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トルコで買ったもの。イスタンブルで思ったこと。

買ったもの。(日常の食料品は除く)

ロクム。ドライアプリコット。アップルティ。・・・お土産用。
プラスティックの調味料入れ。四つ。・・・自分用とお土産用。
モザイク模様の美しいカード。四枚。・・・これも、お土産。
下着・・・ブルサのバザールで。実用。
カッパドキアで、ざっくりした生成りに柄つきのウール製手袋と靴下。
銀のピアスと指輪・・・自分用とお土産用。
シルクの小さなカーペット(笑)。
シャンプー・・・日本から持っていったシャンプーは、水質の違いからか、泡立ちがとても悪く、イスタンブルで買ったベビーシャンプーは、カモミールの香りで、洗い心地もよかった。
石鹸、たくさん。・・・宿で洗濯していたので、しょっちゅう買いに行った。

そんなもんかなぁ。
旅はまだ続くので、壊れ物は買わない。

突然、頭の中が静かになった、空港の待合室。
しばらくの間、当たり前になっていた、友人たちとの交流が、
ぷっつりと消え去ったような感。
いつまでも、だらだらとそこにいたら、それこそ、現実逃避となってしまう。
だから、旅立ちは必要で、旅における別れは当然のことだと、
受け入れなくてはならない。
分かっちゃいるけれど、やっぱり辛い。
急に心の温度が下がっていくようだ。

イスタンブルで思ったのは、
情報の氾濫の中で育ってきて、ほんとに自分は、
物に飽き飽きしていたということ。
そして、物ではなく、人との暖かい交流に、
とっても餓えていたんだなぁ。
周りの人間なんてどうでもいいくらいの傲慢さだったけれど、
その実、やっぱり、欲していたんだろう。
そして、そこには、たまたまあった。
丁度自分にあう、自分が心を通わせられる友人との交流が。

私たちが、イスタンブルの宿を去る頃には、
一番長く時間を共有したメンバーたちは、順々に、
次の街へと去って行き、
不思議なことに、後からそこへやってきた人たちとは、
特に親しくなることはなかった。
タイミングが良かったのか?
出会いはやっぱり、運命的だと、思わざるを得ない。

次に目指すは、イタリア。
気分は下降気味(苦笑)。
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Mの巻。その② 旅の恋の片付け

******結論(何の?)*******

相手に求めるものってのは、人それぞれ違う。
人との出会いも、運命といえば運命で、
その中から、丁度自分がフィットする相手、
相手を変えようとしなくても(人間、そう変わんないでしょ。)、
もともと、合う相手に当たることは、
ほんとに確率低い。
そういうレアな出会いだったからこそ、後を引いたのかも!?

Mと、最初で最後、二人だけで、夕方の街に出かけたことがあった。
いつも一緒に寝てるのに、不思議なくらいMは緊張していた。
次にどこへ行こう、何か買おう、ナドナド、選択する時、
すごく、落ち着かないのである。
ヘマしないように、必死という感じ。
緊張して、トイレにさえいけない程(後で、慌ててトイレに走るM(苦笑))
である。
通りを歩いていても、周りの男を警戒してるし。

夜、二人で話したりしてはいたけれど、やっぱり出会いどまりで、
お互い、ほんの少ししか、相手のことを知らなかったんだなぁ、
と思った。
知っていくことは恋愛の大切な要素。
最後の最後になってやっと二人は、
名前のある男と女としてのスタート地点に立ったのではないかと思う。

イスタンブルを経つ朝、
Rは寂しそうに(真面目な面持ち)で見送ってくれたが、
Mは、いくら声をかけても顔を上げなかった。
少年の頃に水の事故で友人を亡くしてから、
海や湖が怖くてたまらなくなったM。
別れが辛くて起きれなかったのか、爆睡していただけなのか、
分からない。
もちろん、前者だと思いたいけれど(笑)。

帰国後も何度か、手紙でやり取りした。
スタンダールの結晶作用。

卒業後に再びトルコへ行くつもりが、その少し前のお正月頃、
他の男と出会ってしまった。
会えないイイ男と、会えるバカ男。
・・・・・あ~ぁ。

彼からの手紙にあった言葉。
You'll have to come back to Turkey
to get the dirty details of my life,
but I guess we'll have to wait.
それは宙に浮いたまま、どこかへ消えてしまった。
思い出だからこそ、好きな形で、好きな状態で置いておける。

それで良かったのだと思う。
知れば知るほど、ガッカリしたかも(苦笑)。
考えてみたら、結構情けないんだもん。
(「可愛い~」と思える私ではないんで。
顔は可愛くてもいいけれど、
性格は、大人であって欲しい!!)
長く付き合ってたら、「しっかりしてよ~!!」
と、言いたくなりそう(苦笑)。
会話がお互い母国語でなかったから、
きっと、知らずにすんだことが一杯あるんだろうなぁ。


本当は真面目な田舎の男の子。なのに、背伸びしているM。
自分を偽っている現実と、本当の自分の隙間を埋めるために、
チョコで誤魔化しているように思える。

本当の自分の魅力を鼻で笑っているようだった。
確かに頼りないところはあったけれど、
彼には他の人にない独自の魅力があるのに。
今頃、どうしているのだろう。
田舎の優しく綺麗な女の子と、幸せに暮らしているのかな?
それともイスタンブルで、そのまま流されてしまったか。
いずれにしろ、あんまり自分をいじめないで・・・。



***失礼しました***
幾度か私小説化しましたが、お陰様で、片付きました。
多分あと一回で、イスタンブル編は終わります。
おつきあい、有難うございました(笑)。
あ、ブログはまだまだ続きますよ!

Mの巻。その① 検証!?後引いた理由。

たまたま一緒にいることとなったM。
旅のあいだということを考えると、恋愛関係とは
いい難いように思う。
知り合いの男が言っていた、
「彼女は欲しくないけれど、出会いは欲しい。
なぜならやっぱり、男だから(笑)」


Mとは、「出会い」期間が長かっただけで、やっぱり、
恋愛じゃぁないなぁ。
それなのに、後を引いた。
なぜかというと・・・・

自由に泳がせてくれる。

昼間、Mは、カーペット屋に行っているのだが、
その間、私が何していようと、あまり気にしていないようだった。
やきもち焼きなのに、「どこ行ってた?」とか、うるさくない。
昼間、店の方へ来いとは言われたけれど。(仕事にならん)
宿の中では彼女状態だが、やはり、
真剣に付き合うあっているわけではないから、
~しなくちゃならないってことがなく、楽だった。
(無責任な関係。こういうのは愛って言いません。)
「どうしていつも、足を組むの?」
と何度か聞かれたけれど。
トルコの女性は足を組んで座らないってことはないだろうに・・・!?

甘えたい時に甘えられる。

雪の中を歩いて、店に行った時のこと。
びしょびしょになった、ショートブーツを、
ストーブの前にかざして乾かしてくれた。
日本人と外国人の違いってことではなく、
そういうことしてくれる人って、かなり少ないと思う。

びしょびしょの彼女の靴を、男が乾かす?!

べたべたするわけでもなく、なんか嬉しそうに、
こっちへおいでよ~と抱き寄せたり、膝に乗せたりする。
(親しい友人と一緒のときか、他に人がいないときだけ)。
強引に扱われるのが好きな女の子もいるだろうけれど、
やっぱり、丁寧に扱われていると思うと嬉しい女の子の方が
多いんじゃぁないかな。

色々、女の為に良くしてやったとしても、
「よくしてやってるだろ!」とオレ様っぽく言ったり、
むすっとしていて、嬉しいんだかうざいんだか分かんないって人より、
やっぱり、嬉しそうにしているほうが、こっちも嬉しい。

(女が嫌がってるのに、公衆の面前で、彼女のお尻を触る奴は、
嬉しそうにしていても、ぶっ飛ばしたくなるだけだが。)

男で料理好き
しかも、気負わずささっと、何か美味しいものを作ってくれる。
これは高得点。
それも、わざとらしさや、おしつけがましさがなければ、減点なし。
(Mは、大学休学中・・・多分、戻らなかっただろう。・・・だったのだが、
レストランやら、カーペットやらで働き、
そこで提供される部屋に寝泊りしていた。
その後、また、コックの仕事に変えたらしい。料理好き。)

冬のイスタンブルはとても寒いのだけど、
夜、布団の中で冷たくなった私の足を、
Mは自分の足で優しくこすってあっためてくれた。
これは、ヤバイ。すごく嬉しい(笑)。
足があたっただけで、「冷たいんだよ!」と目ぇむいて、
離れて寝る奴もいるもんね。
やることやったら用はないってわけ?
そういう奴は、大抵、オレ(様)に迷惑かけんなよ的性格
(それでいて、周りには迷惑かけまくる)の男で、
世界中に、多く生息している。(現実見聞&映画鑑賞より)

嘘つき靴磨きオヤジを言い負かす。

客引きたちの生態もつかめてきて、
欲しいものをどこで買えるかわかってきて、
地図なしでも、うろうろできるようになって来た。、
スルタナ・メフメット地区。

ある日の午後。
通り沿いにあるベンチに座り、T子とのんびりしていた。
そこへやってきたのは、靴磨きのおじさん。
最初に、靴磨きを必要としていないかといったことを聞いてきた。
当然、断る。
すると、安くするからと、しつこい。
物凄くしつこい。
そのうち、「じゃぁ、わかった。特別にタダだ!」と言い出した。
そんなの嘘に決まってる。

タダでも要らんと言ったのにもかかわらず、
強引に、人の足を台にのせて、靴磨きを始めてしまった。

・・・・。あとで、なんて言ってくるつもりだろう。
磨きながらも、「日本大好き」とか、わざとらしい文句を並べる。

ざっと、両方の靴を磨き終えた。

そして、お決まりどおり、さっきの話はなんだったのと思うくらい、
当然という態度で、お金を請求してきた。

その額が幾らだろうと、問題ではない。
嘘ついて、後から金!ってのは、あきらかに詐欺ではないか!

そして、私たちには時間がたっぷりある(笑)。
急ぎ足の旅行者ではなかったから、交渉だの苦情だの、
金で済まさなくても、文句たらせばいいのである。
(時と場合によるけどね。)

「・・・あなた、さっきタダって言ったでしょ。」
相手はすっ呆ける。
「日本人大好きとか何とか話してたけれど、それで、
日本人騙すわけ?」
それでも、相手はしらんふり。しつこく金だけ要求してくる。
「私たちはあなたのこと信用してたのに、こんなことになって、
すごいショック!!」
相手がだまった。
トルコ人って、大嘘つきなの?・・・ショックだな~、ほんとに。」
ナドナド。
そこで、彼は、もういいよ・・・と去って行った(笑)。
我ながら、馬鹿ばかしいセリフであったが、彼の良心に訴えることは
出来たらしい。

本当にこれは場合によるけれど、どこの観光地でも、
地元の人の尊厳を貶めない為にも、お金を渡す時には
慎重に・・・。
もともと物乞いに、簡単にお金を渡していたのは観光客。
物乞いが観光客に寄ってくるのも、無理はない・・・・。

久々に日本人と交流!?

珍しく、日本人のバックパッカーがやってきた。
小柄で長髪の、美術系の男。
T子の好きなタイプだった模様。
ちょこちょこ話しかけて、親しくなっていた。

あまりにも道を外れすぎていた私と違って、
彼は、T子を安心させてくれたのではないかと思う。
ある日、彼が、イスタンブル在住の知人を尋ねると言うので、
ついて行くことにした。

船に乗って、知らない場所で降りて、乗り合いタクシーをつかまえる。
そうして着いたのは、こざっぱりとした住宅街。
マンションに住んでいた「知人」は、見るからにインテリっぽかった。
歳は三十代前半くらいか。もっといっていたかもしれない。
モノトーンの服装と、涼しげな容貌。
こちらで、政治小説の執筆中だという。
少し後で、日本から婚約者が来るらしい。
優雅な生活だなぁと、羨ましく思った。

もう一人の客人は、カメラマン。
イスタンブルで撮った、美少女の写真を見せてくれた。
その、少々いやらし気なおやじは、トルコ娘に夢中なよう。
プリントに写っていたのは、本当に可愛い、
イスタンブルならではの、西洋と東洋の混ざったような顔立ち
女の子。はにかみながら、ポーズをとっている。
内心、「このスケベ爺!」と思う。

夕方、宿に戻った。
T子を気に入っているRが睨んでいた。
彼女と、そのバックパッカーの関係については、
私の気になることではなかったのだが、
Rは気になったらしく、時折、
「あいつとT子はどうなってるんだ?」と聞いてきた(笑)。
そういうときには、すっ呆けるに限る。

イスタンブルに戻った後の、最高に自己嫌悪な出来事。

カッパドキアの話に戻ります・・・。
二日目のへとへとハイキングからホテルに戻り、
その日のうちに、イスタンブルに帰ることにした。

がらがらの土産物屋で、ウールの靴下と手袋を買った。
生成りでざっくりしている。
帰りのバスに乗り、今度は緊張感もなく、放心状態
シートにだらりと座っていた。
出発までのひととき。

T子が唐突に話し出した。
「帰ったら、Cをもてあそぶのは止めなよ。
Mも可哀想だよ。」

普段、妹役に徹しているT子が、そういう意見をすることは、
珍しい。
私と違って、反射神経がよく、気がきく彼女は、短距離型の性格で、
普段は、のんびりしており、いざという時に動けるタイプだ。
でしゃばらないけれど、よく観察している。

Cにしろ、Mにしろ、二人ともそんなにやきもち焼くほど
私との関係を考えているとは思っていなかった。
だから、T子にそんな風に言われるのも、あまりピンと来なかった。
ただ、私の思考は何処かずれていることがよくある。
現実的な彼女が言うのだから、その通りなのかもしれない。
帰ったら、大人しく、M以外の男と関わらないようにしよう・・・と思った。

朝焼けの中、スルタナ・メフメット地区を横断して、宿に戻る。
まだ、M達は寝ていた。
布団にもぐり込み、もう一度寝ることにする。
昼近くになって、起きてみると、Mは仕事に行っていた。
彼の職場であるカーペット屋に行ってみる。
まだ、頭がぼんやりしている。

三日ぶりにあった彼は、妙に浮ついていて、私がいない間に
何かあったのかと思うほど、ご機嫌だった。
寂しがれよ!(あ、帰ってきたから、寂しくないか。)
その日の夜のことは、どう頭を整理しようと思っても、
断片しか、思い出せない。
再会を喜び合って?羽目を外してしまった。

T子はRと前に行ったクラブに出かけた。
私とMは部屋に残り、二人でのんびり遊んでいた。
煙を吸い込んでいるうちに、久々にtripしてしまい、
意識は朦朧・・・。


数時間後。
友人のH(ハンサムで遊び人タイプ)ともう一人顔見知りの男が
押し入ってきた。
誰もが正気ではなかったと思う。
やはり朦朧としていたMは部屋から追い出され、
どうしてそうなったのか、まるで分からないのだが・・・。
(以下省略(苦笑)。)


朝起きてみると、隣に寝ていたのはMだったが、
テレヴィジョンルームに行ってみると、人がゴロゴロ床に寝ていた。
どうやら、おかしくなっていたのは、自分たちだけではなかった様子。
起きてきたT子に、「夕べ、何かあったの?」と聞かれた。
「・・・なんかね。」
記憶の断片を伝えると、彼女は驚きを通り越して、呆れていた。

午後、Hに会った。
彼には、婚約者がいることは周知のこと。
いつも自信満々の皮肉屋のくせに、その時は、
目を伏せて、謝ってきた。
お互い、しらふではなかったから、責めようもない。

Mの気持ちが気になったが、友達のはずなのに、
力関係的にHが上(そう見える。)な為か、
Cの件のときのように怒ってはいなかった。
我慢していたのか、事実を知らないのか、
ぶっ倒れていて、まるで記憶にないのか・・・?

私の方はショックを通り過ぎて、
感覚が自動的に麻痺してしまったのかもしれない。
記憶に伴う感覚をゴミ箱に突っ込んだ。

その日以降、荷物置き場と化していた、当初から借りていた部屋は
引き払った。
T子と一緒に、MとRの部屋に移ったのである。
狭い部屋の片隅に荷物を置き、
トイレもシャワーも共用のものを使うというのに、
したたかなRは、「前の部屋の半額は払ってね。」。
ベッドが二つあるだけの、管理人部屋だっていうのに!

・・・Mと残りの日々を、大人しく過ごしたかったので、
渋々、了解。

断食青年とブルサヘ。キュートなお母さん&街を散歩 その②     

その夜の料理は、イスタンブルに来てからしばらくたっているというのに
今まで見たこともないようなものだった。
色とりどりの野菜を使っているが、味はとてもシンプル。
人参と、輪切りの長ネギと、お米をスープ煮にしたものが、
特に気に入った。組み合わせが新鮮。
野菜の風味で、こんなにコクが出るものなのか?!

鮮やかな濃いオレンジ色のネーブル。
小さいけれど、強い芳香を出しているリンゴ。
どちらも、日本にあるものだが、味が全然違う。
ヨーロッパでリンゴを食べたときは、かさかさしていて、
あまり美味しく感じられなかったが、
トルコのリンゴは、甘みが濃くて、しっとりしている。
柑橘類も同様。とにかく味が濃いのである。
今までで、一番美味しいリンゴとオレンジ!だと思った。

食後にBのお母さんが、アルバムを見せてくれた。
ご主人らしき写真がある。
お母さんは、お父さんをとっても愛しているんだよ、と、B。。
・・・お父さんはどこ?
なんと、服役中だという。大麻栽培で(苦笑)。
そんなことは、彼女にとって、大した問題ではないようで、
夫の写真を見ながら、うっとりしていた。
可愛いお母さんである。

Bの家で、特に不自由なことは感じられない・・・
と思いきや、肝心なところ、
トイレ(洋式もあった。)の水が流れない!
幸い、使う前に分かったのだが、どこか壊れているようだ。
取り合えず、バケツに溜めた水で対処。

その晩は、すぐに布団に入った。
深夜(というか、明け方)、夢の中で、Bとお母さんが動き回っている・・・?
彼らは、日の出前に、イスラムの断食前の食事とお祈りをしていたのである。
あまりにも眠くて、起きる気にはなれず、目の端っこで、薄ぼんやりと
二人が動くのを見て、再び眠った。

自然に目が覚めたのは、昼前で、珍しくたっぷり寝た。
イスタンブルでは考えられない(笑)。
Bと一緒に、ブルサの街を見に行くことにした。

建設中のモスク
静かな路地を抜けて、入ったところにあった。
美しいタイルは貼りかけであった。

繊維製品の多いバザール。
下着を買ったが、予想以上に縫製が良かった。

古いモスク。
どうやらブルサの観光スポット。
周りは人が多くて、気をつけないとはぐれそう。
混んでいても、イスタンブルとは、まるで雰囲気が違う。
地元の人が多いせいか?

温泉地であるブルサのハマム
Bの教えてくれたハマムは、ヨーロッパのスパかと思うような
綺麗な施設で、浴室も、総大理石である。
着替えをする個室もある。
ただ、期待していた垢すりとマッサージは、大したことなかった。

お母さんに会いに来たんじゃなかったのか?
Bは、私たちと一緒に、イスタンブルに戻るという。あっさりと。
ま、そんなものでしょう。
お母さんが来いって言うから、来てやったぐらいの帰宅。
突然押しかけて、さっさと帰ってしまう私たちに、
Bのお母さんは涙ぐみながら、抱きしめてキスしてくれた。
その頬は、今まで触れた事もないくらい、柔らかで潤いのある肌だった。

断食青年とブルサヘ。お宅拝見&家庭泊。その①

昨日に続いて、カッパドキア行きより前のお話。

早稲田に留学していたというおじさんのカーペット屋で会った、B。
一人断食中だった彼は、見るからに、真面目で、幼い感じがした。
大事に育てられた息子、といった風である。
彼が、イスタンブルから少々離れた街、ブルサの実家へお母さんに会いに行くという。
良かったら、来る?と誘ってきた。
早稲田おじさんも、「行ったらいいよ!!普通の家庭の様子が見られるし!」
と勧めるので、T子と一緒に、Bの田舎へ行くことにした。

イスタンブルから高速船に乗り、一時間。
Bにお任せ遠足なので、どこをどう行くのか、分からず。
船を下りたところに、魚屋があった。
Bが、お母さんに買って行く、と言うので、
ちょっと、寄ってみる。
馬鹿でかい、ぬめっとした魚が吊られていたり、並べられていた。
Bが、サバを買おうとして、店の人に値段を聞いてみたが、
予算オーバーだったらしく、買わなかった。

少しお腹がすいていたので、近くの食堂へ寄る。
豆のスープを食べた。
Bは、いまいち、元気がない。
理由はどうやら、高すぎる魚のせいのようだった。

一時間ほど、ブルサ行きバスに揺られ、
中途半端な狭い道で、降りた。
そこからBの家が近いという。
ぬかるんだ斜面を少し登ると、小さな集落があった。
その中のひとつが、Bの実家である。

家の中に入ると、Bのお母さんが迎えてくれた。
スカーフを被り、長いスカートを履いている。
優しそうで、素直な感じのする色白なお母さん。
日本人の女の子二人の来訪にも、
大して驚いている様子もなかった。

夕方になる前に、ちょっと親戚にところに行こうと、
Bが言い出した。
近所は親戚のうちばかりだと言う。
家の目と鼻の先に、親戚の家があった。
通された部屋は広く、カーペットが何重にも敷いてある。
大家族で住んでいるようで、紹介されても、混乱した。

そこの娘も、カーペットを織っているらしい。
指が細いから、細かいデザインのカーペットを織るのに適しているけれど、
目がとても疲れるとのこと。

敷いてあるカーペットの何枚かは、家に代々伝わるアンティーク。
何代前かのおばあちゃんが作ったという。
そうして、カーペットは、子孫へと渡されていくといった話を聞いた。
装飾品としてのカーペットではなく、
ここでは本当に、文化的なもの
なんだなぁ、と思った。

お客さん状態に疲れてきたが、その後にも他の家に連れて行かれた。
そろそろ帰ろうよ、とBを促し、帰宅。
その頃には、Bは、ただの駄々子坊やだということが分かってきた。
優等生タイプで、シャイなところもあり、まぁ、害はないんだけれど、
とにかく子供っぽくて、自分の思い通りにならないと、ふてくされる。
私は、そんなの無視なので、BはT子になついていた。

どうして、水パイプを見に行かなきゃいけないわけ?

話が前後してしまうのだが、(後から思い出した・・・。)
今日は、カッパドキアに行く前にあった話。



ある日の夕方、暇そうにしていると、Rに、
「水パイプでも見てくれば?」と言われた。
Rは、夕方以降忙しいので、Rの友達のHとAと一緒に
出かけた。
どうして、水パイプなんか見に行かなきゃならないの~。
興味湧かないんだけど・・・。
と、思いつつ、T子と一緒に、彼らの後をついて行く。

スルタナ・メフメト地区のメイン・ストリートから少し入ったところに、
温室のような建物があった。
中に入ってみると、おじさんたちがぎっしり。
トルコでも、水パイプは有名らしく、外国人向けのカフェもあると
聞いたことはあったが、そこは、地元の人用みたいだった。

一応、カフェのようだが、殆どみんな、水パイプを吸っている。
冗談のきついHに、「試してみなよ」と、言われたが、遠慮して(苦笑)、
お茶だけ頼んだ。
何より、周りの視線が!!
おじさん達、みんな、こちらを見ているんだもの。
そんなところで、水パイプなんて試せませんよ。

遊び人のHは、そんなことまるでお構いなし、という感じ。
おじさん達の視線を避けながら、お茶を飲んで、早々とそこを出た。

帰り道も、Hのきついジョーク連発でいじめられる。
Mがいないのをいいことに、からかっては、大笑いしている。
超美形で背の高い自信家のHに仕返しすることは、
その後も出来なかった。

そんなHも、兵役はめちゃくちゃ怖がって、
「死ぬかもしれないじゃん!!」。
ニュージーランド人のお嬢さんと婚約しているらしいが、
兵役逃れる為じゃないのぉ~???と、思わずにいられない。

Hも、例に漏れず、悪評高き、イスタンブルのカーペット屋で働いている
MとAも同じ。
Rの働いているホテルのオーナーの店なのだが、
ちゃんと働いているのか、怪しいもんだ。
Mはまるでやる気ないし(押しが弱い)、Aはまだ高校生。

Hだけが、したたかな客引きタイプ。きっと、色気とジョークで
女の子をたぶらかして、カーペットを売りつけているに違いない!
あいつを敵にしなくて良かった・・・とつくづく思った。
(他の、顔見知りの客引きに、「Hと友達だよ。」と言ったら、引いていた。)
私たちが(というより、私?)、少々変わりもんで、
ほんとに金の余裕がなければ、あっても引っかかりそうもないと思ったのか、
私たちにカーペットを売ろうとすることはなかったが。

日本語が出来たら、奴は最悪の客引きになることだろう・・・。

ホテル主催のとんでもなくハードなオプショナル・ツアー!その②

やっと、開けたところに出た。
そこには切り立った岩壁があり、あちこち四角く切り取られている。
昔、キリスト教徒の隠れ家的場所だったエリア。
岩中の教会の見事なヴィザンツ画や、微妙に違う壁画の美しいデザイン。
奥さんは、これを見せたかったのよ、という風に微笑んでいた。

羊飼いのおじいさんと、坊主頭の子供達が、羊と休憩していた。
子供達は高い位置にある洞穴住居の入り口まで、猿のように登っていく。
そして、そこからジャンプ!
歳は、5,6才だと思う。いわゆるトルコ人顔の子供達のなかに、
ロシア人のような顔立ちの子も、数人。
しばし、ガイド役のように、私たちを率いてくれた子供達に、
ポケットに入っていたお菓子をあげようとすると、
少し笑った顔で、首を振った。
ここでは、小さな子供達も、断食をしているようだ。
食べていないとは思えないほど、元気であったが。

再び、細い小道を歩く。
サンタさんと仲間のおじさんのテンションが上がって、
しょっちゅう、こけそうになる。

巻き込まれて踏み潰されないように、少し距離を開けたくなった。
小道は突然終わり、目の前に、コンクリートの小さな橋が
現れた。
スカーフにロングスカート姿の女性が二人、
水を汲んだバケツを持って、去っていくところであった。

少し離れた前方に、白っぽい壁の住居が幾つか見えた。
「ここが終点よ。」
だいぶ前を歩いていた、奥さんが、待っていた。
ここからまた、引き返すのだろうか?
は~。厳しいなぁ。トレッキングを通り越して、
ロック・クライミング入ってるよ・・・・。


その時、さっきのワゴンがやってきた!
ホテルのご主人が、近くで待機していたらしい。
・・・よかった~!!
ほっとして車に乗り込む。

車は次に、ウチヒサールへと向かった。
尖ったちいさな岩山が、うねるように連なっていて、、
見ているだけでも吸い込まれそう・・・・。
実際、その周辺に住む人々は、
日頃から気をつけているから、落ちることは
少ないという。

地下都市見学・・・。
蟻の巣のような地下通路は、ほんとに
驚くべきものであるはずが、
ウフララ・ヴァレイの後では、
なんだか、物足りなく感じられた。

やはり、体を使って、自然の中で見つけたもの、
自然と人工物が、うまく調和して、
それが突然視界に入った時に、
はっとするようなものが、私は好きだ。


その後、車に揺られてずーっと走る。
周りの景色があまり変わらないせいか、
どこまでも行くような感じ。

「あれは、トルコの富士山よ。」
富士山と似たような形の山を、奥さんが指差した。
まるで違う風景の中に立っている、ミニ富士山・・・。

キャラバンサライに着いた頃には、もう、日が落ちはじめていた。
みんな、もう疲れて、帰りたいくらいだったかと思うが、
奥さんが、是非、みんなに見せたいと思う場所のひとつだったよう。
他に誰もいないキャラバンサライは、青空をしょって、
ぽつんとそこに残されていた。

夕日が壁に当たって、更に美しく見えるはずなのだが、
あまりにも、寂しげで、死んでいる感じのほうが強い。

昔、この辺りは、丁度この時間、賑わったのだろうと思うと、
シルクロード全盛期を考えずにはいられない。
色々な人種、溢れる色彩。
その時代よりも進歩したはずの自分たちの生活。
しかし、私の想像の中のキャラバン・サライの方が、
ずっと魅力的に思える。
今現在とのギャップが激しすぎるあまりに、
考えるのが、辛い。

じっくり、そこの空気を感じる時間がなかったのは残念であった。
車は太陽と競争するかのように、ホテルを目指して、走る。

ホテル主催のとんでもなくハードなオプショナル・ツアー!その①

朝、ホテルの奥さんにレストラン(ホテル内の食堂)に集まるよう、
言われた。
一体どんなツアーなんだろう?
ツアーが始まりそうな気配はない。


しばらくして、サンタクロースのような髭をして、三角のニットの帽子を被ったおじさんや、
仲間のおじさん、そして、おとなしめの観光客数人が現れた。
静かなホテルの、どこに人がいたんだろう、という感じ。
おじさん二人は、馬鹿でかい。
アメリカ人であった。
小さめのワゴンに乗って、ホテルの奥さんをガイド役に、出発。

最初に寄ったのは、なぜかパン屋。
ひとけのない店。パンなんて売ってるのかなぁ?
奥さんと一緒に、店内に入った。
薄暗い店の奥から、店員らしきおじさんが出てきた。
太めで短いフランスパンのようなパンを幾つか買った。
それと、ヤギの白チーズ。

買ったその場で、奥さんはナイフを取り出し、
大きなパンをまず、半分に切り、
それから、チーズをはさむ為の切れ目を入れた。
チーズを適当にスライスし、パンの間にはさんで出来上がり。
それが、今日のツアーのお弁当らしい。
出来たサンドウィッチは、やはりその場で配られた。

車から降りて、急な斜面を歩き始める。
足元は、小石。
周りには、石造りの小さな家が幾つかあった。
子供達が、私たち一行をものめずらしそうに見ている。

慌てて、奥さんについて行く。
今度は、急な下り坂。
周りには家もなく、前方は断崖絶壁!
ここからが始まり。
ウフララ・ヴァレイのピクニック、
というより、トレッキング・・・!


雪が残っていて、滑りやすいのだが、
奥さんは、さっさか下っていく。
切り立った崖の下方に、冷たそうな小川。
私の前を歩いていた、でっかいサンタ風おじさんが、
突然、こけた!!

あ!っと思った瞬間に、自分も滑った・・・。
サンドウィッチを持っていた片手。
泥の上に手を突きかけた。
派手につるっと行った割に、セーフ。
ジーパンとコートに泥がついたものの、
サンドウィッチは、無事!?
ではなかった。


三分の一くらい、泥がついていた。
その日の大事な持ち物は、それだけ。
食事らしい食べ物もそれだけ。
泥のところだけ、取って、残りを食べる。
見た目によらず、美味しい・・・!

自分の前を行くサンタさんが、はしゃぎながら進むので、
こっちも楽しくなる。
しかし、彼がしょっちゅう、転びそうになるので、
こっちもヒヤヒヤ。
しばらく、潅木をよけながら、
小川の脇の小道を進んでいった。
道はきちんと続いているわけではない。
小さなジャンプで飛び越えたり、用心深く足元を確認したり
しながら歩くのは、結構緊張して、疲れる。
奥さんは、軽々と進んでいく。

ついでに廻ってやろう、ゼルヴェまでヒッチハイク。

ギョレメできのこ岩見学をした後、歩いて戻るのも
うんざりであった。

爽やかな空気。
気分は、あんまり爽やかではない。
少々、疲れた。

まだ、日は高い。
静止したような背景が、私たちを
傍観している。

歩いても歩いても、少ししか進んでいないような気分。
横を軽トラが通り過ぎていった。
あ、その手があるじゃん!!
急に元気になって、次に来る車を待つ。
・・・なかなか来ない。
来たら、車種は何だっていい。

車が来て、こっちの合図に気がつけば、乗せてくれた。
乗用車でも、軽トラの荷台でも。
スピードが出ていたので、あ~ぁ、行っちゃった、と思っても、
引き返してくれた人もいた。
のどかな場所だからこそ、出来るのだろう。
癖になる。

車では、ほんとあっという間。
ゼルヴェに着く。
ギョレメより、野外博物館といった感じはする。
ここも、人がいない。
地面と、空。その境は尖った岩山の集まり。
青と、残雪の白、そして、土と山のトーンの異なる茶色。

スター・ウォーズ的風景。
(インディ・ジョーンズを見たときは、ぺトラに行きたくなった。)
しかし、ずっと続いていくかのように見える映画の風景とは違って、
広くても、何か、
「ここは、観光スポットです。」という、見えない区切りがある。
日本の鳥取砂丘のように。
確かに広いけれど、テレビで見るよりは、スペース的に小さく感じる。

ゼルヴェの岩の家のくりぬかれたスペース(部屋か。)をうろちょろしてみた。
登るのも、楽ではないし、フロアから隣のフロアへ行く通路も狭い。

一度登ってから、忘れ物を取りに行ったり、他のお宅へ届け物、
なんてときも、大変だったんじゃぁないかな。
向かいあう岩山の家まで、遠いなぁ。

昔の人たちは、大きな声で呼び合っていたのかなぁ。
・・・結構、想像が膨らむ楽しい場所である。

教会になっている岩壁を見たり、
洞穴住居の天井の穴から、青い空を仰いだり、
しばらく遊んだ。
しかし、広くて疲れる・・・。
そろそろホテルに戻ろうか。


夕方。
ホテルの近くにある小さな広場には、
お年寄りやら子供達が出てきて、道沿いに座ったり、
話しをしていた。ロバもいた。
そういえば、ここへ来てから、女の人の姿を見ていない
(ホテルの奥さん以外の。)
田舎だから、イスラムの慣習が厳格なのか、それとも
断食月だから、日没後のご馳走作りに忙しいのか?

ホテルに戻って、部屋に入ると、すっかり冷え切っていてびっくりした。
夜、眠れるかなぁ・・・。静かだけれど、寒すぎる。
白い壁に茶色のペンキで丸とかバツの模様がちょこちょこ描かれていた。
強いて言えば、オキーフ風?!

トイレに行って、ついに発見!トルコ式トイレ!
和式に似ているけれど、和式の前の部分はないので、
ただの長方形の凹みと普通の丸い排水口。
その両脇にある、ギザギザつき足置き(同じ、陶器で一体化している。)が、
ちょっと珍しかったが、後によその国でも似たようなものを結構見かけた。

疲れていたせいか、二人ともぐっすり寝入った。
明日は、朝から、ホテル主催のオプショナルツアーがあるという。

し~ん、ていう音がする。きのこ岩まで3キロお散歩。

小型バスを降りて、小さな村の中を真っ直ぐ歩く。
Rに渡された、よれたチラシの地図を見ながら、
今夜の宿を探した。
なんせ、小さな村なので、すぐに見つかった。
昔のヨーロッパ映画に出てきそうな、田舎。

雪が残る殺伐とした庭。
平屋と二階建ての建物が、句の字型に庭を囲んでいる。
薄いトタン屋根に下がっている、細い氷柱。
明らかに自分たちで塗ったと思われる白い壁。
四角い窓の周りに、カラフルな星や月、花の絵が描いてある。
虹と雲の下にきのこ岩のイラスト・・・。

ホテルのオーナー夫妻は、口数の少ない痩せたトルコ人のご主人と、
アイルランド人の元気な奥さん。
彼女はすらりとした体に、オーバーオール姿で、ヘアスタイルは、
ゴダール映画のヒロインみたいであった。
多分、元(現役?)ヒッピーかな

お昼を廻っていたので、ちょっと近場まで散歩に行くことにする。
奥さんがくれた、カッパドキアの簡単な地図(手描き)を見る。
きのこ岩まで3キロとある。
「これって、近いのかな?歩いて楽に行かれる?」
「大したことないわよ。行かれる、行かれる。
そうよね」と彼女がご主人の方を見ると、彼も頷いていた。


では、行ってみようか。
Pも誘ったが、夕べのバスでよく眠れなかった(寝てたぞ~)らしく、
部屋でゆっくり休むという。

村を出て、ただひたすら、周りに何もない道路を歩き続ける。
黄色っぽい砂茶色の地面に残る雪。
空は、青い。

まだつかないよ~、ほんとに3キロ?
(恐らく、3キロ以上)
真っ直ぐ歩いてきた道を右折するところまで来て、ちょっぴり休憩。
道路の真ん中に座り込む。
誰も通らないなぁ。
T子が、昨日の残りのピスタチオの袋を取り出した。
中を見てみると、割れ目の入っていないものがたくさん残っていた。

そこら辺の石を持ってきて、道路の上に置いたピスタチオの殻を割ってみる。
力加減が難しくて、中まで割れてしまう。
それにしても静か。何にも音がしないのである。
自分たちが出す音以外は。
漫画に出てくる「し~ん」という文字。
そう、本当にそこは「し~ん」としていた。

ピスタチオ割りに飽きて、再び歩き出した。

ふと見上げると、きのこ岩。
下から見上げるきのこ岩は、高く高く、
青い空と眩しい日差しの中を生き物のように立っていた。

頭を冷やしに!?カッパドキアへ。

ちょっと逃げ出したくなって、当初から行きたいと思っていた
トルコ内旅行に出かけることにした。

めぼしいところを全て廻るつもりだったのだが・・・

パムッカレ
冬はあんまり水がないよ
ひからびたパムッカレは、ちょっとなぁ。
(実際、そんなことはないらしい。)

エーゲ海沿岸は、前にギリシャ旅行で散々見たので、
冬に行くこともないなぁ。

中央山岳地帯は、
ゲリラがいるし、雪で封鎖。

東の方は、
クルド人が暴れてるよ

黒海沿岸は・・・以下略。

と、ことごとく、Rに却下され、カッパドキアだけが残った
しかし、したたかなR!
友人のペンションに泊まるよう、半強制。
(洞窟ホテルに宿泊できず。)
そこに、Rの働いているこの宿のチラシを置いて来いと言う。


早速、バスのチケットを買いに行く。
チケット屋の、妙に背の高い禿げたおじさんから、
出発日時を聞く。
二日後の夜だと言う。

出発の日、わざわざ混雑したバスのロータリーへ行ったというのに、
自分たちが乗るはずのバスが見当たらない。
チケット屋に行ってみると、禿げおやじが、
「何で、昨日来なかったんだ?!」。昨日なんて言ってないじゃん!!と思ったものの、
禿げおやじは、自分は絶対間違っていないという態度。

・・・深呼吸・・・。
かなり腹が立っていたが、何とか冷静に、
自分たちは、今夜だと思い込んでいた。金も払っちゃったし、
どうにかならないか。と、がんばった。
奴は、ぷんぷん怒りながらも、最後には、了承。
結局、翌日に発つことになった。
混雑した路面電車に乗り、また宿に戻る。
こっちこそ、プンプンだよ!!と思いながら。

今度こそ、出発の夜。
前夜に突然、「僕も行きたい!」と言い出したスペイン人のPを同行して、
再び、バス乗り場へ。
呼び声と、乱雑に並んだバスと、乗る人、降りる人。
薄暗がりの中、よく、自分たちの乗るバスが分かったなぁ、と後で思った。
Pは体が大きい割りにキュートな男で、見るからに浮かれていた。

バスの出発時刻が近づくと、大勢の客が乗り込んできた。
ベンツの夜行バスの車内はゆったりとしていて、
日本の高速バスより、落ち着く。
密閉度が低いのか、息苦しくもない。

車掌が色水の入った霧吹きのような容器を、前から回している。
香水のサービスがあるとは聞いていたが、
ルームスプレーの安物のような匂いがした。
出発してすぐに、T子は、持ってきたピスタチオの袋を取り出した。
あ、今回のピスタチオは、この前のより・・・といったことを話して、
しばらく時間をつぶす。
他の客は静かで、食べ物を食べている様子もない。

どのくらい経っただろう。多分深夜。
バスが止まった。トイレ休憩らしい。
暗がりの中へ、人々が消えていく。
一応パーキングエリアのようなものがあるらしい。
どんなトイレだ?怖いなぁ・・・。

乗客たちが戻ってくると、再び車掌が香水の容器を回す。
シュッ、シュッとやるのが面白いので、私たちも手の平に吹きかけて、
こすり合わせた。

寝たような、寝ていないような・・・・。
それでも、少しは寝れたようで、目を覚ますと
車窓は朝の光に包まれていた。

明るい・・・!
景色も荒涼としている。
障害物があまりないせいか、朝日が直、稜線と地平線を照らしていたのである。
T子を起こす。

途中、大型バスを降りて、小型バスに乗り換え。
寂しげなバスロータリーは、「ほんとに乗り換えのバスが来るのか?」
という気分にさせられる。

すぐに小型バスが到着。
小さな町を通り過ぎて(そういえば、Mはこの辺の出身だったよなぁ・・・。)、
すぐにカッパドキアらしい風景が現れた。
きのこ岩は見当たらなかったが、
風化した岩の郡が織り成す波のような谷の間を、バスは走っていく。

遊びだって言っていたのに、どうして泣く?

夜の早い時間に、二人っきりになったのは、
そのときが初めてだった。
大抵Mと私は、彼の仕事が終わった後の夜の時間と、
朝のいっときだけ、一緒。
いつも、日中宿にいない彼が、前の日に、殆ど半日ずっと
Cと私のすぐ近くに、不機嫌そうに座っていたというのも、
珍しいことであった。

「僕が、何か悪いことをした?」
・・・怒ってる、マジで怒ってる・・・。えっ?泣いてるの?
「えっ?そんなことないよ。」
「じゃぁ、あいつとはなんなのさ」
「何もないよ。」

「・・・・。君を他の奴とshareしたくない。
僕はすごいやきもち焼きなんだ。絶対に、他の男とキスしたりしないで!」
(宿の仲間同士、ハグしてキスするというのは、ごく普通のことだった。)
「・・・ごめんね。Mのことが一番好き。これは本当。」
目に涙をいっぱいためている彼と抱き合いながら、
こっちは、少々、当惑していた。腕にも力が入らない。
相手が本気かどうか分からない恋に、こっちがはまるのは、嫌なのだ。
彼が一体、私のことをどう捉えているのか、さっぱり分からなくなった。


いつもは大人しい彼。妬いて怒っている時は、別人のよう。
最初に、「遊び」って言ったのは、M。
こっちはそういうつもりだったのにな。
どうやらMは、旅人狙いのヴァンパイアではなかったのかね?
日本人と付き合ったのは、私が最初で、女の子自体、
御無沙汰だったらしい(笑)。

RとMは仲良しで、二人ともパッとしない。
二人の仲間は他に三人いたのだが、そのうちの一人は、
見るからに遊び人のようだった。

イスタンブルの街を歩いていれば、男っぽいのに可愛らしい
男の子が話しかけてくるのは日常茶飯事。
日本人の女の子は、西欧人と発展途上国の人に対してでは、
一般的に、態度が異なる。

西欧人相手だと、目が輝き、アジアの何処かよく分からない国の人相手だと、
見下したり、毛嫌いする人もいる。(黒人が大好きって人もいるけれど。)

微妙なのは、エジプトやトルコといった、
国の現在の状況は知らないけれど、観光イメージがよい国。
観光地としての魅力を、そこの男たちにも当てはめてしまうのだ。

インド・アーリア系の美青年や、インドネシアの野卑な感じの青年なんかに対しても、
同様。
彼らは、ただ単に、そういう容貌で生まれて、環境で、日本人にとっては
新鮮な雰囲気を身につけたというだけ。

裏表があるのは、日本人だけではない。
外国人はオープンだなんて、どこの外国人のことだ?
(日本人にとっての外国人=アメリカ人?)

観光地の魅力的な男の子は、予想以上に性格が腐っていて、
女をものとしか見てないような奴もいる。
もちろん、それは一部なのだろうけれど、その一部に、
大勢がひっかかる。
すると、他の男たちも真似し始める。

・・・彼らを腐らせたのは、観光客なのだろうけれど・・・。


ナンパ率ナンバー1の街で、腹立たしくも恋をした。

イスタンブルってのは、ナンパが多くて有名らしい。
青い目金髪の外国人っていうのは、どこか、お人形のように見える。
あまりにも日本人である私たちとは、外見がかけ離れているので、
彼(彼女)らも、自分たちと同じように、考えたりするもんだと思うと、
何だか不思議な感じがするときもある。

それほどまでに顔つきの違う外国人と違って、
トルコ人というのは、かもめ眉とはっきりした顔立ちにもかかわらず、
親近感が持てる
のは、やはり、黒い髪と黒又は茶色い瞳のせいかもしれない。
クルド系のRは緑色の目をしていたし、
Rの友達の中には、ギリシャ神話の登場人物のような顔立ちの人もいたが、
やはり、圧倒的に多いのは、黒髪と、人懐っこい目をしている人だった。
(イスタンブルの女性は髪を染めている人も多いので、より、西欧系に見えるのだが。)

近年のイスタンブルでの、日本人の女の子のイメージは、
彼らにとってはおいしい、私たちにとっては腹立たしいものである。

簡単に騙せて、すぐやらせてくれて、金も出してくれるといった・・・。
自分のしたことが、その悪いイメージを定着させることに加担したとしたら、
かなり、嫌な気分・・・。
ビザ目当てに結婚を迫ってきた相手に恋をして、「私の彼は違うのよ」
と信じようとするが、実際、ビザ目当てだった、と後で分かったときの
心境って、こんな感じなのかな、と思う。

幾ら軽はずみで馬鹿だと思われたとしても、ただ、恋に夢中になって、
疑わない女の子を、裏で蔑んでいるようなトルコ人男性がいることは、
否定できない。
けれども、本当に真面目なトルコ人(在日も含めて。)男性をたくさん
見てきたことを思うと、イスタンブルが詐欺師天国だと思われるのも、
日本人女性が、簡単に騙されるおばかさんだと思われるのも、嫌だ!


旅の恋っていうのが特殊なことは、よく分かっているつもり。
分かった上で、いいじゃない、とも思う。
旅に恋の楽しさが加わったら、楽しさだって、更に倍増するもの。
何も分かっていないではまってしまうと、もちろん、危険も一杯だし、
後悔するようなことにもなるだろう。

相手が詐欺師だとしたら、もちろん騙されるのは癪に障る。
詐欺師ではないけれど、ただの遊び相手として付き合うことになったら、
こちらもそのつもりでいないと、後が辛い。

すこぶる真面目な恋愛をするとしたら、それはそれでいい。
旅の道中の男女関係には、色々あるのに、どうしてそう、
ひとくくりに軽薄なイメージがもたれてしまうのか、
分かるような気もするが、やっぱり残念なことだ。


私は恋の達人でもないし、恋に餓えているほうでもない。
ただ、機会があれば、恋のチャンスを受け入れてもいいと思う。
熱くなると、後悔やら自己嫌悪がひどくなるので、
なるべくクールにいきたいもんだ。
つまり、なるべくダメージを受けたくない、しかし、楽しみたい、
という、無責任かつ欲張りな
女なのである。
けれども、そうは上手くいかないもんで、悔しいけれど、
後を引いてしまうこともある。

旅の短い期間の間に分かり合えることは、何か。
お互いの外見と体温?
私は直感重視なので、何か、自分にフィットするものがあれば、
それで満足してしまう。
だいたい、気持ちがフィットする、ってことが、難しい。
人それぞれ、相手に求めるものが違えば、相手が提供してくれることも違う。
欲しいものも、常に変化する。
だから、同じタイミングで、欲求と反応が合うということ自体、
レアなわけだ。

それを、短い期間の間に見つけることが出来たとしたら、
旅の恋愛なんて、旅の終わりとともに終わるもんだと、
あっさり納得することが出来ない人も結構いるのではないかと思う。

恥ずかしながら、どうして抜け出せないのか分からないほど、
未練の残る恋をしてしまったのは、
腹立たしくも、ナンパ都市、イスタンブルにおいてであった。

Cの暴走。Mのやきもち。

Cと、長く静かなおしゃべりを楽しんでいる間、
斜め横のソファに座って、目を細めてタバコを吸っているM。
目の前の幅の細いテーブルの上に、長い足を重ねてのせている。
いつも、一ところに長時間いることなんてないくせに、
その日は、ずっとその場所に座っていた。
時々、私の様子を窺っているのが分かる。

その夜は、やっぱりMとは気まずかったので、
バッグ置き場と化していた、当初からT子と私が借りていた部屋で
寝ることにする。
たまには、T子とのんびり夜を過ごしたい、と言い訳して。

翌朝、誰かが、ドアを強く叩いている。
T子がベッドから出て、扉の向こうにいる人物を確認しに行く。
「Cだよ!!Cが来てる!!」
「・・・!?開けないで!寝てるって言っといて!」

T子が、S(私)は寝ていると、彼に伝えに行ったのだが、
それと同時に、押し入られてしまった。
反射的に、布団にもぐりこんで隠れた。
朝っぱらから、騒ぎはご免!
Cは、ずかずかと近づいてきて、私の顔の周りの布団を引っ張り、
びっくりするほど、顔を近づけてきた。
ものすごく元気で、自分は今の仕事を放り出して、
君について行くと言うのである。
どアップ状態でそういった後、キスの雨を降り注いで、
部屋を出て行った。
T子も私も、唖然。

いつも大人しいCが・・・。
この勢いじゃぁ、ほんとについてきそう!
たった一日のおしゃべりの為に、人生の路線変更されたら
困る!私は責任取れないよ~。
何としてでも阻止せねば・・・!

T子は、私の振る舞いについて、
「よくないよ~。不味いことしてるよ!!」。
自分が好きなのは、CよりMであって、
たまたま一日、Cと仲良しだっただけだというのに、
二股状態だと責められた。

その日、宿の中で、何人もの人に、
「Mが探してたよ」と言われる。
逃げ隠れしていたわけではないけれど、
Mと話したくなかったので(何を言っていいか分からなかったから)、
さりげなーく、Mと二人っきりになることを避けていたのだった。

ついにRにつかまって、部屋にいろ!と半強制的な指示。
部屋に行って、落ち着かなく、Mを待っていた。
しばらくして、Mがやってきた。
険悪なムード・・・。
どうしよー。どうしよう!
怒ってるよ。

ブルーのセーター、ブルーの目。

宿の掃除やら雑用をしていた人の一人に、
痩せて背の高い、ルーマニア人の青年がいた。
いつも明るい青いセーターを着ていた。
目の色は青く、髪は金髪。
貴公子風っていうのは、こういう感じかな?
けれども、少年少女世界文学かなんかのストーリーに
出てきそうな、雰囲気がある。
幸せな境遇から、思いもよらない寂しい状態へ・・・。
そんな雰囲気。

白人といえば、金髪に青い目、というのが、
昔から多くのアジア人たちが抱いてきた、
憧れの、白い肌の人たちのイメージであったかと思う。
けれども、そこで彼のことを目にとめるような人は、
いないように見えた。
訪れる客たちの多くが、白人であり、
東欧の貧しい国よりも、裕福な国から来ている。

生まれつきの金髪、そして青い目というのは、
白色人種の中でも、一部であるらしいが、
その宿の中では、大した価値はないようであった。
恐らく、彼が、ルーマニア人であり、宿で働いている人間
であったからだろう。

彼自身、その髪と目の色の価値が分かっていないように見える。
今までその容姿が彼に恩恵を与えてくれたことが、なかったのだろうか。
彼の周りには、彼と同じような目と髪の色をした人が大勢いて、
自分だけのものでもなく、褒められたこともなかったのだろうか。

彼にとてもよく似合っていたセーターが、違うものになることは
なく、少なくとも、私が滞在していた間、ずっと同じものを
彼は着ていた。
よく見ると、かなりくたびれていたが、その鮮やかな色のせいで、
不潔そうには見えなかった。


私が彼によく会ったのは、狭い階段の途中で、
彼は何かよく分からない作業をしているか、
掃除機などを運んでいた。
会った時に挨拶をすると、必ず、嬉しそうに微笑んでいた。
彼の笑顔には、人間にあるはずの汚なさが見られず、
視線は、心の中まで差し込んでくるよう。
後ろから見つめられても、すぐ彼のものと分かる。

その日は朝から雪が降っていた。
特に予定もなかったので、二階のテレヴィジョン・ルームの
窓際を囲む長いすで、ぼんやり過ごすことにした。
礼儀正しいオージーや太鼓叩きのフランス人は、
外に出て、雪を楽しんでいた。
Rの友達のトルコ人と、T子も、外に出て、雪合戦を楽しんでは、
室内に戻ることを繰り返していた。

さしあたっての作業を終えた、ルーマニア人のCが、私の隣に
腰掛けた。
そこは一等席。
一人ぼっちでのけ者の彼が、そこに座ったのは、多分、最初で最後。
何となく、世間話をしているうちに、彼の表情が、いつもと違った
ものになってきた。
寂しげで口少ない彼が、明るくて、おしゃべりを楽しむ一人の青年
となっていく。
彼の国の家族の話や、彼がしてきた勉強の話となると、
堰を切ったように、彼の言葉が流れ出した。

この国に来てから、彼が、そういったことを話す機会はなかったのかな。
彼に、話しかけて、おしゃべりを一緒に楽しんでくれた人は、
いなかったのかな。

日頃、RのCに対する態度は、年齢も殆ど変わらないにもかかわらず、
ボスと下働きという関係以外の何ものでもなかった。
ただ、指示を与えるだけで、親しみはまるでない。
イスラムの一国と、東欧の一国の力関係を見るようであった。

雪はどんどん降り続いていた。
たくさんの自分の物語をした後のCは、とてもくつろいでいた。
日本でもよく聞く話ではあるが、自国で高等教育を受けていても、
他国で出稼ぎという立場になると、才能や技術は無視されて、
単純労働や、肉体労働でしか働けないということは多い。


アジア出身で、ネイティブ並みの英語力があり、
英語という言葉に関して、かなり深く学んだ人と、
人に英語を教える方法さえ知らない白色人種の欧米人では、
どちらが、英語教師として採用されやすいかというと、
当然、白色人種だという。
その他の職業でも同様に、その一個人の能力よりも、
出身国や肌の色が重視される。


どれ位時間がたっただろう。
「君の黒い髪、とても素敵だね。」そんなことを言い出した頃には、
彼の肩が、私の肩にぴったりとついていた。
ほんの少し離れた斜め横にある長いすに、Mが不機嫌そうに座っている。
Mの働いている店は、この宿のオーナーのものであり、
R同様、Cに対しては、立場が上なのである。
その日、Cはとっても心が強くなっていたのか、
そんなMの視線も、まるで気にならないようであった。

バザール色々。

ガイドブックに載っている、グランバザールに行こうと思ったら、
みんなして、止めておけと言う。
あれは、観光客目当てのバザールで、ぼったくられるぞ、と。
それでもやっぱり、行っておきたいと言うと、トルコ人の男の子が同行してくれた。
バザールの中の様子は、ガイドブック通り。
付き添いの男の子が、そこに興味がないということもあって、
足早にひと回り(苦笑)。

スパイスバザールとも呼ばれているエジプトバザール(ムスル・チャルシュス )には、
Rの案内で行った。名前のとおり、香辛料の香りがする。
グランバザールに較べて、入り口も、中の通路も狭く、薄暗い。
ありとあらゆる日用品と、食料品を売る店が並んでいる。
同じようなものを売る店が、何軒もあるので、買うときは、迷うなぁ、と思った。
Rがすたすたと知り合いの店に行ってしまったので、
T子と二人で、辺りの店を覗いてみた。

トルコ菓子のロクムとドライフルーツを売っている店の前に立っていると、
お店の人が、手の平の上に、ロクムを乗せてくれた。
ここでは、観光客に、試食をたっぷりさせてくれる。
ロクムは、日本の求肥によく似た食感の、サイコロ状のお菓子。
人参味やバラ味等、色々あるが、ピスタチオ入りのものが、
気に入った。

その後、T子と二人で、何度かエジプトバザールに足を運んだのだが、
買ったものは、お土産用のロクムと、トルコのアップルティー、
そしてドライアプリコット(周辺諸国でも、トルコの杏は人気。)。
バックパッカー仲間は、からすみや、白チーズ(塩味が強い。)、ナツメヤシの実等を
買っていた。しっかりした感じの革靴も、安く売られていた。
青いガラスで出来た目玉のお守りや、土産物屋もあった。

二人だけで行くと、やはり、男が寄って来る。
ちょっと、待ってて、と、仕事をサボってついてくる奴もいる。
お茶もおごってくれる。
そういったことは、彼らの仕事中の遊びみたいなものなのだろう。
あんまりしつこい時には、「トルコ人の彼氏がいる」と言うと、あっさり立ち去った。(笑)

ブルー・モスクに密接するオールドバザール(アラスタ)は、いかにも観光客相手の店ばかり。

スルタナ・メフメット地区にある、とある建物の扉の中に入ると、
中は衣類や生地などのバザールになっていた。通路が狭くて、迷いそうになる。
ロシア人らしき女性が、買い物でパンパンに膨らんだ布袋を提げて歩いているのを
何度も見かけた。買出しのようである。

日曜日に、街の中をうろうろしていると、日曜市に当たることもある。
青空市場に、プラスティック製品や服、下着、古本、日用品が並んでいた。
東欧の人の姿も多く、賑わっていた。

イスタンブルで、バザールめぐりをしようと思ったら、
何日でも過ぎてしまうのではないだろうか。
ガイドブックに載っていない、様々なスタイルのバザールが、
街のあちらこちらにある。

どういうわけだか、Mのベッドで寝ることに・・・!?

いつ言われたんだろう。
「君は、遊びに来ているのだから、いいじゃないか、」と。
一応、東京に思う人がいたから(「トルコを目指す」第一話参照。)、
あんたとは遊ばない、と、答えた時か?

まったく、どうして?!
クラブに行ったその晩から、
Rの友人でありルームメイトのMのベッドで寝ることとなった。
Mの顔は見たこともあったはずだが、まるで印象が薄く、
自分の好みでもない。

とても大人しくって、口数の少ない、シンプルな男。

自分がそれまで魅かれた相手は、どこかしら、インパクトの強い人ばかりで、
大抵、気持ちを振り回されて、うんざりし、離れた。
付き合っても、相手の気持ちが重すぎるときは、早めに逃げた。
いずれにしろ、駆け引きがあり、遠まわしで、中身を隠す包装だらけの恋。
成り行きでなんてあり得なくて、そういうシチュエーションになっても、
ぴしゃりとはねつけ、鼻先でドアをバタンと閉めてきた。
自分を偽って背伸びして、自己嫌悪に陥るのも、
相手を煽っておいて、プライドを傷つけて憎まれるのも、
もうたくさんだったから・・・。

かわいがってもらっていても、いい関係であっても、
自分が、その人と一線を越える気がなければ、
・・・恋の相手ではなければ・・・、
どんなに興ざめであっても、NO!と言ってきた。

それなのに、である。
特に魅かれもしなければ、視界にも入っていなかった男。
それも、「遊びに来ているのだから、(東京の)男のことは忘れて、」
などと、馬鹿げたセリフを言ってきた奴と、
どうして自分が毎晩一緒に過ごすことになったのか?

翌日には、ずっと前から二人が付き合っていたかのごとく、
宿泊客の中で公認のカップルになっていた。
プロフィール
  • Author:しゅま子
  • 33歳から、3人の子供のひとり親となり、40歳越え、現在43歳。40で、いろいろ考えるし、身体も変わると聞いていましたが、ほんとに変わってびっくり。成人の2回目のよう!
    と驚きつつ進みだした40代。文字通り、中年!40代だからこその迷い、多々あり・・・
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