死海の湖面に前に立ち

タクシーが道を曲がり、突き進んでいったところにあったのは、
礫砂漠の中にぽつんと立ったレストハウス。
あまり人気もない。
シーズンオフのリゾート施設みたいだ。
建物を通り抜けると、湖岸が見えた。
暗い色の砂浜の先に、やはり薄灰色に光る湖面。
陽気なアメリカ人風カップルが、水着姿の身体に
泥を塗っていた。
ちらほらと見える人影は、特に何をするでもなく、
うろうろしたり、水に入ったり。
はしゃぐような雰囲気もない。
連れが早速、水面に向かって歩いて行った。

体調が優れなかった私は彼の後姿を
ぼんやりと見つめてから、
視線を周囲に向ける。

突然、騒がしい声が背後から聞こえてきた。
スポンサーサイト

想像していたのと違うよ、死海  その①

テレビでも時々映る、死海。
ヨルダンとイスラエルの間にある。
テレビで私が見たときは、ただ水面に浮かぶ女性が
映っていただけ。
つまり、水面と女性が、唐突に映っているのであった。
周囲の様子が分からない。

死海の上空にヘリコプターが飛んでいるのを見た。
塩水に体が浮かんでしまう、わ~い!なんて暢気な場所ではないのである。
恐らく、そういった事情があって、カメラが周囲を映せないのでは?
それに、実際、映すべきものもあまりなかったりする・・・

ヨルダン版ウイークリー・マンション?!

連れて行かれた建物は、大通りからY路に入ったところにあった。
かなり斜めな位置にある白い建物。
一見マンションのようである。
小さくそっけない入り口を入って左に、レセプティションがあった。
かなり広い部屋の奥に大きなデスクがあり、手前の壁際近くに、
長方形のテーブルと、丸椅子が幾つか並んでいた。

マネージャーは恰幅のいい男の人。
色白で目が青く、ダークブラウンの髪と口ひげ。
近くにほっそりした男、明らかにスタッフであるらしき男性が二人いた。
タクシーの運転手が、マネージャーと挨拶を交わしていたが、
関わりの強い風ではない。
ただただ、運転手の親切心から、
知っているホテルに連れてきてくれただけであったようである。


スタッフらしき一人が部屋に案内してくれた。
入り口横にあるエレベーターで上がって行き、
降りたところは階段の踊り場。
隅っこに大きなゴミバケツがぽつんと置いてある。
階段も壁も白である。

さぁ、中を見てくださいというように開かれた扉の中。
小さい長方形の部屋の中にやはり長方形のテーブル。
テレビとソファが一つ。化繊の濃い青のカーペット。
すぐ目に入った扉を開けてみると、正方形のキッチンがあった。
床の上を乾いた足音が響く。
白いプラスティックの丸テーブルと、椅子が二つ。
背の低い冷蔵庫一つ。
ガス台と流しもある。戸棚の中にはお茶をいれる一式。
小さな窓から、建物の裏の路地が見えた。

再び最初の部屋に戻り、もう一つの扉へと進む。
途中、細長いバスルーム。
手前にトイレ。奥にシャワーを浴びるスペース。
やはり、真っ白で、壁には石鹸を置く小さな台がついているだけであった。

奥の部屋の扉を開けると、広い寝室となっていた。
化繊のえんじ色のカーペットが、他の部屋に較べて
その部屋を暖かくみせている。

低いベッドは、二つのベッドをつなぎ合わせただけであって、
すわり心地も悪い。簡易ベッドのような感じである。

部屋の隅に、大きな箪笥が一つあり、
壁際の少し高い位置に窓があった。
キッチン、バスルームの窓から見えるのと同じ、
静かな路地と、白い建物が見えるだけである。
薄い布地のカーテンも、やはり白。
全季節対応仕様といった感じか?

しゃれているわけでもなければ、床の硬質感も強く、
寒々とした印象。
しかし、清潔感もあり、部屋は広く、居心地は悪くない。

シンプルな感じも気に入った。
「うん、部屋の様子はすごくいい、けれども値段は?」

再びレセプションに戻り、マネージャーと話をする。
一晩15ヨルダン・ディナール(JD)+Taxという。
私たちにとっては決して安くない。
その半分くらいで泊まれるところを探していたのだから。
けれども、きちんとしたホテルよりはだいぶ安いし、
連れもいるので、そこに決めた。とりあえず三日分、前払いしておく。
マネージャーの、当然決めるでしょ、ここはいいよ、と言いたげな
目つきに捕らわれて、Noと言えなかったというのが本当のところ(苦笑)。
余裕があり、それでいて真っ直ぐな視線に対しては、
大抵、無条件降伏してしまうのである・・・。

やっぱりつながりじゃん(苦笑)。思うままに操られる?!始まり。

一軒目のホテルは満室であった。
戻ってきた運転手は、「どういうところに泊まりたいのか?」
と、私たちの選択に不満気な様子。

もう一軒も、チェックしたいと言うと、渋々連れていってくれた。
そこは、イラクでの哀しい事件の時にニュースでも映った安宿である。
混雑した大通りに面するその建物には薄汚れた看板。
部屋はあったので、運転手について、中を見に行った。

よくある、バックパッカー宿という感じだが、そういう宿でも、
好きな雰囲気と、そうでないところがある。

イスタンブルでのバックパッカー宿に較べても、乱雑で、落ち着かない感じがした。
通りのせいでもあるだろうし、老朽化して手入れがイマイチな上に、
客の出入りは多いからか。
古い建物は好きだが、手入れや落ち着いた雰囲気が欲しい。
運転手は、これでも泊まりたいのか?というような目で、こちらを見る。
やっぱり、気分じゃないなぁ、と引き返した。

さてどうするか。
「僕の知り合いのところへ行かないか?すごくいいよ。安いし。」
・・・でたか!?そういうもくろみか(笑)?!

場所はジェベル・フセインだという。
アンマンはアッパータウンに行くほど高級地になっていくようなので、
高級なイメージのあるシュメイサーニのすぐ南にある
ジェベル・フセインでは高いんじゃないか!?と不安になる。
取り合えず、行ってみようよ、と運転手の思うままに連れて行かれた(苦笑)。
それにしても、タクシーの料金も心配・・・・。

嫌な予感。なんで、革ジャン持ってる!?

空港での諸々は難なく済み、少々両替してから外へ出た。
それにしても、空港であった人皆、「Welcome」と言っていた。
観光が主要産業の一つだからとはいえ、余裕ある雰囲気で、
そう言われると、なんだか嬉しい。
さすが、もてなし上手といわれるアラブ人!?
建前であっても、ゆとりがあるのか、儀礼的ではない。

空港の建物の大きさ割に小さめのエントランス。
外は、眩しい日差し。
市内へは安く行かれるバスで行きたかったのだがなかなかやってこないし、
どれに乗ればいいのか確認するのが億劫になって、タクシーにした。
ちょうど、近くに立っていた、アラブのおじいさん(英語が自然に出てくるので、びっくり。)も、
そのほうがいい、と、まともなタクシーが来たら教えてやるからという。
知り合いの運転手を紹介するつもりなのかと思ったが、違った。
2,3台やってきたタクシーのうちの一台を指差し、
あれは大丈夫そうだから行け、料金は~以上はあげなくていいよ、という。

何だか不器用そう、けれども素直そうな運転手の車に乗って、
安宿が多いと聞くダウンタウン、キング・フセインモスク方面を目指す。
若い運転手は、気さくで、色々話しかけてくる。
最初の言葉はやはり、Welcome であった。
途中、「コーヒー飲む?」と、車を止めて、カルダモンの入ったコーヒーを持ってきた。
小さなグラスの中に入っているコーヒーは、熱々。
かなり、飲みなれない味である。濃いのか薄いのか分からないような・・・。
再び走り出したが、今度は、「ちょっとうちに寄って行っていい?」
住宅地にある、白くて快適そうな大きなうちに寄って、再び出発(苦笑)。

それにしても、外の日差しは汗ばむくらいなのに、運転手は革ジャンを助手席に置いていた。
自分たちの目的地近くになり、彼が、「どこに泊まるのか?」と聞くので、
バックパッカー宿の定番であるホテルの名を二軒言うと、「え~っ。やめときなよ。」。
一軒目付近に着いた時、彼が、空きがあるか聞いてくる、と、外にでた。
ぼんやりと、周辺を眺めていると、革ジャンを引っさげているか、
着ている人がいるではないか。

暑いのになぜ?砂漠気候の土地では、夜は冷えると聞くが、
まさか、革ジャンが必要なほどではないだろうに・・・。
「ねぇ、革ジャン・・・。」
「・・・もしかして、寒いんじゃん?!」連れも嫌な予感がしていた様子。
それほど不自然に目立つ革ジャンなのであった。
ちなみに私たちは、日本でいえば、初夏対応ぐらいの服しか持ってきていなかった・・・。


花の香り漂う?!RJ機にやっと乗った。

旅の日程は、約一ヶ月。
前半カラチ、後半ヨルダン。
でもって連れは、恋愛感情も湧かない、
ただただ、態度と図体がでかく
(幅はない。共通の友人いわく、「台風で吹き飛ばされそう」)、
頭がちっさくて、脳みそも恐らく同サイズであろう(本人も認めている)男。

一見、怖そうなので、用心棒にはなるか?!
今編のテーマは(笑)、ヨルダンなので、カラチはとばしてヨルダン話を
始めようと思う。
毎度の事ながら、詳しいことを知りたい方は、よその写真付きで親切なサイトを
参考にしてくださいね(苦笑)。

カラチに関していえば、旅行代理店の競争が激しくない為か、
海外旅行へ行きたくてもいけない人が大部分なせいか、
航空券は安くない。
日本で買うのと変わらないか、それ以上だったりもする。
月給二万程度の人たちにとっては、気の毒な高さである。
ここでもまた、「どうしてヨルダンなんだ!?ドバイでもなく、ヨルダン?」と言われる。
死海の話をすると、「そんなのぜーったいに信じないよ」
「からってんの?」

・・・・・・・・・・・・。
子供達に聞けば、きっと知っている子もいるだろうけれど、大人たちは、
政治経済に興味津々といった人を除けば、みな、「うそだぁ。」。
(一応、学校行った人たち。)
モヘンジョ・ダロは「あんなのゴミ」。行きたい場所は「N.Y.、東京、パリス
(最後の「ス」はフランス語では読まないんだよ、パリだよ、と言っても、私が間違っていると・・・。)!」
(もちろん、パキスタン人みんなの話ではありませんよ。)

ようやく、ロイヤル・ヨルダン航空のチケットを購入。
アラブの国なので、パキスタンのパンジャビ・スーツを着ていくことにする。
長いチュニック(カミーズ)と、アラビアンナイトのようなズボン(シャルワール)?、
そしてまた長いスカーフ(イランではスカーフかな。パキスタンではドゥパタ。)という
いでたちである。
殺風景で人もまばらな空港内の通路を通って、いよいよRJ機へ乗るときが来た。

わぁ~。
まず、フライトアテンダントが、ゴージャス。
体格もいい人が多く、エアロステスも、いわゆるアラブの目鼻立ちがはっきりした
濃いい方々。
で、あちらの働く女性特有の、ヨーロッパ風を意識しているような髪型や化粧。
(元が濃いから、結構強烈でも元が負けていない。)
姿勢良く、挨拶してくる姿も、かっこよかった。
機内に入った瞬間、うっすらと、花のような香りがしたので、連れに言うと、
鼻が悪いくせに香水好きなだけあって、「してる、してる!!なんかいい匂いが!!」と、
感激しまくっていた。
たまたまだったのか、サービスの一つなのかは分からないが、
トルコの長距離バスでも香水のサービスがあったから、
やっぱり、意識的なサービスなのかもしれない。
(イスラム圏では、ものすごく肉をたくさん食べるライオンのような人も多いから、
体臭が濃いのではないかと思う。で、それを消す為の香水か?!)

その後も、エコノミーなのに足置きがついてる~!とか(PIAにはない。)、
食事が美味しくて、朝のパンなんかも、フランスの飛行機か?と思うほど
気が利いていて、連れといちいち喜んでいた。

フォークやスプーンにも、王冠のマークとロゴがついていた。
王冠って、何だか妙な力があると思った。たとえイラストであっても、いいイメージがある。
子どもが、王子様とかお姫様とか、お菓子の家に抱くのと同じ気持ち!?

パキスタン寄り道の持ち物リスト

まずは、パキスタンにも寄るので、それなりに準備しなくてはならない。
前にも行っているので準備しやすいが、ヨーロッパ旅行とは勝手が違う。

・・・しかし、いつもと同じようなもんだった(笑)。
ただし、以前に行った時の居候先に止まらせてもらうので、
ハンガー、バスタオルなどは不要。
石鹸も、Luxなどは手に入るし、海外ブランドの日用品は、
バザールで売っている。(ちなみにカラチの話。)
値段は安いのに、なんか、ちょっとオリジナルと違うなぁ~というものもある。
容器だけ本物で、中身は詰め替えたものも売られているとか!?
ミネラルウォーターなんかは、特に怪しい。
パキスタンの水は、インドと違って、細菌性のヤバイ水は少ないと聞くが
(これもまた、怪しい話。)、大抵、初めてパキスタンに行った人は、
下痢するようだ。それも、かなりひどい、トイレ行きっぱなしの・・・。
ミネラルウォーターを飲んでいても、である。
カラチの水に関していえば、普通っぽい水と、しょっぱい水があり、
当然、しょっぱい水のほうが安い。

しょっぱい水使用の家では、大抵水はよく出るが、
普通の水使用の家では、よく断水する。

しょっぱい水・・・顔洗うだけでしょっぱい!!
「海の水」だという人もいたが、それはないだろう?!
しかし、どうしてしょっぱいのかという質問に、納得がいく答えをしてくれた人はいない。
あまり関心がないようだ。水質に関して。
あるだけでも有難いからかな?!

日本からはミネラルウォーターを持っていく人もいるが、
私は水道水でも飲めるので、必要なし。
蛇口から注いだ水に蟻がおぼれていたのを見たときには驚いたが・・・。
各建物の地下の貯水槽は見るのも恐怖である。)
水といえば、パキスタンでは基本的にトイレではトイレットペーパーを使わない。
水と、左手。インドでよく知られるやり方である。
乾燥しているので、すぐ乾く(笑)!?
そういうのも、慣れるもんで、特に用意の必要はなし。
綿棒やティッシュペーパー、爪楊枝は、「勿体無いもの」に分類される。
これらもバザールで買えると思うが、短期滞在なら、少し持っていったほうがいい。
絆創膏なんか持っていくと、子供達が喜んで、怪我してもいないのに貼ってたりする。

まるで生活の違う場所ではあるが、少々の薬と衛生用品をプラスすればいい。
(旅の荷物の基本は、パリ編「フランス旅行2ヶ月コースの持ち物リスト」を参照。)
パキスタンに知り合いがいる場合は、相手方は必ずといっていいほどお土産を期待している。しかも、本音では日本製とか、電化製品が欲しい様子。
しかし、一度お土産を持っていったが最後、それからはサンタクロース扱い必至なので、
(相手は「当然」と思っている。金持ちが貧者を助けるのが当たり前というイスラム的思想から、貰う方も、礼を言えばいい方で、「あなたがあげたかったんでしょ、私に。」という思考の人も多い。)

あ、と。
フランスの話のときにも書いたが、特にイスラム圏に関しては、
先進国の一人旅の女性は、夢の国からきた花嫁として狙われるので(笑)、
狙われたくない女性、効率よく廻りたいと思っている女性は、
持ち物リストに「男」を追加したほうがいいかもしれない。

ヨルダン大使館とパキスタン大使館。旅の準備その②

ヨルダン大使館は永田町にある。
青山通りが谷底になったようなところから、少し入った路地。
人通りも少なく、静か。
高速道路の近くとは思えない、さわやかな一角。
同じ建物内にレバノン大使館もある。

小さな部屋の小さな受付窓口に申請書類と写真を一枚提出。
シングルヴィザは、空港などでも無料で取れるらしいが、
こちらで取れるものは取っておいた方がいいかなと思い、
申請した。
・・・・わけだが、翌日渡されたヴィザは、なんとマルチプルヴィザ
有難いけれど、大そうな(笑)。
オフィサーのサインが、名前+ぐるぐるマル印
これは一体どういう意味なんだろう?
その後も、他のアラブ人から貰った手紙などにも、ぐるぐるマル状の印を発見。
う~ん。どういう意味なんだろう???

一方、パキスタン大使館
広尾駅からしばらく歩き、有栖川公園を越えて、住宅地に。
坂もあるせいか、忘れ物などしたくない距離だ。
古い一戸建て。入り口を入ると、忙しそうな日本人の事務の女性がいる。
(わがままな人間たちにイライラしている風に見える彼女は、電話を取るのに忙しい。)
向かって左に待合室。
用紙に必要事項を書き込み、見直していると、
近くに座っていたパキスタン人男性が、質問してきた。
(事務手続きのことである。)
その後、「あなたはどこの人ですか?」と聞いてきた。
どこ・・・パキスタンのどこの都市ってことらしいが、パキスタン大使館で、
パキスタン人が何人もいる中、日本人がパキスタン人に間違えられるなんて!
・・・あぁ、また、辺境の人だと思われたのかな・・・。日本人だと答えるとへぇ~~~といった顔して驚いていた。
(驚く方がおかしい!!ここは日本なんだから!!)

三日後、また坂道を登って、パキスタン大使館へ。
ヴィザは緑色のシールに、日付を手書きで書いたもの。
航空券は、例のごとく格安で購入。航空会社はPIAである。
アルコールのサーヴィスがなくても、お酒を飲まない(飲めない)私には、
別に問題ではない。
機体がボロイ、機内が薄汚れている、機内食に妙なデザートや給食のようなパンが出る、
同じサンドウィッチが繰り返し出される。ということが、あまりお気に入りではない理由。
(メインディッシュはスパイシー系で、ピラフのようなものに何かのっかってる。
意外と美味しい(笑)。)

出来れば他の航空会社のものにしたかったのだが、安かったので、PIAにした。

憧れのRJ機に乗るまで。旅の準備その①

友達からは、「どうして、ヨルダン???」と聞かれた。
結構あちこち海外へ行っている友達さえも、
「危ないんじゃないのー?」。
確かに、イスラエルの隣で、湾岸戦争のときは上空をミサイルが飛び交っていたと聞く。
ちなみに、幾らなんでも、イラクとアメリカが戦っているような時に、
私が中東に行く理由はない。
ボランティアに燃えているわけでもなければ、
海外放浪しているわけでもなかったから。
というわけで、私がヨルダンに行ったのは、
前ブッシュ大統領と現在のブッシュ大統領による、
二つの戦争の間の、静かな時期であった。
(思えばいいタイミングであった。)

日本からの直行便もあるが、その時は、まずパキスタンのカラチに寄り道し、
そこでチケットを買うことにした。
なぜなら、中東の飛行機、特にロイヤル・ヨルダン航空に乗りたかったからである。
ロイヤル・ヨルダン航空は、日本には乗り入れていない。
別に飛行機ファンでもないのだが、機体がカッコいい!!
と思ったのが、乗りたかった理由である(苦笑)。

機体の上半分は紺色っぽい?ダークグレー。赤と金のライン。
尾翼に赤い縁取りと、王冠のマーク。
バンコクからも飛んでいるが、前に長期滞在したことのある
カラチ経由で行くことにした。

恒例の、地球の歩き方解体作業(笑)。
行きたい場所と必要なところだけばらして持っていく。
持ち物は、特に用意するものはなく、いつもの旅と同じ。
(しかし、その旅行で初めて、持ち物選択の過ちに気付く・・・。)
あぁ、成田!!
その前に、しなくてはならないことは、ヨルダンのヴィザの取得であった。

なんでまたヨルダン?

久しぶりに海外旅行、それも、ちょっと違ったところへ行きたいなぁ、と
考えて、選んだ国はヨルダン!

子供の頃住んでいたマンションに、トルコ人の子どもが住んでいた。
家族付き合いしていたこともあって、イスラムには少々慣れていた。
イスラムの国で行きたい国はたくさんある。
まず最初に行ったのは、トルコであったが、
次に行きたい候補国は、モロッコ、チュニジア、ヨルダン、アラブ湾岸諸国であった。

モロッコは、自分の友人の数人が何度か行っている。
以前に俳優座で観た「マラケシュ・エクスプレス」や、モロッコの紀行文。
友達の話。
それらから、何となく、自分のモロッコ像が出来ていた。
混雑。埃っぽさ。リゾート。紺色のヘナ。狭い路地。客引き。ナドナド。

砂漠を見つめながら、一日ただずむ人を見ていると、
自分の日常での些細な悩みなんて、ちっぽけに感じる。

これは友達の言葉。

自然の力、視界に広がる大いなるもの、
大抵それは、人間が作ったものではないが、時に、深い歴史が刻まれた造形物ということもある。
いずれにしろ、普段目にしないような、圧倒的な自然の背景は不可欠。
そのような状況で、よく聞かれる、感想。

アルプスの青い氷も、アクロポリスも、カッパドキアも、そんな気持ちにさせてくれた。
数々の遺跡、都市、絵画、田舎の風景。
そういうものも、もちろんいい。
けれど、私が見たいのは、空が、緑が、水が、それ自体生き生きしていて、
人間なんてとても及びのつかないような強さをもって
存在しているような場所。

水も緑も自分の周りにあるけれど、人間に汚染されて、
いいようにされている。
人間よりも、自然の力が圧倒的な場所へ行きたい!

とはいえ、虫が苦手で、岩を登るような体力もない私。
アマゾンやエヴェレストなんて行けない。
中国の辺境も憧れるけれど、トイレットペーパーをリュックに入れて
中国人のふりして旅する気力も、その時はなかった。
(大抵、疲れているときに旅に出るので。)
至れり尽くせりのツアーに参加する金もない。
というわけで、西欧や欧米よりも情報の少ない中東へ行ってみよう!
思いたったら、気持ちがそっちに突っ走ってしまう性分。

インディ・ジョーンズに出てきたあの風景を確認しに行こう!
という単純な理由で、ヨルダン行きを決めたのである。
プロフィール

しゅま子

  • Author:しゅま子
  • 33歳から、3人の子供のひとり親となり、40歳越え、現在43歳。40で、いろいろ考えるし、身体も変わると聞いていましたが、ほんとに変わってびっくり。成人の2回目のよう!
    と驚きつつ進みだした40代。文字通り、中年!40代だからこその迷い、多々あり・・・
最近の記事
フリーエリア
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム
最新コメント

Powered by FC2 Blog |

FC2Ad

| Template Design by スタンダード・デザインラボ