50万を何に使ったか。・・・自分への見えないお土産

パリで買ったもの(食料品以外!)・・・・
シェヴィニヨンのバイカーブーツ。(履いていったパラディウムは捨てた。)
青いサボ。(帰国後、新宿の夜をカラコロ歩き回って、何度も捻挫しかけて、処分)
チャコールグレーのセーター四枚。(全部違うデザイン。)
紺色のハーフコート。(そのポケットに必要なものを入れて、パリを手ぶらで歩き回った。)
シマロンの古着のジーパン。(微妙な場所が破れていて、帰国後、捨てた。)
暗い赤紫に小さな花柄の昔っぽい古着のワンピース。
ベンシモンのGジャン。
縫製のいい加減なスパッツ二枚。(パリでの室内用に活躍)
おもちゃの車の木製のキーホルダー。(お土産)
ビビッドカラーでプラスティック製の魚の形の石鹸置き五個。(お土産)
アンティーク風の手作りのピアス二組。(お土産)
ボディショップの入浴剤。(ホテルで使った。)
以上。

パリに行ったら、ブランド物をお得に買えるのか、どうかはよく分からない。
高級ブランドとは縁がないので、そういう店には行かなかった。
金持ちではないし。
たまたま、目に入った、アニエスなんかは、日本と変わらない値段だった。
モルガンは、日本でもてはやされているよりも、地元では安いブランドのようで、
物もあまりよくなさそうだった。
狙いどころは、日本には来ていないブランドで、上質なものを売っている店の、セール。
古着は・・・安い!
蚤の市でも、古着屋のワゴンセールでも、日本より、ずっと安くて、掘り出し物がある。

約二ヶ月いたわりに、買ったものは少ないと思う。
欲しくならなかったということもあるけれど、リッチな旅でもなかったので。
カードは、上着を買った時だけ使った。
帰りの飛行機に乗った時、財布の中は・・・スッカラカン。
成田で、自宅に向かうお金を下ろす始末。

パリの二ヶ月と共に約五十万円が消え去り、
低く感じる洗面所が腹立たしい、東京の家に帰ってきたわけだ。


この旅行で、元気になったか。
そうでもない。更にぼーっとしてしまった。
自分の向かうターゲットも見つからなかった。
また、フランスに行きたい!!フランスにはまりたい!ともならなかった。
だからといって、やっぱり日本!ともならなければ、日本嫌いになったわけでもない。

目的のない旅?
「一体、何の為に行くのよ?」と、言われたっけ。行く前に。
フランスに行ったことがなかったから、行った。
一人で何か考えたかったから行った。
つまんないから行った。
あの野郎に腹立てて、行った。(読んでいない方は、第一話を参照。)

理由なんて、どれも大したことはない。
大したことはないことのために、二ヶ月という月日と、五十万、使ったのである。
「25までに、どんどん、海外を見てきたほうがいい。・・・吸収力が違うから。」
「何も考えずに行ってごらん。その意味は、ずっと後になって分かるから」
たった、一度しか会ったことがない人の言葉を信じて、
ただ、行きたかったから行ったのである。

買った物の殆どは、もう、私の手元にはない。
けれども、自分だけの、オリジナルなものが手に入ったわけである。
私が五十万で買った、その時の体験。
それはそのままの記憶としても、勝手な想像を広げた虚構またはイメージとしても、
当分、私の一番近くに残り続けるだろう。

レンタルDVDを返しに行ったついでに、また、借りてしまうように、旅行も、繰り返し繰り返し、したくなる。


スポンサーサイト

フランス旅行二ヶ月コースの持ち物リスト

洗面用具一式。(特に石鹸は、香料でかぶれる場合もあるので、必ず。)
筆記用具。(小さなナイフとはさみも。)
カメラとフィルム。フィルムはやっぱり、日本の方が安いと思ったので。36×6本。
(まだデジカメは持っていなかった。)
着替え一組と下着の替え二組。(現地で買えるから。)
針金ハンガー二つ洗濯バサミ数個。
(安宿に泊まったら、ハンガーもない場合もあるし、洗濯物をかける時に便利。)
パスポート。現金+TC(四十万くらい)。カード一枚。
ガイドブック一冊。会話集一冊。
以上。
貴重品以外は、黒い、大きなスポーツバッグに入れて、持って行った。
もちろん、バッグの中はスカスカで、軽い。
それでも、一日中、それを持って、宿を探し回ったりすると、
夜には、肩が痛くなる。青あざが出来ていることも。

なぜ、トランクではなくて、スポーツバッグか。
かばん自体が軽いから。
石畳の上を、トランクがらがら、
土の上を砂埃まきちらして、歩きたくないからだ。

預ける時は、気休めに、ジッパーのところに鍵をつけておく。
そんなバッグだから、狙われたこともないし、裂かれたこともなかった。
やっぱり、高価なものを入れるかばんには見えないものね。
実際、盗まれても大したことはない。

フランスで、何か盗まれそうになったということは皆無だったので、
そんなもんなんだと思っていたら、後でフランスへ行った友人達
は、カフェで、カメラを取られたとか(・・・苦笑。)、
飲食店に連れて行かれて、法外な額を請求されたとか言っていた。
私は相当、貧乏くさいか、目つきが悪かったのかなぁ。
(友達いわく、私は日本にいる時は、ぼーっとしているのに、海外出ると、目つきが違うらしい。)

盗難といえば、ヨーロッパではローマの悪評がダントツか!?
ジプシーの子供達が、新聞紙持って、囲んできて、驚いているうちに、
色々盗られる。大男に囲まれて、貴金属まで奪われる。
ホテルのセーフティボックスに入れていたのに、被害にあう。
(例えば、預けた財布の中に、入っているお金の金額のメモを入れておいたりすると、
それが、証拠にもなりうるのかどうか分からないけれど、予防にはなるとか、
ならないとか。)
混雑した地下鉄の車内で、女子学生数人(小学生?)が、ぎゅうぎゅう押してきて、
それに気を取られている間に、バッグからカメラを抜き取られていた。
ナドナド。

私は、やっぱり、貧乏くさいのか!?(手ぶらで歩き回っている時が多いからかなぁ。)
やられたことはないけれど、
憧れてきた国で、嫌な思いをするのは、気の毒に思う。
それだけで、その国が大嫌いになってしまう人がいるのも残念に思う。
向こうからすれば、被害者の方は、狙ってくれという看板下げて歩いているようなもの。
ほんとに悪質で、どうしようもないケースもあるけれど、相手をそうさせてしまったのも、
自国業自国得・・・。(ため息・・・。反省。)
ものすごい露出度の服装で、外に訴えかけているものは何?
本人、その気はなくても、周りはその気になるのが、当然なくらいで、
そこで、「その気じゃないよ!」というのは、詐欺でしょう。一種の。
もしやられたら、それは、そういうことを引き寄せた自分の行動(装いや振る舞いを含む)の、責任を取るということ。
責任取れないようなことはするな!(自分に言ってます。セクシー系じゃないけどね。)

パリの虹。新宿の虹。・・・どこまで行っても自分は自分。

パリに戻って、ホテルに行くと、他の客がまだチェックアウトしていなかった。
ちぇっ。
荷物だけ預けて、散歩に出る。
適当にふらふら。

その後数日間は、ホテルで昼寝してしまうぐらい、ぐーたらと過ごし、
わざわざ、金払って、昼寝してんだなぁ~などと思いながらも、
いまいち出かける気にもなれなかった。
それから、また、突然、動き出し、まだ行っていなかったところ
(高級住宅地や、図書館とかね。)に行ってみたり、
お気に入りの場所に再び足を運んだ。

ある日、ホテルの近くで、虹を見た。
夕方、出先から、大きな通りを通って、ホテルに帰るところだった。
右手に、ウサギや鴨などがぶら下がっている肉屋や、小さなスーパーがある。
左手には、無愛想な店員のいるパン屋。
少し先には3区の区役所。
弱い通り雨の後、突然明るくなり、まぶしいな、と、斜め上を見ると、
建物と建物の間に、大きな虹の切れ端。

新宿の虹。電車の中からはしゃいで眺めた。
あれは、あのやろうと初めて会った日だったな。
時のたつのも早いけれど、
自分の気持ちの変化も早くて、ちょっと呆れる。
それなのに、ものごとにこだわってしまうタームを繰り返す。
無駄なことしてんな。
無駄なことを繰り返して、何かが分かる場合もあるらしいけれど・・・。

自信のない自分。
浅はかな自分。
つまらないことを気にする自分。
自分の妄想に窒息しそうになる自分。
逃げ回る自分。

絶景を前に、睡魔が・・・!

翌朝、早速、氷河見物に出かける。
標高3842メートルのエギュイーユ・デュ・ミディへ登るロープウェイ(途中からはエレベーター)
のチケット売り場に行く。
そこにあった地図によれば、ゴンドラを乗り継いだり、スキーを使ったりして、
イタリア側やスイス側にも行かれるようだった。
もちろん、そんな準備もしていないし、体力に自信もない。
ちょうど、外国人のカップル(大人)が、その地図を前に、迷っているようであった。
どうやら、上の方の天候が今ひとつだという。
チケット代も安くないので、私もどうしようかと考えた。
(降りれなくなったら困る!!)

結局、その二人と共に、私も、ロープウェーに乗るのは断念した。
せっかくだから、と、そのカップルがコーヒーでも一緒にどうかと誘ってくれたので、
ご馳走になることにした。
二人は、オランダからの観光客であった。
賢くて、自立した感じの大人のカップル。

二人と別れた後、今度は、登山電車で氷河を見に行くことにした。
標高1913メートルを約20分で登る。
赤いかわいらしい列車。緑の斜面と雪をかぶった山。
「アルプスの少女ハイジ」の景色である!それなのに、いきなり睡魔が襲ってきた!!!周りの誰も眠ってなんかいない。
もう、目が開けていられないほど眠い・・・。
景色を見るどころか、目が閉じないようにするのに精一杯。
たった、20分の間だというのに、半分は眠ってしまった。
疲れのせいか、標高のせいかは分からない。

気がつくと、終点。
気分悪~、と、思いながら、よろよろと、列車を降りた。
今度はテレキャビンに乗る。
5分後には氷河のまん前にいた。
氷が青い・・・!
海の青とは違う、幻想的な青。
一体、何に近い青なんだろう。
やっぱり、氷河の青としかいいようが無い。厚さ300~400メートルあるらしい。
凍りっぱなしの氷・・・。

私はうたた寝後に、めちゃくちゃ気分が悪くなるタイプなので、
その時は、氷の青さを観た後、すぐに引き返した。
(・・・勿体無い。)

アルプスの町を目指して・・・慣れない列車の旅に疲れてくる


パリから北西のノルマンディー、そして南西に下りピレネー近くへ行き、
そこから東に移動して、南仏、と廻ってきた。
次に向かうのはフランス東部にある、ローヌ・アルプ地方。
スイスとの境、アルプスの町、シャモニーを目指す。

フランス第二の都市リヨンは治安が悪いという噂だったので、外して、
グルノーブルで一泊し、シャモニーに行くことにした。
この街も、歴史も見所もあるのだが、記憶に残ったのは、
夕暮れ時に水兵さんにつけまわされたことと、
住宅地に裕福そうな大きなお家が並んでいたことぐらい。

フランスは、世界史の勉強なんかで頭にこびりついている都市名が
たくさんあるし、誰々の住んでいたところとか、生誕の地とか、
記念碑的な場所も多いので、細かく廻ろうと思えば、
見所は豊富にある。
けれども、教会建築の色んなバージョンや、昔の貴族の邸宅、
城塞、ローマ遺跡などなど、まぁ、ヨーロッパ共通ではあるけれど、
やっぱり、似たようなもんが多いといえば多い。
こと細かく、これは、何とか様式で、紀元いついつの、なんとか教皇が、
といったことに感動しまくる状態であれば、丁寧に廻るだろうけれど。
私の場合、何となく、フランスを見て廻るか、記念に。ぐらいの気持ち
だったので、勿体無いと言えば勿体無いのだが、かなりショートカットの
急ぎ足であった。
フランスみたいな広い国は、何かテーマがあったほうが、断然楽しく廻れるように思う。
画家の軌跡とか、お城めぐりとか、教会の歴史廻りとかね。

毎日のように、何時間も列車に揺られての旅。
「〇時間も乗ってた!」と思うとげんなりだが、
慣れてくると、不思議なくらい当たり前になっている。
ユーラシア大陸横断だったら、もっと長いのだろうけれど。
意外と、フランス人は、列車の中で、そうベラベラ話したりしないようだった。

オフシーズンのアルルをとぼとぼ歩く

次に目指したのはアルル。
やっぱり南仏も見とかなきゃね。
しかし、曇り空のアルルは、イメージとは随分違っていた。
駅から、目立ったものも見当たらない一本道をとぼとぼ歩き、
ホテルを探す。

適当に見つけたホテルにあたってみると、料金もそんなに高くは無かった。
リッチな旅ではないので、基本的に、一日おきに、シャワーつきのホテルに泊まった。
一日、汚いホテルに泊まったら、翌日は、精神衛生上、
少し高くても、居心地の良さそうなところに泊まりたい。

その日の宿の主(女将さん)は、健康的な美人で、
背が高く、ダークブラウンのショートへア、柔らかい線の顔立ち。
気さくに話しかけてくる。
部屋は、ゴッホの絵のような色調のカーテンやベッドカバーが、
あたたかい感じで、ゆっくり休めた。
ここでもやはり、ベッドの横に電話ボックス状のシャワールームがあった。

まだ夕方だったので、少しふらふら、散歩に出た。
アルルというのは、予想以上に小さな町に感じられた。
真っ直ぐの道と、突然短い坂道。
ローマ遺跡・・・。
そういえば、この辺は、イタリアよりなんだよなぁ、とふと思う。
確かに、薄茶色に乾いた感じが、フランス的というより、
イタリアの雰囲気に近い。

ローマで見た、コロッセオの、とても小さいバージョン。
周りを少しうろうろしてから、ホテルに戻った。
人も少なくて、なんとなく寂しい。オフシーズンのアルルか。
その年の夏は天気も悪く、客足も今ひとつだったらしい。

翌朝は、珍しく、ホテルで朝食を取った。
それにしても、なんで、フランスのホテルでは
コーヒーとオレンジジュースとミルクまたはヨーグルトが一気に出されるんだ!?
オレンジジュースが、なんでいつもくっついてくるんだ!?私が泊まったホテルで朝食をとる場合は、大抵このパターンで、
プラス、クロワッサンかなんかが出た。(最低メニューでしょうけれど。)

朝の爽やかな空気の中、急ぎ足で観光スポットを廻る。
民族博物館みたいなところを見学したり、
緑と砂茶色のコントラストが綺麗な、ちょっとした散歩道を歩いた。

それにしても、どうして、ここに来たんだ?
・・・。あ~、やっぱり「アルルの女」に騙されたか。
知っている名前や地名。
ただ聞いたことがあるというだけで、勝手にイメージを膨らませたり、
イメージすらせずに、ただ、そこに行きたいと思う。

知っていると安心するのか、聞いたことがあると興味が湧くのか。
実際がどうであっても、自分が抱く非現実は、予想以上に
自分の行動を左右する。

現実に無いものに、自分が大いに影響されるもんだ。

一通り、町の中を見てから、すぐ発つことする。
ゆっくりした方が良さが分かる場所というのは、直感的にわかる。
いくら有名な場所であったとしても、その時の私には必要な場所ではなかった。
その時の自分にぴったりの場所。
当然それは、変化するし、場所自体も変わり続ける。

けれど、ぴったりの場所を見つけたとき、
そこでの思い出は、決して変化することなく、自分の心に残り続ける。

ルルドのストーカーおやじ

パリのホテルに戻り、数日間出かけて来ると、
管理人の娘さんに伝えると、一旦、部屋を空けるように言われた。
帰ってきたら、また同じ部屋に泊まれるようにしてくれるらしいが。
ほんとかね。

夕方のうちに、次の日の出発点となる駅や、列車の時間を調べに、
下見に行く。(それほど不安)
翌日、かの有名なTGVを利用し、出発!
TGVでの私の座席は、ある車両の最後部で、テーブルを囲んで
人が詰め寄って座っていた。足元に犬もいた。

五時間半も列車の乗って、やっと着いた・・・。
フランスは広い・・・と、改めて思う。
そこは、ピレネー山脈の麓。目当てはルルドの泉。
別に、その水に興味があったわけではないが、フランスの西の方で
見所はないかということで、選んだ。

とりあえず、今日はゆっくり休んで、明日、見に行こうと、
適当にホテルを探した。(安ホテル探しが上手くなってきてる!?)
泊まることにしたホテルは、やはり、何の変哲も無い、
日本の民宿のようなホテル。
入り口を入ると、テーブルが二つ、三つあり、一応、食堂のようだった。
中年の夫婦でやっているよう。
妙に陽気なおじさんが、はしゃいで話しかけてくる。
異常にエキサイトしている。
そのおじさんに部屋を案内され、なんかあったら、内線電話を使って、と
しつこく言われた。

早々に、電気を消し、寝ることにする。
しばらくすると、電話の音。
何なの?!と受話器をとると、
「アロー、アロー」と低い声。
・・・げ~っ。あのおやじだ!!最初は、スペイン訛りのようなフランス語で、
それから、下手くそな(失礼!私も下手です。)英語で、
なんと、誘ってくるのである!!

「そっちへ行っていいか」と、しつこい・・・。
切っても切ってもかけてくる。
「いい加減にして下さい。おやすみ!」と受話器を置くと、
電話攻撃はおさまったかに見えた。
・・・しかし、甘かった。

港町で嫌な予感。 ノルマンディー。その②

やっと来た列車で、次に目指したのは、ル・アーヴル。
ノルマンディー屈指の港町。
子供の頃夢中になった、モーリス・ルブランのルパン・シリーズ。
訳者あとがきによく出てきたこの街は、ずっと、行ってみたいと思っていたのだが・・・。

途中、バスに乗り換えて夕方前に着いた。
ロータリーから歩き出して、はっとする。

何だか、怖い人たちがこっちを見ている。
やくざっぽい怖さとかパンクっぽい怖さとかではなくて、
港町っぽい怖さである。
薄汚い(失礼!)おっさん数人が、こっちを無言で見ていたのだった。

何か、嫌な予感がして、踵を返して戻った。
列車の駅構内は、雑然としていて、落ち着かなかった。
再び列車に乗ると、車両もガラガラ。
対面式のシートに、よりによって、私のまん前に、
これまた、なーんか怖い若い男(目が危ない!)が黙って座った。

ひえ~。
慌てて席を立って、他の車両に逃げた。
追っては来なかった。

一人旅では、直感が侮れないものである。

次に目指したのは、ルーアン。
とりあえず、駅近くの安ホテルを見つけた。
汚い建物に、通路のような部屋。
客相手とは思えない、従業員の態度。
室内は、物置小屋みたいなひどい有様。
寝るだけだから、いいや。
疲れていたので、気にならなかった。

夜が始まったばかりの時間に着いたので、散歩に出かけた。
ジャンヌ・ダルクゆかりの土地である。
(モーリス・ルブラン生誕の地でもあるけれどね。)
一応、観光スポットを、暗がりを背景にして眺めることは出来た。

翌朝、一旦パリに戻る。

青い空と、快適なバスツアーがあれば、ノルマンディー地方は
きっと素敵な場所である。
オンフルールなんて、名前を聞いただけで、フランスの小説に出てくる
ヴァカンス中の家族と、パラソルが思い浮かぶような土地だ。
(バスで近くを通過。降りたくなるほど爽やかで健全そうな感じがした。)

パリから遠足。不便で怖い、ノルマンディー。その①

パリ滞在一月半。
ちょっくら遠出でもしてくるか、と、国鉄乗り放題のパスを購入。
一週間のものにした。

パリの中には幾つか大きな駅があり、広いし、勝手が分からず、
いつも緊張する。
買ったチケットがあっているのか、この電車でいいのかなど。
表示も、どこを見ればいいのか分かりづらかったり。

おっかなびっくり乗った列車。
後ろの座席の坊やが、私の座ってるシートの背をガンガン蹴ってくる。
落ち着かない。

かの有名なモン・サン・ミッシェルを目指す。
噂どおり、交通の便が悪く、パリからそんなに遠くないのに、
一泊することになる。
駅周辺の安ホテルに泊まる。

何のへんてつも無い、無愛想な部屋。
ベッドの近くにあった、むき出しのトイレ便器。
便座が無い。
余計に寂しい・・・。

翌朝、目的の世界遺産を見に行く。
話には聞いていたが、海に囲まれた孤島のようではなく、
砂地に囲まれた、ウエディングケーキ(しかし、派手ではないよ。)
のようであった。
中は、ガイドブックどおり、参道にオムレツの看板を掲げたレストランが
幾つかあった。客は余りいない。
何で、オムレツなんだろう。
日本の観光地で、どこでも蕎麦、みたいなものなのかなぁ。

ちょっと高いところから、見下ろしてみると、思った以上に、周りの砂地は
拡がっていて、人が歩いているのがポツポツ見えた。
楽しいのかなぁ。
砂地といっても、湿地のような砂地である。

パリの人

スーツ姿でケーキをほおばりながら地下鉄を待つ女性。

路上に座り、汚れた赤ん坊を抱えるジプシーの女の人。

「毎日、忙しくて、ストレスで一杯よ!」

地下鉄の階段の踊り場に座る物乞い。
足元のダンボールには、
「私はHIV ポジティブです。」

駅構内に鳴り響く、ヴァイオリンの音。

雨が強く降りかかる路上で、仰向けに寝ているホームレス。

後ろの人の為に、ドアを必ず押さえて開けておくのは常識。

何か食べながら歩いていると
「ボナペティ(召し上がれ!?)」と言ってくれる知らないおじさん。

お気に入りのパンやで朝ごはんを買う。
「(注文は)これでおしまい」と言えずにいると、睨みつけてくる店員の女性。

レジのベルトコンベアの前にどっしりと座っている、スーパーの店員。

イスラエルのサンドイッチ。ファラフェル。
ピタパンの中に、豆をつぶして揚げた小さなコロッケと、焼いたナス、トマト、
千切りキャベツが入っている。ドレッシングやチリソースをかけてくれる。
ロカビリー風で、ジャージの似合う兄さんが、ぶっきらぼうに「ボナペティ」と、
手渡す。

水のボトルを持ち歩く、抱き歩く、パリジェンヌ。

世界中のおのぼりさんがやってくるという街。
心地よさは、離れている、離れているけれど、
いつでも関われるような、距離感。

パリ廻り 私流。

エッフェル塔は、けちって、階段を登った。
サクレ・クール寺院周辺は、あの小高い場所に、
昔の様子はあまり感じられなかったけれど、パリらしくない、
ごちゃごちゃした感じが気に入った。空もいつも青い。
凱旋門付近は、車が多くて、とてもゆっくり近づくことは出来ない。
もうこれ以上は書かないけれど、セーヌ川クルーズまでしてしまうほど、
ありとあらゆるおのぼりさんコースは廻ったわけ。

地下墓地も行った。
外からは分からないパッサージュ(アーケードのようなもの)。
マレ地区のユダヤ教会。

アンジェリーナの本店で、モンブランを食べた。
白いピッチャーにドロリと跡を残すココア。
山盛りのホイップクリーム。
水を飲みながら、頂くのである。

サンドニ付近では、建物と建物の間に、昼間から売春婦が立っていた。
絵に描いたような、派手な化粧と、とても日本人には着れないような服。
タバコを片手に、マネキンのような静止した目をして・・・。

インド人街にも二度行った。カレー二種類とナンのランチを食べに。
あまり辛くなかった。
フランス人は辛いのが苦手な人が多いと聞いた。
本当かなぁ。
床屋に座るお客さんの髪型が、みんな同じに見えた。

朝のアラブ人街は、言い争っていたおじさん達の声が怖かったので、
素通りした。
チャイナタウンは、予想以上に地味。
買いたいとも、店に入りたいとも思わなかった。

蚤の市も三箇所行った。
妙なものが、アンティークと称して、高い!
シマロンのジーパンと、古着のワンピースを買った。

ガイドブックに載っている場所は行き尽くし、地図が無くても歩けるようになった。
それからは、デパートをうろうろしたり、
公園でぼーっとしたり、
スーパーマーケットやホームセンター廻りをしたり・・・。

ブーツを買って、履いてきたパラディウムを公園のゴミ箱に捨てる。
誰か、履くかもね。
青いサボを室内履きにすると、部屋の中も楽しくなった。
服を幾つか買ったので、更に、散歩は身軽になった。
殆ど手ぶら。財布だけポケットに入れて。

十月になって、外のベンチでは寒くなってきた。
カフェによく入るようになると、お金も減っていくのが早い。

コーヒーの表面の泡を、スプーンですくって食べる。
それから、じっくり時間をかけて、飲む。
何も考えていない。
ただ時間を過ごすだけ。

超メジャー観光名所を廻りまくる!美術館編

それからというものの、ポケットに財布とカメラと会話集を入れて、
朝から夕方まで、メジャーな観光スポットを回りまくった。
現地で手に入れた地図も必携。
目印は大抵、エッフェル塔。

小さな通りにも名前がついているので、
建物の壁についている通りの名前のプレートと、地図を照らし合わせれば、
どこにでも行かれる。
方向を失いそうになっても、あちこちにメジャーなスポットがあるので、
そこを地図でチェックすればいい。

出発地点から、少し遠いところへは、メトロで一気に行って、
そこから戻りながら、あちこち寄り歩く。
帰る頃には、足はくたくたになっているけれど、土地勘をつかむには最適!
すぐに地図がいらなくなるのも、パリならでは。

どんな風に廻っていったかというと・・・

ポンピドゥーセンター&レ・アールまで散歩

翌朝、早速散歩に出る。
比較的近い、ポンピドゥーセンターに行ってみた。
途中、小型バケットのサンドイッチを買って、齧りながら。
まずは、外壁に面した建物のデザインの象徴でもあるエスカレーターで、
上の方まで行ってみる。結構見通しよく、遠くの方まで見えた。
パリの建物の高さが、比較的似たようなものだからだろう。

下まで降りる。中に入ってみると、囲いのようなものがあって、
覗き込むと、その下の階で、何か展示しているのが見えた。
余計な金は使えないので、ただ、覗き込んでいた。
しばらくすると、隣で、やはり下をぼ~っと眺めていた青年が、話しかけてきた。

フランス語は話せません!
すると、英語で色々話しかけてきて、「ここ、どう思う?」とか、「どこから来たの?」とか聞いてくる。
そのうち、うちとけてきて、「君の髪が綺麗で羨ましい」「僕は、パリの水のせいでバサバサだよ」ナドナド。
イスラエル人(ユダヤ人?)だというその青年は、なかなか、おしゃべりから解放してくれない。
「これから、暇?」と、聞いてくるので、行くところがある、と言って、逃げるように去った。

ほっとしたところで、ふと振り向くと、そいつが(失礼)後からついて来ているではないか!!

バスタブに蛇口が密接、シャワーなし!どうやって髪を洗う?

ヨーロッパの一般的なバスタブっていうのは、
日本のものより浅くて、長いような気がする。
みんながみんなじゃないけれど。
私が借りた部屋のバスタブは、まさにそうで、
可愛い足がついたものだった。

しかし、蛇口がバスタブの縁にとても近くて、
しかも短いので、お湯と水をバスタブに入れる用途しかない。
床の防水がいいかげんぽいので、水の飛び跳ね防止にはなる。
けれど、蛇口からのお湯で髪を洗おうと思ったら、バスタブに入って、
かなり低く頭を下げて、蛇口の真下に接近するしかない。

初日、とりあえず、お湯をためてみる。
もちろん、体を洗うスペースなどなく、
ただ、一角にバスタブが置かれている状態なので、その中で洗う。
最後に、お湯を一旦抜き、一気に蛇口からのお湯で、すすごうと思った。

さぁ、すすぎ!という段階で、なんと、お湯がどんどんぬるくなり、
水になってしまった!!

みつけた!私の・・・

再びパリ三区、マレ地区に戻る。
ガイドブックは当てにせず、適当に歩き回ってみる。
裏道にも、さびれたホテルはちらほらあるのだが、
いまいち、入ってみる気になれない。

行ったり来たり。
ふと見ると、うっかり見落としそうな小道に面して、
入り口にホテルと書いてあるのを見つけた。
白地に、ただ、ホテルと、紺色のペンキで書いてある。
もちろん星などついていない。

小さな通路の奥に、すりガラスのはめ込まれた白い木の扉。
ガラスの中央に、白いペンキで、やはり、ホテルとある。
通路の床は市松模様で、壁面上部は薄いピンク、
下の方は白に近い水色。
ベットリ厚く塗られたペンキ。
安っぽい感じはしたが、手入れは良さそうな気がして、
自然と、足が中へと向かって行った。

扉を開くと、やはり階段。
人とすれ違うのにも譲り合わなければ通れないほど、
幅の狭い螺旋階段であった。
上がって最初のフロアにある部屋が、レセプションのよう。
入っていくと、おとぎ話に出てきそうな、小さくて、少し背の曲がった、
魔法使い風のおばあさんがいた。

ベッドの隣でシャワー!?ヴェルサイユ

夕方前にはヴェルサイユに着いた。
意外と小さな町だったので、安ホテル探しに歩き回っても、たかがしれてる。
そう思い、ガイドブックに出ていた宿に直行することにした。
私の感覚では高い方なのだが、観光地だし、仕方がない。
運良く、部屋も一つ空いていた。

一戸建てを改造したような、小さなホテル。やはり狭い階段が中心にあった。
階段は暗い赤色の布地で覆われており、まぁ、無難なホテルの雰囲気。
部屋の中は、統一感はないけれど、清潔ではあった。
とりあえず、荷物を置く。
日が暮れる前に、少しぶらつくことにする。

食料品や雑貨が売っている店はないかと、周辺を歩いてみたが、
あまり活気もなく、魅力的な店も見つけることは出来なかった。

早々に引き返す。
女一人旅には、この、「早々に」が結構大事だったりする。

バッテリー三分の一で、どこへ行く?

朝になった。
ホテルなら、もうちょっとそれらしくして欲しいよ、
と、思いながら、外へ出る。
中学生くらいの子供達が数人、登校していた。
人はまばら。

適当に歩いて行く。なだらかな坂道が多い。
朝市を見つけた。
生臭い肉の臭いと、
野菜や果物のぶつかり合う臭い。
パリとはいえ、市場は市場の臭いだ。
道がどんどん下っていくので、引き返すことにする。

途中、こじんまりしたモスクがあった。
朝の空気の中で、白い壁がさりげなく誰かを待っている。
壁から吊り下げられた、鉄製の黒い鳥かごのような飾り。
その影が、柔らかい白色の壁に、くっきり映っている。
幾何学模様の装飾と、フランスらしいアールヌーヴォー風の街灯
の組み合わせが、青い空をバックに、とても美しく見える。
フランス人がエキゾチックなもの、オリエンタルなものに魅かれるのは、
こういう、美の融合あってのことで、どこかの国のように、
何もかもごっちゃごちゃにしては、混ぜた香水みたいなもんだ。

カルチェ・ラタンの安宿で心細くなる

心がちょっぴり落ち着いてきたところで、はっとする。
このままぶらぶらしているわけにはいかない!
今夜の宿を探さなくては、と、我に返る。
日が暮れる頃には、また思考停止してしまうかも!

初日ってことで、ガイドブックに出ている
この周辺の安宿へ行ってみた。
(いくら無計画な旅とはいえ、超メジャーなガイドブックと、
会話本くらいは持ってきた。)

装飾も何もない入り口。
薄暗い受付に、銀縁メガネの老婦人。
もちろん愛想もないようなもの。

ここはフランス!フランス語で言ってみよう!!
と、会話本を棒読みする私。
・・・この子は何をいいたいのか?・・・
と、いう顔してるじゃないか~。
それでは、ここを読んでみて!と、ページを指差す。

頭をリセットして、とりあえず宿探し

一体どこでタクシーを降りて、どんな建物の何階に行ったのかさえ、覚えていない。
その部屋の人に挨拶し、一瞬にして爆睡直行。
起きた時には、何時間眠ったのか、見当もつかなかった。

せっかくだから、一緒にお昼を食べて、別れようということになった。
近所でパンとチーズ、果物とミネラルウォーターを買う。
公園のベンチに三人で座り、食べ物を分け合った。
泊めてくれた部屋の持ち主は、まじめそうな人で、
「この子は一体何者?」といった目でこちらを見ていた。
なにはともあれ、ほんとにありがと~!!さようなら~!

さてと。では、どこに行こうか?
ガイドブックによると、安宿がありそうなのは・・・

強気のパリ行き・・・しかし、しょっぱなからピンチ!

初めての一人旅。強気で出てきたものの、
内心、不安で一杯。(余裕っぽくよそおっている。)
長いフライトの間も、殆ど眠れず。
パリに着いたのは、深夜。

ついにフランスに来たぞ~。
しかし、あれれ?思考がSTOPしてしまった~。
いざと言う時だっていうのに、働け、頭!
時差ぼけと混濁した頭をまず整理。

そう、ここはフランス。で、一人。
ホテルも決まってない。
どうしよう!!
こんな深夜にふらふら、ホテルを探す気力もないし。
(タクシーでなんて言ったらいいかも、どこを目指せばよいかも
考えられない程、疲労と緊張で、頭がショートしていた。)

とりあえず、空港内に設置してあったホテルの案内板を見て、
電話してみる。
しかし、こんな時間に応答はない。又は満室。
ほんとに、ほんとに、どうしよ~!!!
しょっぱなから、空港内の隅っこに転がって寝るのか~!?
プロフィール

しゅま子

  • Author:しゅま子
  • 33歳から、3人の子供のひとり親となり、40歳越え、現在43歳。40で、いろいろ考えるし、身体も変わると聞いていましたが、ほんとに変わってびっくり。成人の2回目のよう!
    と驚きつつ進みだした40代。文字通り、中年!40代だからこその迷い、多々あり・・・
最近の記事
フリーエリア
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム
最新コメント

Powered by FC2 Blog |

FC2Ad

| Template Design by スタンダード・デザインラボ