうもないと思ったのか、
私たちにカーペットを売ろうとすることはなかったが。

日本語が出来たら、奴は最悪の客引きになることだろう・・・。

ホテル主催のとんでもなくハードなオプショナル・ツアー!その②

やっと、開けたところに出た。
そこには切り立った岩壁があり、あちこち四角く切り取られている。
昔、キリスト教徒の隠れ家的場所だったエリア。
岩中の教会の見事なヴィザンツ画や、微妙に違う壁画の美しいデザイン。
奥さんは、これを見せたかったのよ、という風に微笑んでいた。

羊飼いのおじいさんと、坊主頭の子供達が、羊と休憩していた。
子供達は高い位置にある洞穴住居の入り口まで、猿のように登っていく。
そして、そこからジャンプ!
歳は、5,6才だと思う。いわゆるトルコ人顔の子供達のなかに、
ロシア人のような顔立ちの子も、数人。
しばし、ガイド役のように、私たちを率いてくれた子供達に、
ポケットに入っていたお菓子をあげようとすると、
少し笑った顔で、首を振った。
ここでは、小さな子供達も、断食をしているようだ。
食べていないとは思えないほど、元気であったが。

再び、細い小道を歩く。
サンタさんと仲間のおじさんのテンションが上がって、
しょっちゅう、こけそうになる。

巻き込まれて踏み潰されないように、少し距離を開けたくなった。
小道は突然終わり、目の前に、コンクリートの小さな橋が
現れた。
スカーフにロングスカート姿の女性が二人、
水を汲んだバケツを持って、去っていくところであった。

少し離れた前方に、白っぽい壁の住居が幾つか見えた。
「ここが終点よ。」
だいぶ前を歩いていた、奥さんが、待っていた。
ここからまた、引き返すのだろうか?
は~。厳しいなぁ。トレッキングを通り越して、
ロック・クライミング入ってるよ・・・・。


その時、さっきのワゴンがやってきた!
ホテルのご主人が、近くで待機していたらしい。
・・・よかった~!!
ほっとして車に乗り込む。

車は次に、ウチヒサールへと向かった。
尖ったちいさな岩山が、うねるように連なっていて、、
見ているだけでも吸い込まれそう・・・・。
実際、その周辺に住む人々は、
日頃から気をつけているから、落ちることは
少ないという。

地下都市見学・・・。
蟻の巣のような地下通路は、ほんとに
驚くべきものであるはずが、
ウフララ・ヴァレイの後では、
なんだか、物足りなく感じられた。

やはり、体を使って、自然の中で見つけたもの、
自然と人工物が、うまく調和して、
それが突然視界に入った時に、
はっとするようなものが、私は好きだ。


その後、車に揺られてずーっと走る。
周りの景色があまり変わらないせいか、
どこまでも行くような感じ。

「あれは、トルコの富士山よ。」
富士山と似たような形の山を、奥さんが指差した。
まるで違う風景の中に立っている、ミニ富士山・・・。

キャラバンサライに着いた頃には、もう、日が落ちはじめていた。
みんな、もう疲れて、帰りたいくらいだったかと思うが、
奥さんが、是非、みんなに見せたいと思う場所のひとつだったよう。
他に誰もいないキャラバンサライは、青空をしょって、
ぽつんとそこに残されていた。

夕日が壁に当たって、更に美しく見えるはずなのだが、
あまりにも、寂しげで、死んでいる感じのほうが強い。

昔、この辺りは、丁度この時間、賑わったのだろうと思うと、
シルクロード全盛期を考えずにはいられない。
色々な人種、溢れる色彩。
その時代よりも進歩したはずの自分たちの生活。
しかし、私の想像の中のキャラバン・サライの方が、
ずっと魅力的に思える。
今現在とのギャップが激しすぎるあまりに、
考えるのが、辛い。

じっくり、そこの空気を感じる時間がなかったのは残念であった。
車は太陽と競争するかのように、ホテルを目指して、走る。

ホテル主催のとんでもなくハードなオプショナル・ツアー!その①

朝、ホテルの奥さんにレストラン(ホテル内の食堂)に集まるよう、
言われた。
一体どんなツアーなんだろう?
ツアーが始まりそうな気配はない。


しばらくして、サンタクロースのような髭をして、三角のニットの帽子を被ったおじさんや、
仲間のおじさん、そして、おとなしめの観光客数人が現れた。
静かなホテルの、どこに人がいたんだろう、という感じ。
おじさん二人は、馬鹿でかい。
アメリカ人であった。
小さめのワゴンに乗って、ホテルの奥さんをガイド役に、出発。

最初に寄ったのは、なぜかパン屋。
ひとけのない店。パンなんて売ってるのかなぁ?
奥さんと一緒に、店内に入った。
薄暗い店の奥から、店員らしきおじさんが出てきた。
太めで短いフランスパンのようなパンを幾つか買った。
それと、ヤギの白チーズ。

買ったその場で、奥さんはナイフを取り出し、
大きなパンをまず、半分に切り、
それから、チーズをはさむ為の切れ目を入れた。
チーズを適当にスライスし、パンの間にはさんで出来上がり。
それが、今日のツアーのお弁当らしい。
出来たサンドウィッチは、やはりその場で配られた。

車から降りて、急な斜面を歩き始める。
足元は、小石。
周りには、石造りの小さな家が幾つかあった。
子供達が、私たち一行をものめずらしそうに見ている。

慌てて、奥さんについて行く。
今度は、急な下り坂。
周りには家もなく、前方は断崖絶壁!
ここからが始まり。
ウフララ・ヴァレイのピクニック、
というより、トレッキング・・・!


雪が残っていて、滑りやすいのだが、
奥さんは、さっさか下っていく。
切り立った崖の下方に、冷たそうな小川。
私の前を歩いていた、でっかいサンタ風おじさんが、
突然、こけた!!

あ!っと思った瞬間に、自分も滑った・・・。
サンドウィッチを持っていた片手。
泥の上に手を突きかけた。
派手につるっと行った割に、セーフ。
ジーパンとコートに泥がついたものの、
サンドウィッチは、無事!?
ではなかった。


三分の一くらい、泥がついていた。
その日の大事な持ち物は、それだけ。
食事らしい食べ物もそれだけ。
泥のところだけ、取って、残りを食べる。
見た目によらず、美味しい・・・!

自分の前を行くサンタさんが、はしゃぎながら進むので、
こっちも楽しくなる。
しかし、彼がしょっちゅう、転びそうになるので、
こっちもヒヤヒヤ。
しばらく、潅木をよけながら、
小川の脇の小道を進んでいった。
道はきちんと続いているわけではない。
小さなジャンプで飛び越えたり、用心深く足元を確認したり
しながら歩くのは、結構緊張して、疲れる。
奥さんは、軽々と進んでいく。

ついでに廻ってやろう、ゼルヴェまでヒッチハイク。

ギョレメできのこ岩見学をした後、歩いて戻るのも
うんざりであった。

爽やかな空気。
気分は、あんまり爽やかではない。
少々、疲れた。

まだ、日は高い。
静止したような背景が、私たちを
傍観している。

歩いても歩いても、少ししか進んでいないような気分。
横を軽トラが通り過ぎていった。
あ、その手があるじゃん!!
急に元気になって、次に来る車を待つ。
・・・なかなか来ない。
来たら、車種は何だっていい。

車が来て、こっちの合図に気がつけば、乗せてくれた。
乗用車でも、軽トラの荷台でも。
スピードが出ていたので、あ~ぁ、行っちゃった、と思っても、
引き返してくれた人もいた。
のどかな場所だからこそ、出来るのだろう。
癖になる。

車では、ほんとあっという間。
ゼルヴェに着く。
ギョレメより、野外博物館といった感じはする。
ここも、人がいない。
地面と、空。その境は尖った岩山の集まり。
青と、残雪の白、そして、土と山のトーンの異なる茶色。

スター・ウォーズ的風景。
(インディ・ジョーンズを見たときは、ぺトラに行きたくなった。)
しかし、ずっと続いていくかのように見える映画の風景とは違って、
広くても、何か、
「ここは、観光スポットです。」という、見えない区切りがある。
日本の鳥取砂丘のように。
確かに広いけれど、テレビで見るよりは、スペース的に小さく感じる。

ゼルヴェの岩の家のくりぬかれたスペース(部屋か。)をうろちょろしてみた。
登るのも、楽ではないし、フロアから隣のフロアへ行く通路も狭い。

一度登ってから、忘れ物を取りに行ったり、他のお宅へ届け物、
なんてときも、大変だったんじゃぁないかな。
向かいあう岩山の家まで、遠いなぁ。

昔の人たちは、大きな声で呼び合っていたのかなぁ。
・・・結構、想像が膨らむ楽しい場所である。

教会になっている岩壁を見たり、
洞穴住居の天井の穴から、青い空を仰いだり、
しばらく遊んだ。
しかし、広くて疲れる・・・。
そろそろホテルに戻ろうか。


夕方。
ホテルの近くにある小さな広場には、
お年寄りやら子供達が出てきて、道沿いに座ったり、
話しをしていた。ロバもいた。
そういえば、ここへ来てから、女の人の姿を見ていない
(ホテルの奥さん以外の。)
田舎だから、イスラムの慣習が厳格なのか、それとも
断食月だから、日没後のご馳走作りに忙しいのか?

ホテルに戻って、部屋に入ると、すっかり冷え切っていてびっくりした。
夜、眠れるかなぁ・・・。静かだけれど、寒すぎる。
白い壁に茶色のペンキで丸とかバツの模様がちょこちょこ描かれていた。
強いて言えば、オキーフ風?!

トイレに行って、ついに発見!トルコ式トイレ!
和式に似ているけれど、和式の前の部分はないので、
ただの長方形の凹みと普通の丸い排水口。
その両脇にある、ギザギザつき足置き(同じ、陶器で一体化している。)が、
ちょっと珍しかったが、後によその国でも似たようなものを結構見かけた。

疲れていたせいか、二人ともぐっすり寝入った。
明日は、朝から、ホテル主催のオプショナルツアーがあるという。

し~ん、ていう音がする。きのこ岩まで3キロお散歩。

小型バスを降りて、小さな村の中を真っ直ぐ歩く。
Rに渡された、よれたチラシの地図を見ながら、
今夜の宿を探した。
なんせ、小さな村なので、すぐに見つかった。
昔のヨーロッパ映画に出てきそうな、田舎。

雪が残る殺伐とした庭。
平屋と二階建ての建物が、句の字型に庭を囲んでいる。
薄いトタン屋根に下がっている、細い氷柱。
明らかに自分たちで塗ったと思われる白い壁。
四角い窓の周りに、カラフルな星や月、花の絵が描いてある。
虹と雲の下にきのこ岩のイラスト・・・。

ホテルのオーナー夫妻は、口数の少ない痩せたトルコ人のご主人と、
アイルランド人の元気な奥さん。
彼女はすらりとした体に、オーバーオール姿で、ヘアスタイルは、
ゴダール映画のヒロインみたいであった。
多分、元(現役?)ヒッピーかな

お昼を廻っていたので、ちょっと近場まで散歩に行くことにする。
奥さんがくれた、カッパドキアの簡単な地図(手描き)を見る。
きのこ岩まで3キロとある。
「これって、近いのかな?歩いて楽に行かれる?」
「大したことないわよ。行かれる、行かれる。
そうよね」と彼女がご主人の方を見ると、彼も頷いていた。


では、行ってみようか。
Pも誘ったが、夕べのバスでよく眠れなかった(寝てたぞ~)らしく、
部屋でゆっくり休むという。

村を出て、ただひたすら、周りに何もない道路を歩き続ける。
黄色っぽい砂茶色の地面に残る雪。
空は、青い。

まだつかないよ~、ほんとに3キロ?
(恐らく、3キロ以上)
真っ直ぐ歩いてきた道を右折するところまで来て、ちょっぴり休憩。
道路の真ん中に座り込む。
誰も通らないなぁ。
T子が、昨日の残りのピスタチオの袋を取り出した。
中を見てみると、割れ目の入っていないものがたくさん残っていた。

そこら辺の石を持ってきて、道路の上に置いたピスタチオの殻を割ってみる。
力加減が難しくて、中まで割れてしまう。
それにしても静か。何にも音がしないのである。
自分たちが出す音以外は。
漫画に出てくる「し~ん」という文字。
そう、本当にそこは「し~ん」としていた。

ピスタチオ割りに飽きて、再び歩き出した。

ふと見上げると、きのこ岩。
下から見上げるきのこ岩は、高く高く、
青い空と眩しい日差しの中を生き物のように立っていた。

頭を冷やしに!?カッパドキアへ。

ちょっと逃げ出したくなって、当初から行きたいと思っていた
トルコ内旅行に出かけることにした。

めぼしいところを全て廻るつもりだったのだが・・・

パムッカレ
冬はあんまり水がないよ
ひからびたパムッカレは、ちょっとなぁ。
(実際、そんなことはないらしい。)

エーゲ海沿岸は、前にギリシャ旅行で散々見たので、
冬に行くこともないなぁ。

中央山岳地帯は、
ゲリラがいるし、雪で封鎖。

東の方は、
クルド人が暴れてるよ

黒海沿岸は・・・以下略。

と、ことごとく、Rに却下され、カッパドキアだけが残った
しかし、したたかなR!
友人のペンションに泊まるよう、半強制。
(洞窟ホテルに宿泊できず。)
そこに、Rの働いているこの宿のチラシを置いて来いと言う。


早速、バスのチケットを買いに行く。
チケット屋の、妙に背の高い禿げたおじさんから、
出発日時を聞く。
二日後の夜だと言う。

出発の日、わざわざ混雑したバスのロータリーへ行ったというのに、
自分たちが乗るはずのバスが見当たらない。
チケット屋に行ってみると、禿げおやじが、
「何で、昨日来なかったんだ?!」。昨日なんて言ってないじゃん!!と思ったものの、
禿げおやじは、自分は絶対間違っていないという態度。

・・・深呼吸・・・。
かなり腹が立っていたが、何とか冷静に、
自分たちは、今夜だと思い込んでいた。金も払っちゃったし、
どうにかならないか。と、がんばった。
奴は、ぷんぷん怒りながらも、最後には、了承。
結局、翌日に発つことになった。
混雑した路面電車に乗り、また宿に戻る。
こっちこそ、プンプンだよ!!と思いながら。

今度こそ、出発の夜。
前夜に突然、「僕も行きたい!」と言い出したスペイン人のPを同行して、
再び、バス乗り場へ。
呼び声と、乱雑に並んだバスと、乗る人、降りる人。
薄暗がりの中、よく、自分たちの乗るバスが分かったなぁ、と後で思った。
Pは体が大きい割りにキュートな男で、見るからに浮かれていた。

バスの出発時刻が近づくと、大勢の客が乗り込んできた。
ベンツの夜行バスの車内はゆったりとしていて、
日本の高速バスより、落ち着く。
密閉度が低いのか、息苦しくもない。

車掌が色水の入った霧吹きのような容器を、前から回している。
香水のサービスがあるとは聞いていたが、
ルームスプレーの安物のような匂いがした。
出発してすぐに、T子は、持ってきたピスタチオの袋を取り出した。
あ、今回のピスタチオは、この前のより・・・といったことを話して、
しばらく時間をつぶす。
他の客は静かで、食べ物を食べている様子もない。

どのくらい経っただろう。多分深夜。
バスが止まった。トイレ休憩らしい。
暗がりの中へ、人々が消えていく。
一応パーキングエリアのようなものがあるらしい。
どんなトイレだ?怖いなぁ・・・。

乗客たちが戻ってくると、再び車掌が香水の容器を回す。
シュッ、シュッとやるのが面白いので、私たちも手の平に吹きかけて、
こすり合わせた。

寝たような、寝ていないような・・・・。
それでも、少しは寝れたようで、目を覚ますと
車窓は朝の光に包まれていた。

明るい・・・!
景色も荒涼としている。
障害物があまりないせいか、朝日が直、稜線と地平線を照らしていたのである。
T子を起こす。

途中、大型バスを降りて、小型バスに乗り換え。
寂しげなバスロータリーは、「ほんとに乗り換えのバスが来るのか?」
という気分にさせられる。

すぐに小型バスが到着。
小さな町を通り過ぎて(そういえば、Mはこの辺の出身だったよなぁ・・・。)、
すぐにカッパドキアらしい風景が現れた。
きのこ岩は見当たらなかったが、
風化した岩の郡が織り成す波のような谷の間を、バスは走っていく。

遊びだって言っていたのに、どうして泣く?

夜の早い時間に、二人っきりになったのは、
そのときが初めてだった。
大抵Mと私は、彼の仕事が終わった後の夜の時間と、
朝のいっときだけ、一緒。
いつも、日中宿にいない彼が、前の日に、殆ど半日ずっと
Cと私のすぐ近くに、不機嫌そうに座っていたというのも、
珍しいことであった。

「僕が、何か悪いことをした?」
・・・怒ってる、マジで怒ってる・・・。えっ?泣いてるの?
「えっ?そんなことないよ。」
「じゃぁ、あいつとはなんなのさ」
「何もないよ。」

「・・・・。君を他の奴とshareしたくない。
僕はすごいやきもち焼きなんだ。絶対に、他の男とキスしたりしないで!」
(宿の仲間同士、ハグしてキスするというのは、ごく普通のことだった。)
「・・・ごめんね。Mのことが一番好き。これは本当。」
目に涙をいっぱいためている彼と抱き合いながら、
こっちは、少々、当惑していた。腕にも力が入らない。
相手が本気かどうか分からない恋に、こっちがはまるのは、嫌なのだ。
彼が一体、私のことをどう捉えているのか、さっぱり分からなくなった。


いつもは大人しい彼。妬いて怒っている時は、別人のよう。
最初に、「遊び」って言ったのは、M。
こっちはそういうつもりだったのにな。
どうやらMは、旅人狙いのヴァンパイアではなかったのかね?
日本人と付き合ったのは、私が最初で、女の子自体、
御無沙汰だったらしい(笑)。

RとMは仲良しで、二人ともパッとしない。
二人の仲間は他に三人いたのだが、そのうちの一人は、
見るからに遊び人のようだった。

イスタンブルの街を歩いていれば、男っぽいのに可愛らしい
男の子が話しかけてくるのは日常茶飯事。
日本人の女の子は、西欧人と発展途上国の人に対してでは、
一般的に、態度が異なる。

西欧人相手だと、目が輝き、アジアの何処かよく分からない国の人相手だと、
見下したり、毛嫌いする人もいる。(黒人が大好きって人もいるけれど。)

微妙なのは、エジプトやトルコといった、
国の現在の状況は知らないけれど、観光イメージがよい国。
観光地としての魅力を、そこの男たちにも当てはめてしまうのだ。

インド・アーリア系の美青年や、インドネシアの野卑な感じの青年なんかに対しても、
同様。
彼らは、ただ単に、そういう容貌で生まれて、環境で、日本人にとっては
新鮮な雰囲気を身につけたというだけ。

裏表があるのは、日本人だけではない。
外国人はオープンだなんて、どこの外国人のことだ?
(日本人にとっての外国人=アメリカ人?)

観光地の魅力的な男の子は、予想以上に性格が腐っていて、
女をものとしか見てないような奴もいる。
もちろん、それは一部なのだろうけれど、その一部に、
大勢がひっかかる。
すると、他の男たちも真似し始める。

・・・彼らを腐らせたのは、観光客なのだろうけれど・・・。


ナンパ率ナンバー1の街で、腹立たしくも恋をした。

イスタンブルってのは、ナンパが多くて有名らしい。
青い目金髪の外国人っていうのは、どこか、お人形のように見える。
あまりにも日本人である私たちとは、外見がかけ離れているので、
彼(彼女)らも、自分たちと同じように、考えたりするもんだと思うと、
何だか不思議な感じがするときもある。

それほどまでに顔つきの違う外国人と違って、
トルコ人というのは、かもめ眉とはっきりした顔立ちにもかかわらず、
親近感が持てる
のは、やはり、黒い髪と黒又は茶色い瞳のせいかもしれない。
クルド系のRは緑色の目をしていたし、
Rの友達の中には、ギリシャ神話の登場人物のような顔立ちの人もいたが、
やはり、圧倒的に多いのは、黒髪と、人懐っこい目をしている人だった。
(イスタンブルの女性は髪を染めている人も多いので、より、西欧系に見えるのだが。)

近年のイスタンブルでの、日本人の女の子のイメージは、
彼らにとってはおいしい、私たちにとっては腹立たしいものである。

簡単に騙せて、すぐやらせてくれて、金も出してくれるといった・・・。
自分のしたことが、その悪いイメージを定着させることに加担したとしたら、
かなり、嫌な気分・・・。
ビザ目当てに結婚を迫ってきた相手に恋をして、「私の彼は違うのよ」
と信じようとするが、実際、ビザ目当てだった、と後で分かったときの
心境って、こんな感じなのかな、と思う。

幾ら軽はずみで馬鹿だと思われたとしても、ただ、恋に夢中になって、
疑わない女の子を、裏で蔑んでいるようなトルコ人男性がいることは、
否定できない。
けれども、本当に真面目なトルコ人(在日も含めて。)男性をたくさん
見てきたことを思うと、イスタンブルが詐欺師天国だと思われるのも、
日本人女性が、簡単に騙されるおばかさんだと思われるのも、嫌だ!


旅の恋っていうのが特殊なことは、よく分かっているつもり。
分かった上で、いいじゃない、とも思う。
旅に恋の楽しさが加わったら、楽しさだって、更に倍増するもの。
何も分かっていないではまってしまうと、もちろん、危険も一杯だし、
後悔するようなことにもなるだろう。

相手が詐欺師だとしたら、もちろん騙されるのは癪に障る。
詐欺師ではないけれど、ただの遊び相手として付き合うことになったら、
こちらもそのつもりでいないと、後が辛い。

すこぶる真面目な恋愛をするとしたら、それはそれでいい。
旅の道中の男女関係には、色々あるのに、どうしてそう、
ひとくくりに軽薄なイメージがもたれてしまうのか、
分かるような気もするが、やっぱり残念なことだ。


私は恋の達人でもないし、恋に餓えているほうでもない。
ただ、機会があれば、恋のチャンスを受け入れてもいいと思う。
熱くなると、後悔やら自己嫌悪がひどくなるので、
なるべくクールにいきたいもんだ。
つまり、なるべくダメージを受けたくない、しかし、楽しみたい、
という、無責任かつ欲張りな
女なのである。
けれども、そうは上手くいかないもんで、悔しいけれど、
後を引いてしまうこともある。

旅の短い期間の間に分かり合えることは、何か。
お互いの外見と体温?
私は直感重視なので、何か、自分にフィットするものがあれば、
それで満足してしまう。
だいたい、気持ちがフィットする、ってことが、難しい。
人それぞれ、相手に求めるものが違えば、相手が提供してくれることも違う。
欲しいものも、常に変化する。
だから、同じタイミングで、欲求と反応が合うということ自体、
レアなわけだ。

それを、短い期間の間に見つけることが出来たとしたら、
旅の恋愛なんて、旅の終わりとともに終わるもんだと、
あっさり納得することが出来ない人も結構いるのではないかと思う。

恥ずかしながら、どうして抜け出せないのか分からないほど、
未練の残る恋をしてしまったのは、
腹立たしくも、ナンパ都市、イスタンブルにおいてであった。

Cの暴走。Mのやきもち。

Cと、長く静かなおしゃべりを楽しんでいる間、
斜め横のソファに座って、目を細めてタバコを吸っているM。
目の前の幅の細いテーブルの上に、長い足を重ねてのせている。
いつも、一ところに長時間いることなんてないくせに、
その日は、ずっとその場所に座っていた。
時々、私の様子を窺っているのが分かる。

その夜は、やっぱりMとは気まずかったので、
バッグ置き場と化していた、当初からT子と私が借りていた部屋で
寝ることにする。
たまには、T子とのんびり夜を過ごしたい、と言い訳して。

翌朝、誰かが、ドアを強く叩いている。
T子がベッドから出て、扉の向こうにいる人物を確認しに行く。
「Cだよ!!Cが来てる!!」
「・・・!?開けないで!寝てるって言っといて!」

T子が、S(私)は寝ていると、彼に伝えに行ったのだが、
それと同時に、押し入られてしまった。
反射的に、布団にもぐりこんで隠れた。
朝っぱらから、騒ぎはご免!
Cは、ずかずかと近づいてきて、私の顔の周りの布団を引っ張り、
びっくりするほど、顔を近づけてきた。
ものすごく元気で、自分は今の仕事を放り出して、
君について行くと言うのである。
どアップ状態でそういった後、キスの雨を降り注いで、
部屋を出て行った。
T子も私も、唖然。

いつも大人しいCが・・・。
この勢いじゃぁ、ほんとについてきそう!
たった一日のおしゃべりの為に、人生の路線変更されたら
困る!私は責任取れないよ~。
何としてでも阻止せねば・・・!

T子は、私の振る舞いについて、
「よくないよ~。不味いことしてるよ!!」。
自分が好きなのは、CよりMであって、
たまたま一日、Cと仲良しだっただけだというのに、
二股状態だと責められた。

その日、宿の中で、何人もの人に、
「Mが探してたよ」と言われる。
逃げ隠れしていたわけではないけれど、
Mと話したくなかったので(何を言っていいか分からなかったから)、
さりげなーく、Mと二人っきりになることを避けていたのだった。

ついにRにつかまって、部屋にいろ!と半強制的な指示。
部屋に行って、落ち着かなく、Mを待っていた。
しばらくして、Mがやってきた。
険悪なムード・・・。
どうしよー。どうしよう!
怒ってるよ。

ブルーのセーター、ブルーの目。

宿の掃除やら雑用をしていた人の一人に、
痩せて背の高い、ルーマニア人の青年がいた。
いつも明るい青いセーターを着ていた。
目の色は青く、髪は金髪。
貴公子風っていうのは、こういう感じかな?
けれども、少年少女世界文学かなんかのストーリーに
出てきそうな、雰囲気がある。
幸せな境遇から、思いもよらない寂しい状態へ・・・。
そんな雰囲気。

白人といえば、金髪に青い目、というのが、
昔から多くのアジア人たちが抱いてきた、
憧れの、白い肌の人たちのイメージであったかと思う。
けれども、そこで彼のことを目にとめるような人は、
いないように見えた。
訪れる客たちの多くが、白人であり、
東欧の貧しい国よりも、裕福な国から来ている。

生まれつきの金髪、そして青い目というのは、
白色人種の中でも、一部であるらしいが、
その宿の中では、大した価値はないようであった。
恐らく、彼が、ルーマニア人であり、宿で働いている人間
であったからだろう。

彼自身、その髪と目の色の価値が分かっていないように見える。
今までその容姿が彼に恩恵を与えてくれたことが、なかったのだろうか。
彼の周りには、彼と同じような目と髪の色をした人が大勢いて、
自分だけのものでもなく、褒められたこともなかったのだろうか。

彼にとてもよく似合っていたセーターが、違うものになることは
なく、少なくとも、私が滞在していた間、ずっと同じものを
彼は着ていた。
よく見ると、かなりくたびれていたが、その鮮やかな色のせいで、
不潔そうには見えなかった。


私が彼によく会ったのは、狭い階段の途中で、
彼は何かよく分からない作業をしているか、
掃除機などを運んでいた。
会った時に挨拶をすると、必ず、嬉しそうに微笑んでいた。
彼の笑顔には、人間にあるはずの汚なさが見られず、
視線は、心の中まで差し込んでくるよう。
後ろから見つめられても、すぐ彼のものと分かる。

その日は朝から雪が降っていた。
特に予定もなかったので、二階のテレヴィジョン・ルームの
窓際を囲む長いすで、ぼんやり過ごすことにした。
礼儀正しいオージーや太鼓叩きのフランス人は、
外に出て、雪を楽しんでいた。
Rの友達のトルコ人と、T子も、外に出て、雪合戦を楽しんでは、
室内に戻ることを繰り返していた。

さしあたっての作業を終えた、ルーマニア人のCが、私の隣に
腰掛けた。
そこは一等席。
一人ぼっちでのけ者の彼が、そこに座ったのは、多分、最初で最後。
何となく、世間話をしているうちに、彼の表情が、いつもと違った
ものになってきた。
寂しげで口少ない彼が、明るくて、おしゃべりを楽しむ一人の青年
となっていく。
彼の国の家族の話や、彼がしてきた勉強の話となると、
堰を切ったように、彼の言葉が流れ出した。

この国に来てから、彼が、そういったことを話す機会はなかったのかな。
彼に、話しかけて、おしゃべりを一緒に楽しんでくれた人は、
いなかったのかな。

日頃、RのCに対する態度は、年齢も殆ど変わらないにもかかわらず、
ボスと下働きという関係以外の何ものでもなかった。
ただ、指示を与えるだけで、親しみはまるでない。
イスラムの一国と、東欧の一国の力関係を見るようであった。

雪はどんどん降り続いていた。
たくさんの自分の物語をした後のCは、とてもくつろいでいた。
日本でもよく聞く話ではあるが、自国で高等教育を受けていても、
他国で出稼ぎという立場になると、才能や技術は無視されて、
単純労働や、肉体労働でしか働けないということは多い。


アジア出身で、ネイティブ並みの英語力があり、
英語という言葉に関して、かなり深く学んだ人と、
人に英語を教える方法さえ知らない白色人種の欧米人では、
どちらが、英語教師として採用されやすいかというと、
当然、白色人種だという。
その他の職業でも同様に、その一個人の能力よりも、
出身国や肌の色が重視される。


どれ位時間がたっただろう。
「君の黒い髪、とても素敵だね。」そんなことを言い出した頃には、
彼の肩が、私の肩にぴったりとついていた。
ほんの少し離れた斜め横にある長いすに、Mが不機嫌そうに座っている。
Mの働いている店は、この宿のオーナーのものであり、
R同様、Cに対しては、立場が上なのである。
その日、Cはとっても心が強くなっていたのか、
そんなMの視線も、まるで気にならないようであった。

バザール色々。

ガイドブックに載っている、グランバザールに行こうと思ったら、
みんなして、止めておけと言う。
あれは、観光客目当てのバザールで、ぼったくられるぞ、と。
それでもやっぱり、行っておきたいと言うと、トルコ人の男の子が同行してくれた。
バザールの中の様子は、ガイドブック通り。
付き添いの男の子が、そこに興味がないということもあって、
足早にひと回り(苦笑)。

スパイスバザールとも呼ばれているエジプトバザール(ムスル・チャルシュス )には、
Rの案内で行った。名前のとおり、香辛料の香りがする。
グランバザールに較べて、入り口も、中の通路も狭く、薄暗い。
ありとあらゆる日用品と、食料品を売る店が並んでいる。
同じようなものを売る店が、何軒もあるので、買うときは、迷うなぁ、と思った。
Rがすたすたと知り合いの店に行ってしまったので、
T子と二人で、辺りの店を覗いてみた。

トルコ菓子のロクムとドライフルーツを売っている店の前に立っていると、
お店の人が、手の平の上に、ロクムを乗せてくれた。
ここでは、観光客に、試食をたっぷりさせてくれる。
ロクムは、日本の求肥によく似た食感の、サイコロ状のお菓子。
人参味やバラ味等、色々あるが、ピスタチオ入りのものが、
気に入った。

その後、T子と二人で、何度かエジプトバザールに足を運んだのだが、
買ったものは、お土産用のロクムと、トルコのアップルティー、
そしてドライアプリコット(周辺諸国でも、トルコの杏は人気。)。
バックパッカー仲間は、からすみや、白チーズ(塩味が強い。)、ナツメヤシの実等を
買っていた。しっかりした感じの革靴も、安く売られていた。
青いガラスで出来た目玉のお守りや、土産物屋もあった。

二人だけで行くと、やはり、男が寄って来る。
ちょっと、待ってて、と、仕事をサボってついてくる奴もいる。
お茶もおごってくれる。
そういったことは、彼らの仕事中の遊びみたいなものなのだろう。
あんまりしつこい時には、「トルコ人の彼氏がいる」と言うと、あっさり立ち去った。(笑)

ブルー・モスクに密接するオールドバザール(アラスタ)は、いかにも観光客相手の店ばかり。

スルタナ・メフメット地区にある、とある建物の扉の中に入ると、
中は衣類や生地などのバザールになっていた。通路が狭くて、迷いそうになる。
ロシア人らしき女性が、買い物でパンパンに膨らんだ布袋を提げて歩いているのを
何度も見かけた。買出しのようである。

日曜日に、街の中をうろうろしていると、日曜市に当たることもある。
青空市場に、プラスティック製品や服、下着、古本、日用品が並んでいた。
東欧の人の姿も多く、賑わっていた。

イスタンブルで、バザールめぐりをしようと思ったら、
何日でも過ぎてしまうのではないだろうか。
ガイドブックに載っていない、様々なスタイルのバザールが、
街のあちらこちらにある。

どういうわけだか、Mのベッドで寝ることに・・・!?

いつ言われたんだろう。
「君は、遊びに来ているのだから、いいじゃないか、」と。
一応、東京に思う人がいたから(「トルコを目指す」第一話参照。)、
あんたとは遊ばない、と、答えた時か?

まったく、どうして?!
クラブに行ったその晩から、
Rの友人でありルームメイトのMのベッドで寝ることとなった。
Mの顔は見たこともあったはずだが、まるで印象が薄く、
自分の好みでもない。

とても大人しくって、口数の少ない、シンプルな男。

自分がそれまで魅かれた相手は、どこかしら、インパクトの強い人ばかりで、
大抵、気持ちを振り回されて、うんざりし、離れた。
付き合っても、相手の気持ちが重すぎるときは、早めに逃げた。
いずれにしろ、駆け引きがあり、遠まわしで、中身を隠す包装だらけの恋。
成り行きでなんてあり得なくて、そういうシチュエーションになっても、
ぴしゃりとはねつけ、鼻先でドアをバタンと閉めてきた。
自分を偽って背伸びして、自己嫌悪に陥るのも、
相手を煽っておいて、プライドを傷つけて憎まれるのも、
もうたくさんだったから・・・。

かわいがってもらっていても、いい関係であっても、
自分が、その人と一線を越える気がなければ、
・・・恋の相手ではなければ・・・、
どんなに興ざめであっても、NO!と言ってきた。

それなのに、である。
特に魅かれもしなければ、視界にも入っていなかった男。
それも、「遊びに来ているのだから、(東京の)男のことは忘れて、」
などと、馬鹿げたセリフを言ってきた奴と、
どうして自分が毎晩一緒に過ごすことになったのか?

翌日には、ずっと前から二人が付き合っていたかのごとく、
宿泊客の中で公認のカップルになっていた。

三度目の誘い。OK、行ってやろうじゃないの。

夜になると、宿の中も帰ってきた宿泊客で賑やかになり、
忙しくなるはずのRであったが、さりげなーく、T子を捉まえて、言う。
今夜、みんなで出かけようよ。S(私)に言ってよ。」
三度目の誘いの時には、T子もRが気の毒になってきた様子。
夜、特にすることもないし、いいよ、行っても。
そう答えられたのも、Rがどう見ても遊び人タイプでなく、
真っ直ぐで不器用な男であり、背丈も私と変わらないか、小さいぐらい。
まぁ、襲われる心配はなかろう、ということで・・・(笑)。


Rの仕事も落ち着いた頃、タクシーで出かけた。
どこを走っているのか、まるで分からない。
海外で、夜、しかもよく知らない男と一緒にタクシーに乗るなんて、
どういうことになってもおかしくない、ということ。
普通だったら考える。

しかし、その時は、まるで疑わずに、行く先も分からないタクシーの
シートに座って、夜の景色をぼんやり眺めていた。

そのクラブへは、その後も何度か行ったのだが、
どういうわけか、外観も入り口も思い出せない。
気付いた時には、クラブの中。
奥に進んで、テーブルと椅子があるところに行く。
既にRの友達が三、四人いたのだが、顔も覚えていなければ、
何を話したかも分からない。かかっていた音楽さえも・・・。
毎回そうだった。
踊ったような気もするけれど、誰と?


そこへ来る前に何か盛られたわけでも、嗅がされてきたわけでもない。
全くのしらふの状態。
それなのに、あまりにも多くを忘れているのは、
自分で自分のスウィッチを、切っていたからではないか?
考えたくない、感じたくない。
自分の気持ちを抑え続けていると、感じない癖がつく。
感じたくても、感じられなくなる。
感じてはいるのかもしれない。

けれども、それが、頭に伝達されてこない。
肌のところで止まってしまい、自分の中のほうまで染みわたって来ないのだ

何か感じたい。
自分の感情を呼び覚ます為に、荒治療。
危ない橋を散々渡ってきても、しらけた私はしらけたまま。
心と体がバラバラな感じ。
つまらないけれど、どうしてつまらないのか分からない。
不安だけれど、何を恐れているのか分からない。
だから、色んな針で、自分をチクチク刺激する。
それでも、心の目は覚めない。


そのクラブに長居することはなかった。
再び、タクシーでホテルへ帰る。静かな夜道。

ボスポラス海峡周辺探索!船と魚と市場と街。

シルケジ駅の周辺は、交通量も多い。
通りをなかなか渡れないおばあさんもいる。
駅を通り過ぎて、エミノニュへ行くと、ボスポラス海峡を渡る定期船に乗れる。
プリンセス諸島、アジア側の沿岸にも行かれる船は、通勤客で賑わっていた。
海が街に密接している割りに、水が綺麗。
何となく乗船してみたら、その後7時間も、寒い船から下りられなかった・・・。

エミノニュ付近では、有名なサバサンドが売られている。
停泊する小さなボートがキッチン。
渡されたサンドを、四角い洗面器状の容器に入れられたくし切りたまねぎを
つまみながら、食べる。
サバというと、それなりに脂っこいイメージがある。
けれども、小さめのフランスパンに挟まれたそれは、生臭くもなく、
予想以上においしかった。
ムール貝のレモンがけも近くで売っていた。
どちらも立ち食い(笑)。

海の近くの青空市場には、魚がどっさり並んでいる。
いぼのついたひらめ(高級魚らしい。)など、
見たこともないグロテスクな魚。
赤いモジャモジャのエラがあるサバ?!はりが良くて、新鮮そうではある。
店によって、値段が違うようだった。

橋を渡って、新市街へ行ってみた。
路面電車が通る大通りは、整備されていて、ヨーロッパ風である。
短い距離でも、路面電車の利用は多いらしく、
動く電車に飛び乗る人の姿もよく見かけた。
カップルも、イスラムの国とは思えない程、
自由な雰囲気で、服装もヨーロッパと変わらない。

T子が、巨大じゃがバターに挑戦。
メークインのようなジャガイモの切れ目に、具がどっさり。
市場で目を引いたのは、果物。
色鮮やかなザクロやかんきつ類が並び、バナナやメロンがぶら下がっている。
りんごとオレンジを食べてみたが、味も濃厚で、とっても甘い。
裏道に入ると、イタリアかスペイン映画に出てくる下町のような光景。
建物と建物の間に張られたロープに、洗濯物が揺れていた。

ドルマバフチェ宮殿まで、しばし散歩。
周辺は寒々しく、人もあまりいなかった。
中はヴェルサイユ宮殿風らしい。
外から見るだけにする。
結構、長く歩いてきたのだけれど、あっさりと引き返す。

イスタンブルでの気ままな日々。私(達)流。

朝。
隙間風の入る白い部屋。
寒い・・・。布団から出られない。
最初にベッドから降りるのはT子。
「・・・お願い~。服とって・・・」
妹分のT子は優しい。

まず、二階のゲストルームへ降りる。
元イラク大統領似のスタッフが、掃除をしている。
おはよう。
大抵、二人ぐらい、そこで朝食をとっている。
「食べる?」と勧めてくれることも。
ありがとう、でも、もう出かけるから。

しばらくぶらぶらする。
今日はどっちへ行ってみようか。
少し長い距離を歩いて、観光スポットを目指す日。
同じ場所に繰り返し行って、人と街の観察を楽しむ日。

ブランチには、試してみたい食べ物を、その日の気分で選ぶ。
ガラスケースつきの押し車に入ったシュミット。(ゴマつきのリング状のパン。
ギリシャでも似たようなものがあった。)
長いボート形の生地に、白チーズか挽肉がのった、さっぱり味のピザ。
豆のスープにレモン汁を絞ったものとアラブパン。(アラブ料理にもある。)
色とりどりの野菜の炒め煮のようなもの。
ライスプディングは、店によって味がだいぶ違う。
ミルクプディングもチョコレートプリンも美味しかったが、
巨大サバランや、シロップ付けの小さなパイは、食べてみるのに
勇気がいった。(劇甘!!ひたすらシロップ味。)

トルコ人の男の子いわく、
「僕達はsweetが足りないから、sweetsを食べなきゃならないんだ。」

散々歩いて、時々座って、ぼけーっとする。
周りの風景を見ながら、T子とのんびりおしゃべり。
顔見知りに会って、寄り道していくこともしばしば。
そうして夕方。
断食月中限定?で売られている大きな平たい円形のパン
ホテルの近所のパン屋に買いに行く。
ピザ焼き釜で、ピザを焼くのと同じやり方で焼き上がるパンを、
近所の人たちが静かに並んで、待っている。
焼けたお餅のような香ばしさがあり、マフィンのような味でもある。
焼き立てのそれに、蜂蜜やバターを塗っただけでも、おいしい。

帰宅したバックパッカー達とのおしゃべりを、適当に切り上げて、
部屋に戻る。
ガスや水のトラブルを心配しつつ、シャワーを浴びて、
ついでに洗濯。
下の階から上がってくる暖かい空気が部屋を暖めているうちに、
布団にもぐりこむ。
(ストーブを借りれない時もある。)
毛布を何枚も被って、寒さで眠れなくなる前におやすみなさい・・・。


バックパッカー宿の宿泊客達 その②

礼儀正しいオージー。
いつも黒いタートルネックのセーターとジーパン姿。
キャスケットを被って、お出かけ。
彼の仕事探し(もちろん旅行中の!)のコツは、
新聞をチェック。レストランに売り込み。バックパッカー仲間からの口コミ。
(不法就労だけれど、島国の日本のように、不法感が強くはない様で、
いろいろな国でも聞いてみたけれど、結構、どこでも「チクラレなければ大丈夫。」!?)
そうして彼は、School of the World での勉強を続けていく。
世界中を廻ってから、自分の店をやりたいという。
若いアーティストが集まる店を。
耳を通り抜けていく音楽は、「ウォールラック・カレンダーもしくはエレベーターみたい。」
オージー諺:木(頭)をコンコンと軽く叩けば、悪運が幸運に変わる。

その後彼から貰った手紙には、ケニヤの子供が描いたおうちの絵が入っていた。


オルタナティブロッカーみたいなアイリッシュ。
フワフワスリッパのイギリス人の女の子。
トランペットをドミトリーでも吹き鳴らすアルゼンチン人。
インドに行ったら坊主にするんだ!と張り切るスペイン人。
バービー人形みたいなカナダ人カップル。
カレーをご馳走してくれた、インド系マレーシア人。
いつも一緒のオランダ人カップル。
ナドナド。

夜になると、帰ってきた人から、二階のゲストルームに集まってくる。
仲良し同士、ストーブの前に座り込んだり。
簡易キッチンで、ご馳走しあう。
色んな料理。色んな言語。

あなたの考えを聞かせて。
何が好き?
~は、~語で何て言うの?
どこから来たの、これからどこへ行くの?
お気に入りの国はどこ?
(ちなみに、人気があったのは、ポルトガルとアイルランド。)
色んなものを見たいから、旅をしている。
世界から学びたいから旅を続ける。

お金が少なくてもへっちゃら。
言い訳しているよりも、とりあえずスタート。

バックパッカーというと、貧乏旅だとか、
タイやらインドでつるんで現実逃避(「外こもり」って言うらしい)を続けている、
等、世間一般から見ると、敗者的なイメージを持たれることもある。
実際、外こもりにはまっている人もいるだろうし、
あくせく働いている人の嫉妬もあるだろう。
素直に、すごいな~!タフだな~!と感じる人もいる。
私が出会ったバックパッカー達の多くは、希望と好奇心で
目をきらきらさせて、とても前向きだった。
異文化同士、知らないもの同士なのに、お互い、礼儀正しく接し、
自分の意見を言い、相手を思いやり、けれども余計な口出しはしない。
そうして、快適に、ある期間、一緒に暮らしていた。

旅の途中だからか、たまたまなのかは、分からない。
けれども、はっきり言えることがある。
相手を尊重しあって、いい距離を保ち、
思いやりを忘れずに、かつ、自分の意見を言い、
相手の意見もまずは一旦受け入れてみる。
すると心が幸せでいっぱいになる・・・それは、とても、お金では買えないし、
食べ物でも満たされない、心の満腹体験である。

バックパッカー宿の宿泊客達 その①

いつも太鼓を抱えていたマルセイユ出身のフランス人の男の子。
一年半のインド滞在中に習ってきたらしい。
いつも裸足でペタペタ歩いていた。
みんなで共存主義。
「これは~の!」ではなく、お互いにGive & Take
物乞いが来たら、ちょっとだけ、あげる。
ちょっとなら、自分にとっても大したことはない。
けれども、相手にとっては有難い。

悪いことが起きても、怒らない。怒ったって仕方がない。
きっと、塞翁が馬。
あらゆることはDepend on me
眠たくない時は眠らない。食べたくないときは食べない。
よく動き回った日はたくさん食べる。
一日中、座って太鼓を叩いていた日には、少しだけ。
Have to なんて、ない。
自分がそうしたいから、そうする。
太鼓を叩いていれば、嫌なことも忘れられる。
悲しいときは、海辺に座る。
泊まるところがなければ、空の下で眠る。
これから、ヒッチハイクしながら故郷に帰る・・・。

帰っちゃうのか、寂しいな、「オー モン ジュ!(oh my god)」
彼なら、自分の生き方と現実社会をうまくバランス取りつつ
生きていかれることだろう・・。

イスタンブルのカーペット屋、有効利用!?

スルタナ・メフメット地区と言えば、カーペット屋の客引きが
しつこいエリア
でもある。
ちょっと歩くたびに、流暢な日本語で声をかけてくる奴も珍しくない。
基本的に、海外で流暢な日本語を話す外国人は
疑ってかかる
ことにしているので、ましてや、
「カーペット見ていかない?」なんて、行くわけないだろう!!

あまりにもしつこいので、暇な時は行ってあげたりして(笑)!?
大体、同じようなところを毎日のように通っていたので、
客引きと顔見知りになる。
「ぜーったい、買わないよ。」を連発するうちに、相手も諦めたのか、
自分が働いている店に、引っ張っていこうとすることはなくなった。
他のカーペット屋に行って、暇人同士、お茶飲んだりして。
あるカーペット屋のおじさんは、やはり、流暢な日本語を話していたのだが、
早稲田に留学していたと言って、写真を見せてくれた。
「カーペット見る?」と、聞いてきたので、「買わないって。」と答えると、
「カーペットの勉強だと思って見なさい!」。

巻いたカーペットを、魔法のじゅうたんのように広げて見せる。
何枚も何枚も、ひらりと回して広げていく。
「カーペットには、シングルノットと、ダブルノットがあって~。
図柄の意味は~。若くて細い指の少女が織る~地方の物が高価。」
などと、レクチャーが始まり、カーペットの素材の説明の為に火をつけてみたり(笑)。
トルコでは、本当に、カーペットが安くて、ウールのものなら大きくても
大した額ではない。
シルクのものは、角度によって色が変化して見える。こちらは高い。
普通にごしごし手洗いしても大丈夫!と言っていた。
ちなみに、トルコでは、カーペットを重ねるように使っている家もあったり、
高価なものでも、普通に使っていた。
代々使われている程、アンティークとして価値が上がるとか。
・・・買っちゃいましたよ、ちーさいシルクの・・・(苦笑)。
おじさんもビックリ(笑)。

その頃は断食月だったのだが、みんな、平気で飲み食いしている。
早稲田帰りのおじさんのところで、たった一人、断食をしている青年に会った。
おじさんいわく、「断食していたら、今の時代、世界に遅れを取る!!」。
罪悪感から負け惜しみなのかどうかは分からないが、青年のことを
時代遅れ呼ばわりしていた。
実際、イスタンブルで断食をしている人は少ないようだった。

カーペット屋に騙されなければ、結構楽しい友達の輪が広がる。
決まった客引きとよく歩いていると、他の客引きは寄ってこなくなったり(笑)。
とにかく、イスタンブルを女だけで歩いていると、始終声をかけられてしまうので、
(金か体目当てか、両方か?!)誰か、知り合いの男と一緒に歩けば
かなり、楽。
ガイド役にもなるしね。下心捨てきれない奴もいるけれど(苦笑)。



まずは観光。それにしても寒い!

起きてから、早速、観光スポットめぐりに出かける。
あまりにも寒くて、T子とひっつきあって歩いて
トプカプ宮殿へ。
感想は・・・広い。かび臭い。
宝物の入っているガラスケースも曇っていて、
あまり、ありがた~い物には見えなかった。

兵隊さんによる演奏も、おきまり通り。
ハーレムと台所の巨大鍋を凝視して、外へ。

途中で知り合ったトルコ人のお姉さん。
ウェーブがかった髪に、ジーパン姿で、知的な顔立ち。
大学生だと言っていた。
しばし、一緒に散歩。

地下貯水場(地下宮殿)に行ってみる。
路上からは気配もない。
地下に降りると、クラッシックが大音響!
大きなプール状の貯水槽の中に、ギリシャ風の柱が林立している。
007に登場したというメデューサの首の像を見て、一巡。
水滴がぽたぽたと落ちてくる。

アヤ・ソフィアに向かい合うブルー・モスク
どちらも周りが広々としている。
なんか、日本でいえばお城みたいな配置だなぁ。
(勿論、お堀はない。)

モスクというのは、イスラムの国でも国によって、
また、土地柄によって、男性のみしか入れないところと、女性も入れるところがある。
イスタンブルでは、女性も入れるようだが、礼拝する人達は、男女別に
異なる場所でお祈りをしていた。
中に入ってみようとすると、トルコ人のお姉さんは、「生理中だから入れない」。
そこで別れた。

外が雲り空だったせいもあって、中はとても暗い。
歴史記念的なアヤ・ソフィアと違って、礼拝所という感じが強い。
(喜捨しなくてはいけないので、礼拝に来る人は多くはないとか。)
円形に光を灯すシャンデリアもシンプル。ただ、ただ広い。
やっぱり、外観が素晴らしい。
ローソクのたった、巨大ケーキ。

Rに教えてもらった銀細工の店に寄る。
トルコでは銀製品はとても安い。
石も豊富なようで、指輪やピアスも、銀の重さだけのような値段だ。
自分用と、お土産用に少し購入。

夕方になり、更に寒くなりそうだったので、ホテルに戻った。
Rが、今日はどうだったか、と聞いてきた。
適当に答えて、さっさと部屋に戻る。
T子が、「Rが夜、遊びに行こうよ、と言ってるみたいなんだけど。」
と、ちょっと困った顔で言ってきた。
ジョーダンでしょ!?「行かないよ!」
地味なキャラクターの癖に、手ぇ早いな。R。




そこを選んだのが、ことの始まり。

教えられたとおり、裏手の道沿いに、安ホテルがあった。
妙に印象に残らない外観で、唯一、狭い入り口上にある
看板だけが目印となる。
早速、中に入ってみる。
薄暗い、小さなレセプション。
ペンキ塗りの途中なのか、散らかっている。
声をかけてみた。

ちょっと待って、という声の後、無精ひげに濃い顔立ちをした、
背丈の小さな男の子が出て来た。
緑の目が可愛らしい雰囲気だが、年齢は二十代前半か。
ジーパンの裾からジャージがはみ出していた。
(以下、彼のことは R とする。)

部屋は、幾つか空いているというので、見せてもらうことにする。
入り口入ってすぐのところにある狭い階段を三階まで登る。
案内された部屋は、白い壁のシンプルな部屋。
ダブルベッドがあり、バス、トイレつき。
窓から、海が見える。
そこに泊まることに決定。

まずはシャワーを浴びようと、お湯を出してみるが、出てくるのは
水ばかり。
下に行って、Rにその旨伝えると、
「One minute」と言って、どこかへ消えた。
しばらくして、お湯が出た。
シャワーを浴びて、階下に下りると、Rがいた。
これからどうするの?と聞いてきたので、
国際学生証を作りに行き、ついでに帰りのチケットを買うつもり、
と答えた。
すると、暇だから、連れて行ってあげるよ、と言う。

ホテル近くにある旅行代理店に行き、格安で、国際学生証を
作ってもらった。(本物だと思う。)

イタリアへのチケットも購入。これで一安心。
Rは回転椅子に座ったまま、必要なこと以外は話さない。

お昼でも食べようか、とRの案内で、安食堂へ行った。
ガイドブックにでているような店の裏通りにある地味な店。
トルコ風ピザ(長ーいボート型。シンプルな具がのっていて、さっぱり味。
少し塩辛いけれど、おいしい。)とスープを食べた。
Rは、お茶だけ飲んでいた。

それから、少し散歩をして、アヤ・ソフィアを見学。
朱色の建物の中は想像以上に広く、
上塗りした塗料の剥げ落ちた下からのぞく、ビザンチン画を
見上げながら、簡単な説明をRから聞く。
Rは親切だけど、口少ないし、愛想も大してよくはない。
多分、私と真っ向から意見が対立するタイプだな、と思った。
(何処か、似たものを感じた。)

相手もそう感じたのか、その後、Rから何か言って来る時は、
大抵、英語が苦手な私の友人(T子、とする。)に言っていた。

その日はホテルに帰り、ゆっくり休むことにしたのだが、
部屋に戻ると、・・・・寒い!!
またもやRのところに行き、どうにかしてよ、と言うと、
「One minute」。(彼の口癖であると、すぐに判明。)
しばらくして、箱型のストーブを、ガラゴロ押してきた。
部屋が暖かくなったら、廊下に出しておいて、と言われた。
どうやら、ワンフロア共有らしい。

ストーブの横側に、男の子と女の子の記念写真的プリントが、
引っ付けてあった。誰だろう?

その晩は、いつ寝たのか分からない程、あっという間に
眠りに落ちた。

やっと着いたぜ、イスタンブルに!

・・・思っていたより、ずっと寒い二月のイスタンブル。
長いホームを歩いて、シルケジ駅を出た。目に映ったものは、
右手に船着場。霞んだ空。
正面に、道路。黄色いタクシー。
路面電車の停留所になっている路側帯に並ぶ人々。
左手に、道が吸い込まれていく街。

建物の色は、白か、クリーム色、薄汚れた灰色が多いのだが、
看板に赤や黄色を使っているので、暗い感じはしない。
街並みは、想像以上に洗練されていて、人々の顔つきも、
怖くない(!?)。女性はスカーフをしていない人が多く、
若者も若者らしく、快活。
通りもゆったりとしていて、歩きやすい。

・・・正直なところ、トルコの旅の記録を書いていくのは、
かなり、複雑な心境なのである。
忘れられない旅。しかし、思い出すのも恥ずかしい旅で、
今考えても、疑惑と心残りが多い。
旅の記憶整理を始めたきっかけも、その時のことを、
きっちり整理してしまいたい気持ちがあったから。
しかし、いざとなると・・・。

旅を終えた直後は、ただ最高に楽しかったという気持ちだけだった。
今となると、反省の方が多い。歳をとったからかな。
若い頃は、無責任にも、感じたまま、考えることなく、即行動していたせいか、
よくよく考えると、馬鹿だったなぁ、と思う。
若いからこそ、突拍子もないことが出来た。
今更、考え込むようなことではないだろう。
普通、記憶の彼方に追いやってしまう。
「あ~、そういうこともあったね。」「そうだったっけ?」と。

けれども、忘れたくないことと、忘れたいような自分の振る舞いが混在していたら、
どうやって、その記憶を処理するか。
それも、終わりもきっちりつけていなかったら、尚更、その記憶は、
しまう引き出しも決まらず、心の隅っこに放置されたままとなる。
未だに、開け広げた荷物の中身を整理していない状態。

それが私のトルコの記憶。
どこまで、隠蔽せずに書けるか、自信がないけれど、
(馬鹿さ加減を暴露することになるから。)
カタルシスだと思って、進んで行こうと思う。

さて、向かうは、イスタンブル最大の観光ポイントのある
スルタナ・メフメット地区。
ブルーモスクと、アヤ・ソフィアが並ぶエリアである。
長く泊まるには、やはり、好きな場所に泊まりたい。
観光地には、悪い奴も多いけれど、ホテルも多い。
まずは、ガイドブックに載っているホテルを指標と参考に
(そこへは泊まらない。)する為、適当に選んで、近くへ行ってみた。
日本人の大学生の男の子二人が、そばを歩いていた。
一応、ホテルの中に入ってみる。空室状況と、料金を確認。
ふ~ん。大したホテルでもないくせに、結構しっかり取るんだ・・・。
(ガイドブックに出ているようなところは、大抵、そんなもの。)

ユースホステルと称したところにも行ってみたが、そこは満室であった。
受付の人に話しかけていた旅行客が、そこの裏手にも似たような宿泊所が
あるよ、と教えてくれた。
早速行ってみる。(早く、ギリシャからの旅のほこりを洗い流したいよ~。)


国境付近で、変なおやじに絡まれる。

やっと乗った列車は、ごく普通のコンパートメント式の座席であり、
空いていたせいもあって、ほっとした。
疲れがだいぶ出ていたので、眠りたいところだが、
なんせ、悪評高い列車に乗っているのである。
寝ている間に貴重品を盗られる可能性もゼロではないのだ。
パスポートは首からかけて、衣類の下に隠してあり、
お金や、航空券は、腹巻?状ポケットに入れている。
なぜ、二つに分けるかというと、パスポートを見せろと言われた時に、
お金などを見られないためだ。(常識?)

それでも、寝ている間に、すーっと抜き取られてしまったら?
貴重品を枕代わりに寝る?
そうこうしているうちに、列車はトルコに向けて走り続けていた。
横になって、ぼーっとする。

もうすぐトルコに入るらしき、アナウンスが流れた。
ちょっと、元気になる。
突然、公務員風のおじさんが、私たちのコンパートメントに入ってきた。
何を言っているのか分からないけれど、
しつこく、話しかけてくる。
そして、・・・べたべた絡んできた!!
友人と二人で、止めてくれるよう、押しのけあう(笑)。
全く、平気という感じで、でれでれ笑いながら、抱きついてくる。
もしや酔っているのかい?

服装もスーツでさっぱりとしていたせいもあって、
パスポートコントロールの人のようにも見える。
だとしたら、あまりひどい仕打ちも出来ない・・・。
そのうち、人のハンカチを取って、匂いを嗅いだりし始めた!!
変態!?

もう、どうしよう~。

いきなり、戸が開いて、二人の男の人が入ってきた。
制服を着ていて、明らかに!?パスポートコントロールの人。
入ってくるなり、その困ったおやじを追っ払ってくれた。
・・・あいつは一体何者だったの???
(その後も、再度やってきたのだが、すぐに、つまみ出されていた。)
パスポートのチェックはあっけなく、「トルコへようこそ」みたいなことを言われただけ。

外が明るくなり始めたなぁ、と思ってすぐに、完全に朝の風景になっていた。
午前五時に到着予定であったが、だいぶオーバーしている。
生活感のある小さなバラックが車窓に迫ってきたかと思うと、
郊外の住宅地風のエリアが続く。

近づいたり、遠のいたり。
イスタンブルに向かって走る列車。
私たちの期待に応えるかのように、スピードが上がっていくような気がした。
都心に近づくにつれて、建物同士の間隔が狭まっていくので、
そのように感じたのだろう。

・・・ついに到着。列車を降りて、出口に向かって歩く。
駅構内は、ガラガラで、空気も冷たい。静かだ・・・。
ずるずる足を引きずるように、気持ちも、くたびれた毛布のよう。
・・・これからが本番だよ!
それにしても、時間がかかりすぎたなぁ。

乗り換えの為に十時間待ち!テッサロニキ駅で人間観察。

早朝五時にテッサロニキに到着。
列車を乗り換えてトルコを目指すとすると、なんと、
十時間も待たなくてはならないという。午後三時二十分まで何していればいいんだ!?
昨夜から、今朝の七時まで、アテネで待つよりは、気が晴れたけれど・・・。
頭がくらくらする。

朝の駅構内は寒く、石の床や低い壁の上にはとても座れない。
広い駅構内をうろうろしてみるが、面白そうなところもない。
ここでもやはり、待っている客たちは無表情で、暗い服装をしていて、黙っている。
友人が駅のトイレに行ってみた。怖いおばさんに、チップを取られた、と言う。
チップを取られるのは仕方がないけれど、怖いおばさんってのは嫌だなぁ。
(大抵、そういうところにいるおばさんは、怖い。)

突然、叫んで、怒りの独り言を言っているおばさんがいると思えば、
挙動大不審のおじさんもいる。
かなり恐ろしい状況である。
誰もがこちらを凝視してくる。
ギリシャ彫刻のように、血が通っていないような顔して、睨んでくる。
ジーッと。

服が暗い色調なだけでなく、汚れている人も多い
やっぱり、ジプシー?

暇だったので、人間観察することにする。
おじさんは禿げている人が多い。
女の人は、綺麗な顔立ちでも、口ひげが濃い。

あまりにも異様な人が大勢・・・。(失礼!)
何考えているのか、想像しにくい。
親切な人もいるけれど、やっぱり怪しげに見えるし、うるさくて、強引。
しかも雑。
話し方は早口。しかも、よくしゃべる。
以上、独断と偏見に満ちた、テッサロニキ駅構内のギリシャ人の印象。

朝らしく、明るくなってきた。
バスのインフォメーションデスクが開いたので、行ってみた。
しかし、すぐ乗れるトルコ行きはなかった。
隣なのに、昔っから仲が悪い国同士なので、アクセス悪いと聞いていたが、
本当に、その通りであった。

駅の中も、薄暗くて、面白味がない。外へ出る。
テッサロニキが載っているものを何も持っていなかったので、
駅周辺ぐらいしか行かれない。
適当に歩いていく気にもなれない。
ここを早く発ちたい、という気持ちのせいだろう。
目指すものがないというのは、こういう感じか・・・。
しばらく、大通りを歩いて進んだけれど、あまり変化がなかったので、
引き返す。
パンを買って、外に座って食べた。人もあまりいない。

駅の中と、駅前のガラガラの駐車場を行ったり来たりする。
売店で、シナモン味のガムを買ってみた。
やることもなく、駐車場の縁石の上に座って、二人でぼんやり。
(自分たちも、負けず劣らず、怪しくなってきた。)

テッサロニキには、観光スポットもあるのだが、アテネと同じく、
駅周辺は殺伐としていて、埃っぽい。
以前ツアーで訪れた、エーゲ海の島々は、一人でゆっくり滞在したいなぁ、と
思わせる美しさであったが、ギリシャっていうのは、
観光地以外は、廻らないほうがいいんじゃないか?

ツアーでいいところ取りしておいたら、ギリシャの印象は「ほんっとに良かったよ~」
となるだろう。
どこもそんなものかも知れないが、あまりにも、観光地とそれ以外の差が
大きかったので、二度目のギリシャは、殺伐としている、という印象。
また再び行かない限り、そのイメージは変わらないと思う。

さぁ、そろそろ乗車の時間。
随分、時間をロスしてしまったように感じるのは否めない。
視点を変えて、状況を楽しもうという気も起きないくらい、退屈であった・・・。

「No Bus」!?!急きょ、悪評高い列車に乗ることに・・・。

午後7時少し前に、駅に向かう。
しかし、バスが来る気配も、乗車客の影もない。
バスの料金を確かめに行くと、そこのおやじ、
「Every day」って言ったくせに、今日以外は、と付け足しやがった。
はぁ?
どうやら、「~曜日を除いて毎日」、という意味だったのか?!
「No Bus」。それ以上は言わないよ、といった態度。

ああ、もうどうしよう。また、あのホテルに戻るのも、違うホテルを探すのも嫌だ。
何とかならないのか?
列車で行く手もあることは知っていたが、寝込みをジプシーに襲われるという噂
(スリ、盗難が多い。)だったので、考えていなかった。
しかし、トルコに向けて、今夜、ここを発ちたい。
と、なると、列車に乗るしかない。
今夜のトルコ行きの列車はあるのか、あるのなら、何時発か、チケットは幾らか。
駅の中にはいって、聞いてみることにする。

時間も時間だったので、すぐに乗れるような列車はなかった。
あ~、なんとか方法はないのか!?
駅員にしつこく問い詰める。
駅員の言うことは同じで、乗り継ぎするとか、他の方法を考えてはくれない。
その様子を見て、わっと、人が集まってきた。囲まれてしまった。

いかにも怪しげな男が、「車でそっちの方へ行くから、一緒に乗っていかないか?」
と言い出した。仲間も何人かいるようで、急いで仲間を呼び寄せている。
こっちに考える間を与えないうちに、つれていっちゃえ!いうような勢い。、
強引で、しかも焦っている様子。
これはどう見ても危ない。断ったが、しつこく私たちの周りをうろついていた。
その男の他にも、ギリシャ語で何やら言ってくる人や、ただの野次馬の物言いに
私も友人も、何が何だか分からなくなりそうだった。

その時、綺麗な英語で意見した人がいた。
(後で聞いたら、パキスタン人だと言っていた。)
もうすぐやってくる列車に乗りなさい。テッサロニキまで行かれるから!
そこから、乗り換えてトルコに行かれるよ。」

テッサロニキ?
確かに、トルコに続くルートの途中にある都市である。
もうここから去りたい一心だったし、周りの人たちに較べて、そのパキスタン人が
紳士的で、話も信用できるように感じた。
そこで、テッサロニキ行きのチケットを買い、しばし待合室で時間をつぶす。

出発まで四十分ほど。
なんだか、ほっとしたのもつかの間、待合室は、くつろげる雰囲気ではなかった。
ギリシャ人の友人はいないので、彼らがどういう思考スタイルの人たちなのか、
周りの人に対して、友好的なのか、排他的なのかは分からない。
アテネで一言二言交わした人たちとも、そのまま会話が発展しなかったし、
駅でも、怪しげな奴ばかりだったので、まるでつかめなかった。
ギリシャ文字自体、一文字ずつアルファベット対応表に
当てはめて読むのが億劫だったということも、
理解が進まない理由の一つだったのかも知れない。
アルファベット表記で、発音が間違えていても読めるとか、
聞いたことのある言語ならば、まだいい。
ギリシャ語は、私にとっては余りにも遠い言語であった。

待合室は、学校の教室ぐらいの広さで、人々は壁際に座っていた。
誰も話していない。
入っていくと、表情も変えずに、こちらを凝視してくる。
彼らの服装の色調も暗く、正直言って、怖い感じであった。
ジプシーなのかなぁ。
ジプシーと普通のギリシャ人の違いなんて、どこにも書いていないので分からない。
落ち着かないまま、列車が到着するのを待った。

薄暗い、静かなホームに、列車が入ってきた。
え?これ?これでいいんだよね?と慌てふためいて、乗り込む。
言語が分からなくて、しかもくぐもり声のアナウンスは、こちらを不安にさせる。
透明の扉つきコンパートメントの席に座る。
すぐにガラッと扉が開いて、若い男の子たちが三人、入ってきた。
ギリシャ語で何かぶつぶつ言った後、私たちの正面に二人、横に一人座った。

何か話しかけたさそうに、こちらをちらちら見ては、仲間同士でぶつぶつ。
そのうち、一人が、コインを宙にほおっては手に取る、ということを始めた。
黙って、しばらく続けていたが、飽きたのか、それを止めて、
いきなり電灯を消した!
一言断れよ!!!勝手に消すな!!


午後八時三十六分。
列車は静かに走り出した。やっぱり黙ったまま、滑るように・・・・。

朝一のアクロポリスを見れば、殺伐とした街も許せるかなぁ~。

朝早く起きて、アクロポリスの開園(!?)時間に坂を登り始める。
しばし、白茶色のごつごつ道を歩く。
ふ~っと一息つく頃に、丘の上に到着。
なぎ倒されたような柱の周りを、痩せた野良犬がうろうろしていた。
朝なので、人も少なく、雰囲気に浸れる。
ギリシャ・ローマ遺跡は結構見ているが、修復された部分がどれほどあろうと、
やっぱり、パルテノン宮殿は、すばらしかった。
遺跡見物は、朝か、夕方に限るなぁ。

しばらく朝の空気を吸ってから、丘を降りる。
朝ごはんを調達しようと、街を探索することにした。
初めてギリシャに来た時に出された食事が、
あまりにも印象悪かった
(何でもかんでもオリーブ!清ましスープのようなものに、
でかい丸いクルトンのようなものが浮いたものや、葉っぱで包んだピラフみたいなもの
など。どうやって味付けたのかよく分からないような、ぼやけた味。)ので、
きちんとしたものを食べる気になれなかった。

目に付いたのはお菓子。
砂糖の塊のようなパンや、クッキー、どぎついチョコパイみたいなものが売っていた。
食べたくはならない。きっと、外から中まで同じ味だろう。ゴマのついた輪っかのパンを買ってみた。
あまり甘くなくて、歯ごたえがあり、結構美味しかった。(乾パンみたいな味だけど)
街路樹のオレンジを狙う。
誰も取ろうとはしていない。
落ちているオレンジを投げて、木になっている実を落とした。
・・・めちゃくちゃ酸っぱくて、捨てる。

前に、観光スポットは廻っていたので、連れには悪いが、適当に歩き回ることにする。
市場の方に出ると、アメ横のような雰囲気で、店の横にも商品がはみだして置かれていた。
青果市発見。試しに洋ナシとトマトを買う。
洋ナシは、小ぶりな割に美味しくて、ギリシャでは、洋ナシばかり食べていた。
まぁまぁの味のトマトをたまに食べて、空腹をしのいでしまった(苦笑)。
(もちろん、洗っていない。帰国後、一応、虫下しを飲む。)

考古学美術館は、以前に行っていなかったので、見学することにする。
正面玄関付近も、内部もあまり人がいなかった。
中も、妙な空間があちこちにあり、ギリシャ彫刻も、
「オリジナルは~美術館に所蔵」といったものが結構あり、
いいものは殆ど、大英やらルーブルやらに持っていかれたのだなぁ
これじゃぁ、ひどすぎるよ、泥棒だよ!と思わざるを得ない。
適当に見学。

さて、これからどうしようか。
ギリシャからトルコに行っているというバスの出発点である国鉄の駅に行ってみる。
そこの人に、バスはいつ出ているのか聞いてみると、「Every day.」。
午後7時発らしい。
こうして、アテネで時間つぶししていても仕方がないので、今夜、出発するか!?
ホテルに戻り、荷物をまとめて、夕方のアテネをふらふらと歩く。
国鉄駅の付近は退屈な景色で、ヨーロッパ映画の労働者の周辺を描いたものに
出てきそうな、寂しいところだった。
(アテネオリンピックの後は、華やかになったのかなぁ?!)

プロフィール

しゅま子

  • Author:しゅま子
  • 33歳から、3人の子供のひとり親となり、40歳越え、現在44歳。40で、いろいろ考えるし、身体も変わると聞いていましたが、ほんとに変わってびっくり。成人の2回目のよう!
    と驚きつつ進みだした40代。文字通り、中年!40代だからこその迷い、多々あり・・・
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