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言い訳(苦笑)。

去年まで、かなりのペースで更新していたこのブログ。
言い訳としては、一時期、ネットが使えなかったことと、
生活がまるで変わってしまったことがあります。

過去のことは、過去の生活とともに、なんだか終わってしまった気分。
色々な思い出が、一気に色あせてしまった感じ。
誰かと一緒に作った思い出というものは、その誰かと別れたとき、
こんなにも体を変えてしまうのか、、、、と思わずにいられない。
逆に、思い出がたくさんあるからこそ、離れ辛い、例えば、親子のように、とも感じる。

だからと言って、自分の世界を狭めるような人と一緒にいるべきだとも、思えない。
二人の関係を始めたときから、周囲の、私を思ってくれる人たちは気づいて、教えてくれていたのに、あまりにも長く、一緒にいすぎた。
その間に作られた思い出、大好きな旅の思い出さえも、
曇りの取れたレンズで見てみると、なんだかおかしなものだったことに気づく。
でも構わない。それはそれで。
自分がある人と一緒にいた期間は、自分の気持ちも、ある人とともにいたのだから。
ある期間、と割り切って、まぁ、そんなこともあったな、と
さらりと考えることにする。
その期間があって、自分がある、
旅を重ねて色んなことを知ったように、
ある人と一緒にいたことによって、何かしら貴重なものを
学んだわけだから。
どんなにひどく思えることでも、経験は無駄ではなかった、
そう思いたい。。。

つくづく、人生って、旅だなぁと思わずにいられない。
そして、今は、前に進んでいく旅の道中。

まだまだ、旅行する気になれないけれど、身近な旅のことでも書いていこうかな、と思っています。
その前に、中途半端になっているカテゴリを片付けるかな(笑)。
かなり、かいつまんじゃいそうですけど。

これからも、よろしくお願いします!
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思い出の、旅。

たくさん旅をしてきた。
旅の直後は、興奮冷めやらず、
ほんと、旅って大好き、
又行きたい、
生き返った~、
などなど思うわけ。

しばらくしても、
よかったね~、よかったよ~、
すっごくいいよ~
と、誰に聞かせるのか、
連呼する。

おそらく、
いい旅をしたということを
忘れたくないのだろう。
何も残らないように見えたとしても、
思い出は、自分の心の中にしかなくて、
儚いとしても、
ホントに行ったんだ、
あれは、「いい」旅だったんだ、
と、自分に言い聞かせたいのだろうか。

いい旅だったと判断するのは自分。
思い出したくもない、嫌な旅だと
思い込むのも、忘れ去るのも、
自分の頭と心の中でのこと。

凄くよかったと思えた旅も、
今ではすっかり、埃をかぶって、
疑問を生む。

ほんとに、いい旅だったのか?
そう思いたいだけ?

いい出会い、旅のプロセス、
そこにいた、自分。
それら全て、実体がない。
いくらたくさんあっても、
決して、手でつかめない。

前は突き動かされるように、旅に出ていたのに、
今はせいぜい、ぼんやりと思うだけ。

あぁ、行きたいな。。。って。
行きたいと言いつつ、たいしてそう思っていない自分に
気づいてる。

物を買うより、経験や、かけがえのない思い出のために、
お金を使いたい、そう思ってきた。
今もそういう気持ちは大いにある。

けれども、今は、旅も自分に新しい風を送ってくれるとは
思わない。
何度やっても、一度限りのすばらしい何かが、そして、
それがもたらす思い出が、
今の私を助けてくれることは、ないだろう。

そう思い込んでる。

気乗りしないまま、ぼんやりと、
どこかへふらり。
そこにある風景が、
そこを飾る背景が、
静かに
優しく、
何かを教えてくれるかも。

知ってる。
よく分かってる。
つもり。
自分は旅が大好きだって。
手のひらからこぼれ落ちようが、
詰めたはずの思い出袋の中が、気づかぬうちに、
スカスカになっていようが、
旅への想いを捨てることはない。

けれども、知ってる。
また一年過ぎ去ったと思うたびに、
自分が本当に欲しがっているものは、何なのか。

旅をしなくなって、ほんのちょっぴり、
気づいた。

自分が本当に、欲しいもの。
それが何なのか。


「あなた次第」と言われる訳。

何か、常に新しいものを求めている。
気持ちが揺さ振られ、
曇ったレンズをすっきりクリアにしてくれるようなものを。
時間とお金が使い切れないくらいあるならば、
きっと私は世界の隅々まで探しに行くだろう。

一度の感動は麻薬のように癖になり、
もっともっと欲しくなる。

しかし、それを求めれば求めるほど、
更に強い刺激でなくては
更に大きな感動でなければ、
効かなくなる。

本州の隅々を大慌てで駆け巡る旅。
短い日程で、強迫的に走り続ける旅。
そんなことを続ければ続けるほど、
大切なことをもっともっと失ってしまうような気がする。

現実をそのままに受け入れることから
どんどん遠のいていき、
最も近くにあり、最もエキサイティングなはずの
自分自身の人生に向き合うことから
かけ離れていく。


旅は本当に素晴らしい。
得るものは限りない。

けれどもここ数年の私の旅のやり方は、
何かおかしなものになっている。
このままでは、ただひたすら
幻の蝶を追い求め続けていくことになる。

気付いた時、自分の手の平の中には何も残らず、
心の空洞だけが
大きく大きく拡がっているのではないか?
自分自身がその空洞に飲み込まれるより前に、
ただやみくもに外へ掘り進むのではなく、
自分の内の、その空洞を埋めていくこと。


その為には今までのやり方ではダメだということだ。

旅は、現実逃避か?

私は、現実交換、と思いたい。
いつもと違う現実をじかに受け取ることで得られるもの・・・
新鮮な視界、初めての場所。
そこで何とかやっていくことで持てる、自信。
自分のいつもと違う面。ナドナド、きりがないが、
いずれにしろ、いつもとは違う体験が出来る。
けれども、その状況は、そちらの国の人にとっては、
「いつもの」ことで、自分だって、慣れてしまえば、いつものこととなる。
ただ、日本に帰りたくない、という理由で、
自分の生きる日常生活に戻らないとすれば、逃避、かもしれない。

今まで生きてきた場所が、何かの間違いであったかのように、
もともと、自分と相容れない、狂った場所だったという場合。
そういう人が、とても居心地のいい場所を見つけたなら、
本当は、そこで生まれるべく運命だった、ということもあるだろう。
そこがその人にとっての生きる場所だから、ずっとそこにいたとしても、
逃避ではない。

現実逃避っていうのは、現実から目をそらすことだ。
いつもと違う状況下で過ごすことで、
良くも、悪くも、何かしら受け取って、そこから得たエネルギーで、
前進し続けられるなら、旅は現実逃避の手段ではなく、
現実生活の立ち向かっていく為の栄養っていうことになる。
だから、人は、疲れた時、迷った時、
旅に出たくなるではないかな。


最近読んだ雑誌に、海外にこもる若者達のことが書いてあった。
確かに、海外に行った時、常に選択を迫られ、自分自身で選択していく
ことにより、自分の人生の手綱を自分で握っていると、感じられる。
そこが海外だから、その感覚は虚構であって、
あなたは現実から逃げて、人生ごっこをしているんだよ、
と、考える人もいるかもしれない。

たとえ、虚構であっても、今の日本では、
あまりにも人が何かに縛られて、
自分の人生の手綱も、他の誰かか何かに繋がれているのだから、
偽の感覚であっても、一時、
自分の人生を、自由に動かしている!
と感じたっていいじゃないか、と思う。
そんな感覚を繰り返し、感じることで、本当の人生を、本当に、
自分の思い通りに操れるようになるかもしれない。

プロフィール

しゅま子

  • Author:しゅま子
  • 33歳から、3人の子供のひとり親となり、40歳越え、現在44歳。40で、いろいろ考えるし、身体も変わると聞いていましたが、ほんとに変わってびっくり。成人の2回目のよう!
    と驚きつつ進みだした40代。文字通り、中年!40代だからこその迷い、多々あり・・・
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